クリスマスイブに一人でお留守番をしていたらとりとねこのぬいぐるみが訪ねてきた話。
「今夜は、お仕事で帰ってこられないけど」
ママは申し訳なさそうに、ナオキに言いました。
「でも、きっと明日目を覚ましたら、すごくいいことがあるからね」
「それって、今夜サンタさんが来るっていうこと?」
「うーん、どうだろうね」
それはお楽しみ、とママは言うと、いつもよりも念入りにお化粧してお昼過ぎには出かけていきました。
日曜日なのに、仕事があるなんて。
クリスマスイブは特別なんだそうです。
ママの働くお店は今日はとても忙しくて、終電でもとても帰ってこられないそうなので、ナオキは一人でお留守番です。
もう来年から小学校に上がるナオキは、お留守番だってお手のものです。
タブレットで動画を見ていれば時間はあっという間に過ぎますし、夕ご飯はちゃんとレンジで温めて(やけどに気を付けて!)食べることもできました。
保育園のほかの子たちはきっと今ごろパパやママと楽しく過ごしてるんだろうと考えるとちょっと涙が出そうになりましたが、ママも僕のためにお仕事がんばってるんだし、と自分に言い聞かせます。
一人だって、寂しくなんかない。
なるべく楽しそうな動画を見て、あははと笑いました。
それでもいつもほどに心は弾まなくて、その代わりにだんだん眠くなってきたころ、部屋のすみでぴかぴかと赤や黄色の電飾を点滅させている小さなクリスマスツリーをぼんやりと見ているうちに、ナオキはふと心配になりました。
サンタさん、入ってこられるのかな。
ナオキは、ママがいない時は、絶対にドアや窓の鍵を開けてはだめと言われていましたが、クリスマスイブの今日まで鍵をしっかりと閉めておいたら、サンタさんが入ってこられないんじゃないだろうか、と心配になったのです。
サンタさんは暖炉の煙突から入ってくるらしいですが、ナオキの家には暖炉も煙突もありません。入ってくるとしたら窓か玄関しかないのですが、さすがに玄関を開けておいてお化けや悪い大人が入ってきたら困ります。
それで、ベランダに通じる窓の鍵を一つだけ開けておくことにしました。
ここはアパートの三階だけど、トナカイのそりで空を飛んでくるらしいという噂のサンタさんなら入ってこられるでしょう。
そこまでしてから、安心して、ナオキは布団にもぐりこみました。
からからから、という窓の開く音でナオキは目を覚ましました。
「ふう。重いな、窓は」
「重労働ですね」
「特殊勤務手当と夜勤手当を付けてもらわないと。あと今日は日曜だから休日出勤手当も。それで新しいビー玉を買おう」
「いいですねえ」
そんなことをひそひそと話している声が聞こえます。
サンタさんって、二人いるのか。
ナオキはどきどきしました。
部屋の中は暗いといってもクリスマスツリーの電飾が光っていますし、外の街灯の光もカーテンから漏れてくるので、何も見えないわけではありません。
サンタさんの姿を見ちゃおう。
ナオキは布団からそっと体を起こして目を凝らしました。
でも、どうも様子が変です。
「こっちかな」
「きっとそうですよ」
そんなことを言いながらふこふこと近付いてくるのは、サンタさんにしてはどう見ても小さな姿でした。
……小人?
