二人
ドリンクバーに戻った。陽一と美香が話しこんでいた。純一を見つけると同時に二人は振り返った。
「なげぇトイレだったな――」
陽一、言葉の途中で顔つきが凍っていた。だがそれも一瞬のことでいつもの酷薄な微笑が戻ってくる。見られた拳、血塗れの 拳、皮が擦り切れての出血、啓二の返り血、どちらの血でもあった。
拳を後ろに隠した、美香――美香は、気づいていない。安堵した。
「まあ何とか先輩方に話を通しますよ」
陽一――美香を丸め込んでいた。陽一を見た。どうせ啓二の案どおりになると思っていたよ、と表情が言っていた。怒り がぶりかえす。だが、陽一まで叩きふせるわけにはいかない。そもそも、啓二のような単純な相手ではない。
「それなんだが……俺、急用を思い出しちまって帰らないといけねぇんだ」
すまなさそうな声――ポーズ、実際に用はなどありはしなかった。
「どんな用だよ」
陽一、全てを知っている顔、何が起こったのかも、何をしようとしているのかも、わかっている。それでもな お質問する。 陽一は頭がキレていた。意味のない言葉は言わない。言葉の真意、適当にデタラメを言ってさっさと帰るぞ。
「ああ……俺、明日朝早いだろ。レポートあったの忘れててさ、いますぐにでも帰ってやらねぇと単位あぶねぇんだ」
「俺も手伝ってやろうか?」
お前がそんなことを心配するタマかよ、建前と本音、陽一の微笑、心底楽しそうだった。
「ええっと、美香は支倉先輩と話したいですが……それでは、仕方ありませんね」
瞳の色、不安と期待と安堵、入りたての大学生、サークル内での力関係、先輩を前に見知らぬ男三人を連れ込むほど度胸があるは ずがない。
「わりぃな美香、また思い出話がしたくなったらかけてきてくれ」
「あっ、はい」
美香、自分のボックスに戻ろうと駆け出した。陽一、純一を見つめていた。
「大事か?」
「別に――だが、俺達とは違うだろ」
お前も俺達とは違うはずだった、蚊のなくような陽一の呟き、純一の耳には届いていた。