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2.違法を見逃すなんてナシナシ

「今日は西側から回るか」

「了解」


 タロ先輩の言葉に短く返事をした私は、先を歩く先輩の後を追う。


“完全に犬の散歩の構図なんだよね”


 フリフリと動く尻尾を見ながら、これはセクハラにあたるのだろうか、なんて考えつつ道を歩く。

 CC内はマップごとに色んな国をモチーフにしており、私たちコンビの管轄はヨーロッパ風になっていた。


 お店などもオシャレなカフェのような外観が多く、花のグラフィックや建物もカラフルで可愛らしい。


“CC内とはいえこうやって旅行気分を味わえるのもいいんだよね”


 バイトがあるかないかは別としても必ず毎日≪ダイブ≫するので見慣れているはずなのだが、それでもこの可愛い街並みや細かいところまで作り込まれている世界が楽しくてついキョロキョロと辺りを見回し――ふとあるアバターが視界の端に“揺れ”た。



『タロ先輩』


 パーティメンバーにだけ共有される音声チャットで声をかけると、すかさずタロ先輩が歩く速度を落とした。

 電脳セキュリティの目印ともいえるブーツや腕輪を付けた私たちが突然止まると逆に怪しいからだろう。


『何を見付けた?』

『さっきすれ違った猫獣人のアバター、多分違法アバターです』

『どう違法だ?』

『認可されてないモデルを無理やり規定アバターに落とし込んでますね、視界の端で揺れました』


 規定アバターであれば映像グラフィックの最適化がしっかりされているので角ばったりノイズのようなチラつきはおこらない。

 にもかかわらずアバターが揺れたということは、映像に乱れが発生しているとも言えた。


 とは言っても一瞬揺れて見えただけで、ユーザーのネット環境によっては乱れることだってありえない訳ではない。

 冤罪逮捕なんて起こしたらバッシングされることになるし、今は全てがネットで晒上げられる時代だ。

 

 確証のない執行なんてするべきではないのだが。


『カウント3で突撃するぞ』

『タロ先輩も確認してからじゃなくてもいいんですか?』


 あっさりそう決断したタロ先輩。


『はは、アユをスカウトしたの、誰だと思ってんだよ?』


 見た目は可愛い黒柴なのに誰よりも男らしくそう断言した。


『俺は俺が信じたお前の目を信じてるよ』

『光栄です』

『カウントいくぞ、3!』

『にっ』


「いちッ!」


 電脳セキュリティ独自のアイテムである専用ブーツが加速補助の効果を持っていることもあり、一気に対象との距離が縮まる。


「拘束≪バインド≫!」

「な、なんだ……っ!?」


 そう叫びながら腕輪をつけた右手をかざすと、網のような光が飛び出て対象者へとまとわりつく。

 とは言ってもこの網はモーションエフェクトなので、≪バインド≫で指定したアバター以外には影響がないのだが。


「貴方のそのアバター、違法じゃない?」

「は、はぁ? なんの証拠があって……」

「規定アバターに何か重ねてるでしょ、さっきからチラついて仕方ないの」

「重ねてるからってそれが違法画像かどうかなんてわかんねぇだろ!?」

「規定アバターの加工が犯罪だっつの」

「うわっ、犬がしゃべった!」

「こういうアバターなんだよ!! 動物系アバターが全部獣人タイプだとでも思ってんのか!? 言ってみろ!」

「タロ先輩、今指摘すべきはそこじゃないです」


“地雷踏んだな”


 冷静に指摘しつつ、違法アバターのプロフィールカードを表示しユーザーアカウントを確認する。

 自分で四足歩行アバターのテストに参加したという割には、同じ動物系アバターから犬扱いされることを何故か嫌い、そして引っかかるととにかく長いのだ。


 ガルガルと怒りマークを出すタロ先輩は、喋らなければ犬NPCに見えるのも確かなので地雷を踏んだこのユーザーに同情しつつアカウント名を入力し運営へと送付する。


 

 タロ先輩はお説教が始まるとなかなか終わらないし、興味があるものに対しても永遠と考察を述べたりする。

 きっと中の人は研究体質の人なのだろう。


“ま、仕事仲間のリアル詮索はあんまりよくないよね”


 美里さんには入社にあたり履歴書を見せたので知っているだろうし、聞けば教えてくれるのかもしれないが……それでもこの世界で知ったみんなが私の知っているみんなだからという印象が強く、あえて聞いたことは無かった。

 


「タロ先輩、受理完了です。運営から強制解除の許可でました」

「お、流石早いな」

「タロ先輩がネチネチ言ってただけ……」

「ん?」

「……じゃなくてぇ、じ、じゃあ、強制解除しますよ」


“見た目は可愛い柴犬なのに、完全に貼り付けた笑顔だった!”


 笑ってごまかした私は再び腕輪を違法ユーザーへと向けた。


「≪コネクトアウト≫!」


 そう宣言すると、ジジッとノイズが走りパシュンと目の前からユーザーの姿が消える。

 ≪コネクトアウト≫とは、ユーザーの≪ダイブ≫状態を強制的に解除するもので、運営と業務連携をしている私たち電脳セキュリティのメンバーに与えられた権限だった。


“もちろん正当な理由なく≪コネクトアウト≫させるとペナルティがあるけど”


 ≪コネクトアウト≫させるとそのアカウントは凍結される。

 万一冤罪だった場合には運営の手によってすぐ再接続可能となるが、違法が認められた場合には一定期間の凍結処置のあと再接続できるようになっても一定の操作に制限がかかるようになっていた。


 さっきの彼の場合なら、凍結解除されてもおそらく半年は初期装備と初期衣装からの変更が出来ないだろう。

 もちろん違法行為を繰り返せば永久BANなんてこともあり得るのだが。



 そんなことを考えながら、再びパトロールの続きに戻ろうとした時だった。



 ピロン、と受信メロディが流れる。


『太郎くん、アユちゃん、今いいかしら』

『美里さん!』

『あぁ、丁度一件送ったとこだ』

『あら、流石エースコンビね。実は西地区四番街87の一から救助要請が入ったの』


 美里さんのその言葉を聞きゴクリと息を呑む。


“救助要請!”


 電脳セキュリティへトラブル解決の依頼連絡が入ることは少なくない。

 だが救助要請となれば、ことは一刻を争う可能性がある。


“データが飛んだら元には戻らない……!”


 CCはいまやもう一つの『居場所』だ。

 ここで重ねた思い出を守ることだって私たちの仕事だと、少なくとも私はそう思っていた。


『すぐに向かいます!』


 そう宣言し美里さんとの通信を切る。

 

「ワープを使うぞ、近くのポイントへ飛ぶ!」

「はい!」

 

 タロ先輩に返事をし彼のアバターへぎゅっと抱き着くと、すぐにブゥンと小さな機械音とともに景色が変わる。

 西地区四番街87、そこは可愛い噴水のある広場でいつも人が溢れている場所のひとつだった。

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