どうやら、ナオキが両手ですっぽりと抱え込めるくらいの大きさしかなさそうです。
丸っこい体を揺らしながら近付いてきたふたつの小さな何かは、ナオキがもう起きているのに気付いて、
「わあ」
と声を上げました。
「大変だ。クライアントがもう起きてるじゃないか」
ちょっと大きめのひとりがそう叫ぶと、一回り小さいもうひとりが、
「非常事態発生! 非常事態発生!」
と叫んでその周りを走り回っています。
「……とりと、ねこ?」
ナオキに見付かってうろたえているのは、どうやら間抜けな顔をしたとりとねこのぬいぐるみのようでした。
「ぬいぐるみが動いてるの?」
「ぼ、ぼくらはぬいぐるみではない!」
大きめの白いとりのぬいぐるみが、短い羽をぴこりと上げて言いました。
「ぼくらは、えーと、その、レイに言われて、じゃなくて、なんだっけ、ねこくん」
「サンタさんの使いですよ、とりさん」
小さめの三毛ねこのぬいぐるみがそう囁きます。
「そうそう。そういう設定だった」
とりがふこふこと頷きます。
「ぼくらはサンタさんの使い。いつもいい子にしているナオキのためにプレゼントを持ってきた」
とりが棒読みっぽく言いました。
「え、プレゼントを? ほんとに?」
嬉しくなったナオキは立ち上がると、電気を点けます。
「まぶしっ!」
「灰に、灰になる!」
急に明るくなったものだからとりとねこのぬいぐるみは手で目を押さえてわあわあと騒ぎました。
「大丈夫?」
「大丈夫だ」
とりがふこりと手羽を上げて答えます。
「急に明るくなったせいでちょっと目がくらんだだけだ」
そう言って、黒いビーズの目をきらりと光らせます。
「えーと、それでは確認をいたします」
ねこが短い腕をぴこりと上げて言いました。
「あなたはアサクラナオキくん。やまだ保育園に通っている年長さんでサワダレイさんのお友達。ということで間違いありませんか?」
「うん」
ナオキは驚いて頷きます。
「そうだよ。でもどうしてレイちゃんのこと知ってるの?」
サワダレイというのは、ナオキと同じ保育園に通う、動きもお喋りも鉄砲玉みたいな女の子の名前です。
昨日も、クリスマスイブはママがお仕事なんだという話をしたばかりでした。
「そりゃぼくらはレイの家の居候だから」
「しー!」
ねこがあわてて口に手を持っていきます。
「ちがうでしょ、とりさん。ぼくらはサンタさんの使いなんだから」
「そうか。レイに頼まれたというのも秘密だったな」
「来る前に確認したでしょ、どうして覚えてないの」
「ぼくはとりあたまなんだぞ。ここに来る前に全部忘れたよ」
ふたりは顔を寄せ合ってひそひそと内緒話をします。
「ねえ、どうしたの?」
ナオキが声をかけると、
「おほん」
とりがわざとらしく咳払いをしてナオキに向き直りました。
「レイのことはどうでもよろしい。今日、我々はサンタさんのお使いで来たのである」
そう言うと、とりはカーテンをぴこぴこと引っ張ります。
「カーテンを開けてみたまえ」
「え?」
ナオキは言われた通りカーテンを開けました。
「うわあ」
思わず歓声を上げます。街灯に照らされて、外にはたくさんの白い雪が降っていました。
「雪だ」
「ふふふ。すごいだろう」
「うふふふふ」
ナオキの反応を見て、とりとねこは嬉しそうに笑います。
「これ、とりさんとねこさんが降らせてくれたの?」
「あー、まあそういう感じである」
「である」
「すごい!」
ナオキが玄関に走って行こうとするのを見て、とりが慌てた声を上げました。
「待て待て、どこへ行くナオキ」
「外に、雪を見に」
「今はやめておきなさい。夜も遅いから」
「そうそう。明日にしておきなよ。風邪ひくよ」
そう言われて、渋々ナオキは部屋に戻ってきます。
「その代わりに、ぼくらと楽しいゲームをやろう」
「ゲーム?」
「そうだ。名付けて“とりとねこがうごいた”ゲーム!」
「ひゅー!」
とりとねこが勝手に盛り上がりはじめます。
「僕、そのゲーム知らないよ」
「やり方は簡単」
とりがふこりと手羽を上げます。
「ぼくらがまず、あのクリスマスツリーの後ろに隠れる」
そう言って、とりは部屋のすみのクリスマスツリーを指します。
「ナオキはこの布団のところで顔を伏せて、“とりとねこがうごいた”と言ってから振り返る。ぼくらはナオキが顔を伏せている間に近付いていくが、ナオキが振り向いたときだけは動きを止める。ナオキに見られているときに動いてしまったらぼくらの負け、ナオキのところにぼくらのうちのどちらかがたどり着いたら、ぼくらの勝ちだ」
「ん?」
ナオキは気付きます。
「待って、それって保育園でやったことあるよ。だるまさんがころんだでしょ?」
