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白夜·暗夜

部屋に戻った。笑みを浮かべて挨拶した。ひなが嬉しそうに笑みを返してきた。ドライブに誘った。どこに行くのと 言った。楽しいトコだよ。行ってのお楽しみだ。そう答えた。部屋からスーツを引っ張り出した。ネクタイを締めた。 ひな、お前も精一杯お洒落してくれよ、そうじゃないと、良いレストランに入れない。


ひなはまた嬉しそうに笑った。笑みはマンションから出て車に向かうまでの間、続いた。車の目の前に立つ酷薄な微笑を 浮かべた陽一を見て、ひなは笑みを消した。


支倉君――なんで?


ノイズ、全てがノイズに聞こえる。昔聞いた啓二の声もノイズに聞こえていた。くだらないことを 切り捨てる時はいつだってノイズがつきまとう。


無言のドライブ、ハンドルを切って車ごと体を電信柱にぶつけて血を吐き出したい衝動にかられた。自分ひとりだけで運転 しているのならそうなった。


陽一が楽しそうにくだらないことを言い続けていた。右から左に通りに抜けた。聞くべき言葉だけを選んだ。


「段取りは教えてやるよ。こうなり、こうして、こうする。もしも、万が一、ミスった時はその場にいる全員を殺しちまえ よ。あっ、白井さんはダメだったな。言い直そう、白井さん以外の全員だ」


その中に、俺を含んでいいか、問うた。陽一は笑った。ひとしきり笑った後、それは赦さないと言った。この世界に 悪魔がいるとするならば陽一は悪魔だった。バタフライナイフを渡された。啓二の物だった。スタンガンを渡された。 大して重くないはずなのに、手の中にずっしりときた。テープレコーダーを渡された。羽のように軽かった。


ひなの表情、見れなかった。見れるはずがなかった。見ないことにした。


俺がしくじった時はどうするんだ、問うた。陽一は真顔になった。笑みを消した。


俺がしくじると思うのか、陽一は言った。


陽一はしくじらない、ならば俺もしくじらない。それは純一の中で真実になりつつあった。















芸能事務所、オフィス街にあった。街の中心にあった。スーツ姿の人間たちが早足で歩いていた。小奇麗なビルだった。 誰かにシャツの裾をつかまれた。ひなだった。純一はそのままにさせておいた。陽一の舌打ちが聞こえた。無視した。


「行ってこいよ」


陽一の声、俺の声、脳からの命令には絶対服従しなければならない手足。


大理石の地面、エレベーター、馬鹿でかいホール、整った顔立ちの受付嬢、笑みを浮かべて近づいた。ひなは後ろから ついてきた。どのような御用でしょうか、流麗な台詞、口を開いた。杉林社長にお会いしたいのですが、少々お待ちください、パソコンの キーボードをタッチする。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか、アポは取ってないんです。申し訳ありませんが、アポのない方には――――――――言葉を途中で遮った。


白井ひなが戻ってきたと申し上げればご理解頂けると思います。


少々お待ちください。


聞こえるべき音だけを残しては全て消え去っている。凍てついた心、もうすぐ、ひびわれてバラバラに壊れると純一は理解した。























成功者のビジネスマン、四十台前半、あたりをつけた。いぶかしむ視線、わからないといっている。

白井君はわかりますが貴方はどなたでしょうか。部外者には席を外していただきたいのですが。ひなは答えない。俺は答える。


私は彼女の従兄弟でして、そちらの良くない噂をお聞きしまして。実はそちらをどうにか辞めさせて頂けないかと。


何を言いますか、どのような噂か知りませんが単なる誹謗中傷です。この世界はうらみつらみがあるものですから。ご安心下さい。ええっと。


支倉と申し上げます。


支倉君、私の会社は人に投資をして仕事をしているのですよ。


重々承知しております。


でしたら、せめて契約期間というものを守っていただきたい。その後はどうしようと構いません。譲歩しましょう。いかがでしょうか。


残念ですが売春をさせるようなクソ野郎と交渉するつもりはございません。


何を馬鹿なことを、何を証拠にそのようなことを言うのですか。


証拠など関係ありません。今の彼女の顔を見ればすぐにわかります。それに彼女が話してくれました。脂ぎったブタに抱かれそうに なって逃げてきたと。


平然と、滑らかに口に出る嘘、陽一、全てを悟ることができた。ならば俺も同じことができる。

ビジネスマンの顔が初めて歪んだ。


支倉君。残念ですよ。あまりこういう手を使いたくないのですが。


どのような手でしょうか。


言わなくてもわかりますでしょう。あと五分もすれば君が見たことがない人種が現われます。見たことがあっても 避けて通っていた人種ですよ。君はひ弱な山羊で、彼らは肉食獣です。


