川で彼女を
Sさん、あなたは今、どうしているだろう?僕はあなたのことをしっかり、覚えている。
あなたの笑顔をしっかり、覚えている。あなたの言った言葉をしっかり、覚えている。あなたの瞳をしっかり、覚えている。
あなたはきっと僕のことなんて忘れているだろう。きっと他にやることがあって、それにかまけているだろう。
時は偉大な医者だと言う。時はあらゆる物を癒し、あらゆる物を正しい方向に導いてくれる。
僕らの仲はもう過ぎ去ったことだけれど、僕には忘れなれないことがある。
あなたの瞳とあなたの言った、Kくんって単純ね、わたしはあなたのどこが好きか分かるの?と言う言葉·······
僕にはさっぱり分からない。何度も考えてさっぱり分からない。
きっとSさんは、ずっと上の方に住んでいて、僕のことを見下ろしていると思う。
僕はそれでもいい。僕はSさんが好きで、別にSさんの上に居たいとか、Sさんに言うことを聞かせたいとか思っているわけじゃない。
けれど単純に、純粋に好きで、ずっとこの気持ちは変わらないと思っていた。
ある日、僕はSさんに電話をかけた。何度かけても一向に出る気配はない。それで僕はむしゃくしゃして、A川へと行くことにした。
自転車で川へと向かう道を通り、橋を渡り、サイクリグロードをしばらく行く。
程よいところで自転車を降り、A川の河原へと行く。
人は、居ない。丈の低い木を少しかき分け、河原へ出る。足元はおぼつかない。石だらけだ。
そこで夕暮れの川を見る。川は夕焼けを映して紅葉のように真っ赤だ。
適当に座れるところを見つけて、僕は、座る。ただここに来て座っても何もやることがない······
それで過去のことを考える。僕の過去やSさんのことを······
悲しい過去や、懐かしい風景も少し時間が経てば、美しい思い出になる。Sさんのこともそうだ。Sさんが本当に僕のことを好きだったのかは分からない。
それは、本当に分からない。けれども残る、物もある·······
残るものもあって、記憶は古い庭に取り囲まれ、色褪せることはあっても、かつて確かに僕が経験したことで、僕が死ぬまで、思い出せることだ。だから、嬉しい。
Sさんの横顔を思い出す。僕とは違い、鼻のラインが美しい人だった。大人しい人だった。美しい恋愛だった。けれどいつかは夢は覚める。
そうして少しずつ大人になっていく。
三十分はしたろうか、僕は、そろそろ帰ろうと思い出した。ふと、見ると、どこぞのおじいさんが、タオルを両肩に掛けて、横に居る。
もちろん面識は無い。どことなく僕の方を見ているのか、なにかむず痒い感じがした。
そのまま3分ほど経つ······
おじいさんは去っていった。僕も帰る。
帰り道、何故か猫のことを思った。猫。僕も猫が好きだけれどあの人はどうなのだろう?
人生には、色々なことが起こり、ある人は、試練に会うし、ある人は幸運に巡り会う。隣の人は何を考えているか分からなくても、時々、打ち明け話もある。
見つめあった瞳は、また見つめあうことのあることを知っている。
だから僕はくよくよしない。きっとまたあの人に会うし、あの人は、あの人で·······僕を受け入れ、僕の本当のところを理解してくれるだろう。