「ちがう。とりとねこがうごいた、だ」
とりは認めませんでした。
「さあ始めるぞ」
そう言うとふたりはクリスマスツリーの後ろに走って行きます。
楽しそうにふたりで、うふふふふ、と笑っています。
仕方なく、ナオキは布団に顔を伏せました。
「いくよー?」
「いいよー」ととりとねこが答えます。
「とりとねこが、うごいた」
ぱっと顔を上げると、とりとねこがクリスマスツリーからぴこりと顔を出していました。
ふたりともぴくりとも動かないので、なんだか本当にクリスマスツリーの飾りの一部のようです。
ナオキはまた顔を伏せました。
「とりとねこが、うごいた」
もう一度そう言って顔を上げると、とりとねこが少し近付いていました。
けれどぬいぐるみなので、そこにぽんと置かれたようにしか見えません。
これは保育園で子ども同士でやるよりも難しいぞ、とナオキは思いました。
「とーりーとーねーこーがー」
今度はゆっくりと言ってみました。
「うごいたっ」
急にそう言って顔を上げます。
「ふにゅっ」
すすす、と近付いてきていたねこが止まり切れずに、ころんころんと転がりました。
「あ、ねこくんアウト!」
ナオキが言うとねこは悔しそうに床にぺちゃんと潰れます。
「やられたー」
しかしとりは相変わらずふこりとも動きません。
「よーし」
ナオキは顔を伏せます。
「とりとねこがうごいた」
顔を上げるととりがまた近付いています。
手羽をくちばしに添えてちょっとかっこつけているのが何だかかえって間抜けです。
続いて。
「とーーーりーーーとーーー、ねこがうごいたっ」
一息で言い切って顔を上げると、とりはものすごく不思議な体勢で斜めに立っていましたが、ナオキがしばらく見ていると耐えきれずにころんと転がりました。
「はい、とりさんアウト!」
「うわあ、くそ」
とりが頭を抱えます。
「その手は食わないと思っていたのに」
「やったー、勝った!」
ナオキがガッツポーズをすると、とりが、
「今のはレベル1だ」
と言い出しました。
「本当のぼくらはこんなものじゃない。レベル2に挑戦してみるか、ナオキ」
「うん、別にいいよ。どうせ僕が勝つし」
「そんなことを言ってられるのも今のうちだぞ」
「うちだぞ」
ねこもとりの真似をします。
レベル2といってもただ単にとりとねこがもっと必死になるというだけでしたが、それでもナオキは楽しく遊びました。
今まで自分の家に友達が遊びに来るという経験がなかったので、とても新鮮でわくわくして、興奮したのです。
ナオキは“とりとねこがうごいたゲーム”や“ぬいぐるみさがしゲーム”、“とりねこゲーム”などのとりとねこが考えたゲームを、時間を忘れて楽しみました。
気が付くと、朝でした。
ナオキは“とりとねこがころんだ”の姿勢のまま布団で突っ伏して眠ってしまっていました。
はっと身体を起こすと、部屋にはもうとりもねこもいません。
代わりに、ちょっと疲れた顔のママが座っていました。
「おはよう、ナオキ」
ママが言いました。
「おはよう、ママ」
と言ったとき、ナオキの手に何かが触れました。
がさりとした紙の感触。
枕元に置かれたプレゼントの包み紙です。
「わあ」
ナオキは歓声を上げました。
「サンタさんのプレゼントだ」
「メリークリスマス」
ママがそう言ってナオキを抱きしめます。
ちょっとお酒くさかったけれど、ママの身体はとてもやわらかくて、ナオキは嬉しくなりました。
「ナオキがいい子にしてたから、サンタさんがくれたのよ」
「うん!」
ナオキは昨日の夜のことを思い出します。
「そういえば昨日、変なとりとねこが来たんだよ」
「え?」
ママの顔がちょっと強張りました。
「夜、誰か来たの?」
「うん。サンタさんのお使いの」
そう言いながら、ナオキはカーテンを見てもう一つのいいことを思い出します。
「そうだ、雪!」
立ち上がってカーテンを開けると、そこには一面の雪景色が……ありませんでした。
窓の外はいつもと同じ、白と灰色と茶色の、冬の街並みでした。
「……あれ? 昨日の夜、雪が降ったよね」
「夢を見てたのね。雪なんか降ってないわよ」
ママは安心したようにそう言って、ナオキの頭を撫でました。
「さあ、プレゼント開けてみたら?」
夢……。
僕、夢を見てたのかなあ。
不思議な気持ちのまま、ナオキは箱の包み紙をびりびりと破きました。
「あ、これ。僕のほしかったやつ」
大好きなミニカーのセットだ。
「やったあ」
「よかったわね」
ママがほっとしたように笑います。
ナオキはもう昨日の不思議な夢のことは忘れて、夢中で箱のふたに手をかけました。
とりとねこのほかのお話はタイトル上のシリーズ名「とりとねこ」からどうぞ。