エピローグ:また、いつか。そしてきっと、これからも。
「捜査協力ありがとな。また困ったらいつでも電脳セキュリティへ連絡してくれ」
「ありがとうございます」
「これで一件落着だね~!」
「いや、アユ。お前は今からお説教のフルコースだ」
「えっ!?」
そう断言したタロ先輩に愕然とすると、その『なんで!?』という疑問が伝わったのか、ガルル、と牙を見せながら更に口を開いた。
「え? じゃねぇよ。お前は本部で待機だって言っただろ!? なーんで最前線にいるんだ、しかも何ちゃっかり黒幕と対峙してんだよ」
「あ、あぁ~……成り行きで?」
「成、り、行、き、だぁあ!?」
「ひえっ! ごめんなさいごめんなさいー!!」
バタバタとエスの周りを追いかけっこしていると、エスがプッと吹き出しアハハと笑った。
無邪気なその笑顔に思わずきょとんと彼の方を見て立ち止まると、グイッと突然腕を引かれる。
抱きしめられたと思うほどの距離で、アバターだというのに彼の息使いを耳元に感じた気がして顔が一瞬で熱くなった私。
そんな私の耳元で囁かれた言葉は――
「明日、化学で抜き打ちテストあるってよ。今回は本当」
――だった。
「「…………はっ!?」」
私とタロ先輩が何故かハモる。
まだエスとパーティを組んだままだったからか、パーティチャットで告げられたテストの情報。
というか、パーティチャットなんだからこんなに近付く必要は絶対なかった。
“まったこンの男はぁあ!”
確実にからかわれたことを察して赤くなった顔を押さえて隠していると、私とエスの間を割り込むようにタロ先輩が体を滑り込ませてきた。
とはいってもアバターが可愛い黒柴なせいで、まるで柴犬が遊んでほしくて足にまとわりついているような図にしかならないのだが。
「じゃーな!」
動揺する私とタロ先輩を残し、爽やかに右手を上げたエスはそのままどこかへワープしていった。
残された私たちに少し気まずい空気が流れるが、そんな空気をゴホンと無理やり咳払いでタロ先輩が誤魔化す。
「俺たちも帰るか」
「そうですね」
「帰ったら説教な」
「忘れてなかったかー!」
こうしてこのノーフェイスにまつわる事件は終わったのだった。
“とは言っても、電脳セキュリティの仕事はまだまだ続く”
対人同士のトラブルはもちろん、違法アバターや複垢、そして愉快犯による迷惑行為なんてものもまだまだ起こったりする。
けれど、私が電脳セキュリティの一員として、今日も明日も、そしてこれから先の未来もきっとCCを走り回っているのだろう。
「……ま、目下の問題は抜き打ちテストなんだけど」
エスから最後に貰ったあの情報。
抜き打ちテストがあるという事実をどうやって入手したかが問題なんじゃない。
電脳世界でしか知らないはずのエスが、私が浅賀亜由だということを知っているということが問題なのだ。
“そもそも本名でユーザー登録をしているのだ。別にリアルを隠してるわけでもないし、友達も隣の家に住む巧くんだって私が『アユ』として電脳セキュリティでバイトしてることは知ってる”
だが、エスはどうやって知った?
『アユ』と『浅賀亜由』を繋ぐものは何だった?
「考えられるのは、エスの正体が私の現実世界での知り合いってこと――」
巧くん……は、ありえない。
巧くんのおばあちゃんの誕生日がそもそも違う。
友達のアバターはほぼ知っている。
なら――
「まさか」
残る心当たりはひとりだけ。
バタバタと教室へ駆け込むと、すでに隣の席の萩野が着席してスマホを弄っていた。
「おっ、おはよー。なぁなぁ、俺すっげ面白い漫画見つけたんだけど」
いつものようにケラケラと笑いながらスマホ画面を見せてくる萩野に少し脱力しつつ、自分の机に鞄を置いた私は萩野の机の前に立った。
“でも、なんて聞く?”
萩野がエスなの、と聞きたいが、この萩野のことだ。
『俺はSってよりM寄りでーす」くらい言ってのけそうである。
“教室の真ん中でそれは避けたい……!”
そもそも、エスと全然関係がなかった場合の説明に困る。
流石にエスの情報を電脳セキュリティである私が流すなんてあってはならないからだ。
困った私はごくりと唾を呑み、緊張しながら問いかける。
「……今日、化学の勉強してきた?」
“もし萩野がエスだったら、きっと何らかの反応をするはず”
嘘だとしても、私にはタロ先輩も認めてくれたこの目がある。
小さな変化を見付けて嘘に気付けるはず、そう思ったのだが。
「は? いや、してねぇけど……」
きょとんとしながらそう返事した萩野にはそんな些細な変化は起こらず、本当に勉強をしていないようだった。
「あ、あはは……。そう、だよね? そっか、私の考えすぎか……」
「はぁ? 大丈夫かよ、ほら俺のオススメ漫画読んでみろって。元気になるから!」
「あー、URL送っといて」
完全に脱力した私は乾いた笑いを漏らしていると、私の声が聞こえたのか友人が私の側にまっすぐ来る。
「え、化学がどうかしたの?」
「えぇっと……」
“なんて答えよう”
抜き打ちテストのことを伝えるのは流石にまずいか、と内心で頭を抱えた私は、この興味津々になってしまった友人になんて説明しようかと困りながら萩野へと背を向けて。
「普段から勉強してたら前日慌てて勉強する必要とかないんだよなぁ」
と、笑った萩野の呟きを聞き逃したのだった――
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