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同類

朝、一時間目の大学の講義――退屈だった。隣の席いる陽一、ノートにシャーペンを走らせていた。耳元で囁いてきた。


「お前、なんか良い事あったのか。」


「最悪なことならあったよ」


答えた。


陽一、今まで見たことのないぐらい驚いた顔を浮かべた。クックック、と笑っていた。哄笑だった。悪魔に見えた。


「講義、サボろうぜ純一」


頷いた。一方通行で喋り続ける教授、話は死ぬほどつまらなかった。荷物をまとめて陽一とともにゆっくりと出口に向かった。




緑葉をたっぷりと蓄えた桜の木の下に陽一は純一を誘った。桜の大樹が一本立っているだけの校舎と フェンスの隅っこの空間だった。雑草は生い茂っているが座ることができるし、人気も少ない空間だった。だが、二人 とも立ったままだった。


純一は陽一を見た。陽一は純一を見た。どちらも目を逸らそうとはしなかった。どちらも、笑みを浮かべていた。純一 は歪んだ笑みだった。陽一は涼しい笑みだった。それだけが違った。


「啓二は死んだんだな」


事実をかみしめるための問い、陽一は何を今更、と肩をすくめた。


「つまんねぇこと訊くなよ」


「どうやって殺した?」


「覚えてねぇ。頭をかち割って、サバイバルナイフで100個以上に分けて、魚の餌にした。循環させないとな。啓二みたい な馬鹿でも環境に役立てないと」


ふざけた物言い、常軌を逸した物言い、だが、事実に思えた。本気でそう考えていると思った。少なくとも、嘘は言っていなかった。


「サツにバレないと思ってるのか?」


「なんでバレるんだ?」


陽一の瞳、不思議そうだった。


「俺がタレこむ」


「笑える冗談だぜ」


「本気で言ってるんだぜ」


「いいよ。タレこめ。そんなんでお前の気がスカッとするなら俺は一向に構わないぜ。トモダチの気分は大切にしないとな」


「スカッとしねぇよ。ただ啓二は俺達を地獄で恨んでるんじゃねぇのか」


「だろうな、だが、死んだ奴はどうだっていいんだよ。今生きてる奴が大切だ。昔好きだったロックシンガーが 言った台詞だ。良い台詞だろ?」


「良い台詞だな」


陽一の顔、笑みがますます広がっていく。顔が破綻するのではないかと思ったぐらいだった。


「なぁ、純一、お前さ、実の妹に惚れてたんだろう。なんで乗り換えたんだ?」


全てを悟っているはずの陽一の勘違い――正す気にならなかった。


「もともと乗ってねぇよ。俺だけ何もない砂漠を突っ走ってただけだ」


「なんだよ。それじゃ面白くねぇじゃねぇか」


「お前を楽しませるために俺がいると思っているのか」


「思ってねぇよ。俺は自分自身を見るためにお前がいると思っている」


そう、陽一は――俺と似ているんじゃない――空虚な俺そのものなんだ。夢に見た結論、狂いきった思考回路、ショートしている。


「俺もそう思ってた。だから、お前が好きだし、呪わしい」


「なんだよ、やっぱり俺達、同じじゃねぇか」


陽一の微笑、純一も微笑で返した。だが、陽一は大げさに首を振った。


「だが、ダメだ。ダメなんだよ純一、俺には好きな女なんていない。傍にいるべき女なんていない。妹なら構わなかった。 構いやしなかった。犯そうが惚れようが愛し合おうが血が繋がってるしな。禁忌に酔って、イカれてるってことで納得できる。俺はイカれ てるしな」


熱っぽい声、陽一の勘違い――正したならばどんな顔をしてくれるだろうか、残虐な悦び、だが、口には出さなかった。


「ひなと縁を切れってことか?」


「違う。そんなくだらねぇことは言わない。殺せよ。俺も人を殺した。お前は殺してねぇ。まだイーブンじゃねぇ。不公平だぜ?」


吹き抜けてきた風、一瞬、夏だというのに寒気を運んできた。


「なんだよ。罪悪感でも感じてブルってるのか」


「そうだな、捨てきれない感情が俺の弱さであり、お前の弱さだ純一」


悟りきっている陽一、言っていることは全て正しいようで間違っていた。純一は笑った心底愉快だという風に笑った。


「イヤだね。刑務所でくたばっちまえよ陽一。俺はテメェなんか好きじゃねぇ。訂正するよ」

「そうか、そう言うと思ってたぜ。だからお前が好きなんだ純一――」

陽一の酷薄な笑い顔、何かを持っている者の余裕だった。陽一の体から発せられる寒気、悪寒にすりかわって純一は冷や汗 を流した。























お前は俺になるしかねぇんだよ純一、リフレインする言葉、陽一の言っていることは全て正しかった。


白井ひなさんだったな、惚れたんだっけ純一?彼女に何が起こってるか知ってるか?


知らなかった。何も知らなかった。知ろうとしなかった。自分への呪詛が口からもれた。楽しそうな陽一の笑い声、 いつだって脳を焦がしている。


大変だぜ、あの娘、とある芸能事務所に居たみたいだが、それがタチが悪くてな。人間を使い捨ての商品だと思ってる。純真だから騙されやすかったのかそれともただの間抜けなのか、 その筋の奴らに追われてるぜ。捕まったらボロボロだな。お前一人で護れるか、護れやしねぇよな。お前は無力だ。


助けてくれ陽一―――反射的に呪わしいはずの男に泣きすがった。屈辱、プライド、どこかに投げ捨てた。ひな が家に帰れなかった理由、行くところがないと言った台詞、意味、全て理解した。


いいぜ、純一、白井さん、助けてやるよ。傷一つ負わせないことを約束してやる。お前が好きだって言ったろ。変わらないぜ。いつだって。愛してるぜ純一。だからそんなに 泣かなくていい。だが、お前は俺になるしかねぇんだよ純一。


わかった。お前の言うことは全て正しい。何もかも認めてやる。俺はどうなったって構わない。だからひなを助けてくれ。


そうだな、そう言うと信じていたぜ。俺が言うこともやることも間違いはない。今度のことはお前がお前自身の心を殺すことで大目に見てやる。やっぱり、俺たちはトモダチだな 純一、笑えよ。楽しそうに笑えよ。さっきまでの勢いはどこに消えたんだ。取り戻せないのか、すぐに取り戻せるように なる。お前は俺だ。俺はお前だ。合わせ鏡なんだよ。変わらない。変われない。それが真実だ。


陽一の声――残忍な死刑宣告だった。


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