成る程、いい手ですね。人を黙らせるにはもってこいです。


女は手っ取り早い金になるんですよ。世の中の仕組みです。それがオブラートに包んであるか、ないかです。


陽一から渡されたものの一つを取り出した。


さて、ではクソ野郎と交渉しましょう。私もクソ野郎なら構わないでしょう。このテープいくらで買ってくれますか。 こういったお仕事の方の貴重な意見ならばさぞかしメディアは喜ぶでしょう。


ひなの顔、見なくてもわかった。ビジネスマンの顔、平然としていた。


君は頭が良いようで悪いですね。あと三分で君は泣いて命乞いをするというのに。


はい、これがただのテープレコーダーならそうでしょう。外と通信できる優れものなんです。外に仲間がいます。


ふざけるなよ小僧、死にたいのか。


焦り、虚飾をぶち壊す。


いえいえ、ふざけてなどおりません。


ただで済むと思っているのか、貴様をぶちのめして命乞いさせてその仲間を呼ばせてやる。


私は貴方のような方と一緒に破滅できるなら構いません。クソ野郎同士一緒に地獄堕ちませんか?


何を言っているんだ貴様は。


わかんねぇのか、俺はイカレテルっていってるんだよ。


バタフライナイフをポケットから取り出した。刃を出して自分の腕に突き刺した。血管が破れた。血液が噴水みたいにあふれ出た。ひなの悲鳴が聞こえた。呆然とした顔をしたビジネスマン がいた。笑みを浮かべた。酷薄な笑みだった。陽一の笑みだった。


俺は陽一だ――魔法の呪文。俺は魔法使いになっている。


さぁ、社長さん、金を出すか、死ぬか、一緒に破滅するか、どれか選んでくれないか。あっ、忘れてたがそこにいる女は俺の 物だ。アンタの物じゃねぇ。理解しろ。理解したか。理解したら頷けよ。























銀行、通帳、口座、陽一が涼しい笑みを浮かべて口笛を吹いた。ゴムバンドの適当な治療、止血剤は用意してあった。だが、意識が おぼろげだった。血を抜きすぎた。ビルとビルの間の隙間、路地裏、陽一は陰湿な場所を好んだ。腐った臭いがした。何かが 焼けた跡があった。


「面白いゲームだったな純一」


陽一の声、俺の声、ひな、何も言わない。言わせない。ただ座り込んでいる。


答えた。俺に答えた。面白かったよ、最高だった。最高に狂っていた。俺はお前だ。


陽一――子供のように笑った。瞳の奥、俺は陽一、だから全てが見える。陽一の中にあるもの。理解した。 手に触れた。感触を確かめられたような気がした。確信に変わった。世界に音が戻ってきた。思考が加速してきた。


「陽一……俺とお前、一つだけ違うものがある」


「なんだよ、それ」


陽一、ハイになっている。脳内麻薬に狂わされている。俺も同じだった。同じようにトチ狂っていた。


「お前は虚無なんだよ。俺は空虚だ。お前は真っ暗だ。俺は真っ白だ。同じ闇でも色が違うんだよ」


「似たようなもんじゃねぇか」


「そうだ。似ている。似ているから、俺は間違っていた。気づいた。お前になると心底思って、錯覚して、イカれて、 その先にあるものを視たんだ。幻想かもしれねぇ、俺にとってはそれでも理由になる」


「純一、お前――」


駆けた。鳩尾に鉄拳。万感の想いを込めた。くの字に曲がった陽一の体、隙だらけなアゴを拳で突き飛ばした。陽一はぶっ倒れた。


「なぁ、陽一、俺、やっぱりお前のことが好きかもしれなかった。こういうの、こういう気持ちを友情っていうんだろうか。わかんねぇよな 。やっぱり、世の中はわからねぇことだらけだよ」


「殺してやるぜ純一――」


酷薄な笑み、怒りに煮えたぎっているというのに顔は変わっていない。表情は張り付いていた。頬の筋肉がぴくぴくと痙攣していた。裏切られたと言っていた。


「いいぜ、陽一、やれるもんならやってみろよ。お前は俺と同じだ。俺はお前と同じだ。もう、何も残っちゃいねぇよ。殺されても 恨まねぇ」


「啓二みたいにしてやるよ――」


啓二、思い出して、初めて、すまないという気持ちを抱いた。あいつは俺たちの連鎖に巻き込まれた被害者だった。視界の端 に映ったひな、顔、見ることができた。どこか空虚な顔だった。無性に悲しくなった。涙が出た。襲ってくる陽一の 怒声、陽一の顔、涙が浮かんでいた。


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