熱帯夜
真夜中のドライブ――エンジンとクーラーの音だけが車内に響いている。気絶した啓二、二人がかりで後部座席に転がした。作業 の途中、陽一は言った。
まるで死体遺棄だな、いっそこのまま山にでも埋めちまおうか。
笑えない冗談だった。黙殺した。助手席の陽一を覗き見た、平坦な顔つき、何を想い、何を考えているかまるでわからない時 の顔だった。
「熱帯夜っていうんだよな。こういう暑い日のことを」
陽一はウィンドをおろした。窓の外の熱された空気、むわっと車内に広がった。純一はハンドルを切った。右折して 国道に入った。
「しかし、お前も酷い奴だよな、トモダチを殴るなんて」
トモダチ――言葉として口に吐き出されると安っぽく聞こえる。週に四日か五日顔を合わせ、軽口を叩き合い、遊びに 興じる関係を指すならばその通りだった。十分前まであったかもしれない啓二との友情、叩き切って潰した。
陽一――啓二を見て眉をしかめただけだった。哀れみも怒りも発せられなかった。
「頭にきたんだよ。俺の言うことを聞かなかった」
「ここまでボコにしなくてもよかっただろう」
啓二の顔――醜く歪んでいる。赤く腫れた箇所、血の気を失った箇所、青痣ができている。唇の中が刻まれて出血し ている。恐らく、腹にも痣ができている。
「わかってるよ」
違う、何もわかっちゃいなかった。何もわからないまま苛立ちをぶつけただけだった。
「啓二はよ、お前を恨むぜ、こういう単純な馬鹿ほど根が執念深い、お前に殴られたことを一生忘れず引きずって暗い情念を 燃やすんだ。これから仲直りできたとしてもだ」
「わかってるよ」
「お前は何もわかっちゃいねぇよ。啓二を殴れば面倒なことになるのはわかっていた。だが、なんでそうしなきゃいけなかったのかお前は 全くわかってねぇ」
説教――違う。違った。陽一は納得していないだけだった。自分がわからないから純一に問うている。合理的 じゃねぇから納得できない、そういうタイプだった。
「人間、たまにはトチ狂ったことをしてもいいだろ」
陽一の瞳――疑念は消えない。納得していない。別の答えを求めている。
「お前、あの娘に惚れてたりするのか」
そういう答えを望んでいる。純一は笑った。歪な笑みだった。
「動物だよ」
「なんだよそれ」
「動物を飼ったことがあるか陽一」
「あるぜ、インコを飼ってた。昔は部屋に戻っても何もすることがなかった。だから鳥を飼ってた」
「そのインコは好きだったか」
「少しはな。だが、別にどうでもいい存在だった。退屈を紛らしただけだな」
「俺は犬や猫も――インコなんてものも飼ったことがねぇ。だが、あこがれたことはあった。夕方になって犬を つれて散歩をして芸を仕込み、じゃれあう。朝に挨拶して夜に迎えてくれる可愛いペットだ」
「何が言いたいんだよ」
「わかるだろ。懐かれる悪い気がしねぇんだよ。だからどうしても構ってやりたくなるし、可愛がってやりたくなる。 そういうことだ」
陽一――理解した瞳、口元が歪んでいた。納得のいく答えをもらった顔だった。愛玩動物を可愛がるのに 理由がいるのか、そう言った。陽一もそう理解した。人間をペットに見ている。それは歪んだ愛情だった。トチ狂って いる。自覚して、純一はハンドルを強く握り締めた。