8.追いかけっこは苦手です
「追うぞ、アユ!」
「はい!」
≪マーク≫しているのは私のみ。
私は慌ててマップを確認し、赤い点の場所を確認した。
“西地区七番街43っ”
「飛びます、≪ワープ≫!」
追いかけて飛んだ先。
慌てて回りを見回すがもうそこにはいない。
焦りつつマップを確認すると、赤い点はすでに別の場所へ移動していた。
「次飛びますッ」
「了解」
再び赤い点を追いかけてワープする。
しかしそこも、私たちが飛んだ時にはすでに別の場所へと移動した後で。
“これを繰り返していてもキリがない……”
先回りしたいが次に飛ぶ場所がわからなくちゃそれも出来ない。
と、いうか。
「なんで浮上しないんだろう」
≪ダイブ≫状態を解除すれば、そもそもこんな追いかけっこをする必要なんてないはずだ。
それなのにわざわざワープポイントを使って逃げ回る意味が何かあるはず。
“何かを見落としてる?”
だとしたら何を?
わざわざCC内へ留まる理由。
何かのタイミングを待ってる?
それとも私たち電脳セキュリティを撒ける自信があるのか、撒くための何かを探しているのか――
「でも、大きな町ばかりだな」
「町……」
何の説明もなく私が考え込み足を止めたことを怒らず、それどころかこの違和感の正体を一緒に探してくれる。
タロ先輩とは、そういう全体が見れる人なのだということを改めて実感する。
“こういうところは少し巧くんに似てるかも。まぁキャンキャン吠えてる時は巧くんってより萩野なんだけど”
だが二人とも私にはないものを持っていて私の大切な人たちだ。
そう、大切な。
「……そっか、逆、かも」
「逆?」
「浮上しないんじゃない、きっと浮上出来ないんだ」
≪ダイブ≫を解除すれば簡単に≪浮上≫=ログアウトできる。
本垢だろうが複垢だろうが理論は同じだ。
浮上するのに通常は一秒もかからない。
だが、それが二人分なら?
「普通複垢って、複垢として≪ダイブ≫しますよね」
「? あぁ」
「でもあのエルフアバターのカップルは複垢と本垢の同時≪ダイブ≫なんですよ」
「それが……、つまり本垢を浮上させた後に複垢の浮上操作が別途いるってことか!」
「そうです、本来ゴーグルをつけないと≪ダイブ≫出来ないのに中身のないアバターがいることがおかしいんです」
ゴーグルを使わず≪ダイブ≫した方法はわからない。
だが今大事なのは、中身が一人なのに二つのアバターがCC内に存在し動いているということだ。
“何らかの方法でゴーグル同士を繋げて≪ダイブ≫してるはず。だったら浮上するにもそれなりの手順が絶対いる……!”
強制的に浮上するとアバターに刻まれたデータが破損する恐れがある。
だからこそ彼は複垢を見捨てて自分だけ浮上するのではなく、逃げ回り複垢を浮上させるための機会を探しているのだろう。
そして常にワープ先に選んでいるのは、タロ先輩が言っていた町。町ばかりを選んでいるのには理由があるとしたら。
「このまま追いかけっこしていても多分捕まえられません」
「西地区をいくつかの町を経由しながら北上しているようだが……」
“ワープした町にあって、外された町にないもの。そしてそこから導き出される次の町は――”
「タロ先輩にチームチャットで≪マーク≫情報を共有します、タロ先輩はひたすら追いかけてください!」
「アユは?」
「私は先回りします、そこで挟み撃ちしましょう!」
「了解」
後輩である私の言葉をこうも簡単に信頼し言う通りに行動をしようとしてくれることに一瞬不安になる。
私のこの推測が間違っていたら、先輩に無駄足を踏ませた挙句違法ユーザーを逃がしてしまうことになるのだ。
だが私のその一瞬の不安を感じ取ったのか、タロ先輩が私の目をしっかりと見つめ大きく頷いてくれた。
「俺は、アユの柔軟な着眼点を含めてその目を信じてる。だから大丈夫だ」
「……ッ、はいっ! 西地区96番街5-6へ≪ワープ≫お願いします!」
「次のワープ先の情報も待ってる」
「また後で!」
そう宣言し、私も私の予測した場所へ≪ワープ≫する。
一瞬画面が揺れ、ゆっくり目を開くとそこは小さな可愛い教会だった。
「絶対来るはず」
彼らは町を中心にワープをしながら北上していた。けれど、すべての町を経由したわけではない。
ワープ先に選んだ町と、選ばなかった町との違い。
「教会が、あるかないか……」
何故教会を選んでいるのかはわからないが、必ず協会を経由するのならこの教会も通るはずだ。
そしてその推測は当たり、ほどなくしてシュンというワープ音と共にあのエルフアバターの二人が私の目の前に現れ、待ち伏せしていた私を見て動きを止める。
そのすぐ後にワンテンポ遅れてタロ先輩もワープして来た。