三人
お前だってヤリたいだろ、純一――啓二の声、ノイズ、耳をふさいでも脳裏に浮かびあがる。
目を開けた。ネオンの禍々しい光、眼球の奥底に忍び込む、カローラを容赦なく照らす、運転席、純一は ハンドルから手を離してステアリングを撫でた。
真夏の夜、歓楽街、露出した肌を晒し地べたに座り込む若者達、飲みに来た、もしくは女を買いにきた中年オヤジ、 絶え間なく左右に視線を飛ばす客引き、パーキングエリアの一角から見える景色、見慣れた光景、いつだって全てが薄汚れて見える。
「誰かタバコもってねぇか、切らしまったんだよ」
後部座席に座っている陽一の声、珍しく苛立った声、純一は胸ポケットからマイルドセブンの箱を取り出した。中空に掲げた。 すぐにひったくられる。
「だからもう少し時間潰そうぜって言っただろうが。なぁ」
助手席の啓二の声、同意を求めている。頷いた。もう少しコンビ二で立ち読みしていても良かった。時間に几帳面な陽一はそれを 許さなかった。見知らぬ女達との約束、腕時計を見た。時間まであと十五分、クーラー の効いた車にとどまっているしかない。
タバコの煙、車の中に充満している。三人は喫煙者、誰も咎める者はいない。
「明日、朝早くから授業があるんだ。可愛くなかったらこのままドライブしようぜ」
純一は気だるげに言った。啓二、顔をゆがめていた。陽一、曖昧に頷いた。啓二はたまりかねたように口を開いた。
「純一、俺がセッティングした合コンなんだぞ。女達になんていえばいいんだよ」
「好みにあわなかったって言えよ」
冷淡に返した。口笛が聞こえた。陽一、面白がっていた。啓二、苦虫を噛み潰していた。三人でつるむようになったのは大学に入って二週間が過ぎた頃だった。たまたま同じ講義を受けて、たまたま隣同士の席に座った。啓二が純一と陽一に声をかけた。とりとめのな い話。
どこから来たんだよ――村からだよ。
なんていう村だよ――月白村ってとこだ。
俺は隣の県だ――近そうで良いな。
飯、食いにいこうぜ――わかったよ。
馬は合った。呼吸も合った。その内、スタイルができてきた。啓二が突っ走り、純一がブレーキをかけ、陽一が面白がる。歪な関係、もう二年近くも続けている。
二年という歳月でわかってきたこと。啓二は無類の女好きだった。陽一は面白いことが好きだった。純一は暇を潰したがっていた。
「どういう風に集めたんだ」
陽一の問い。啓二は何を言っているんだと言う風に唇をゆがめた。
「別に、街で引っ掛けた女だよ。一人じゃ怖がって付き合ってくれねぇんだ」
「それで、俺達が引っ張られてきたってわけだな。純一どう思う?」
「運転するのがかったりぃからどっちでもいいから免許取れよ」
「俺はもってねぇけど、啓二はもってるぞ」
啓二を睨みつけた。啓二はバツの悪そうな笑みを浮かべた。
「俺は電車で通ってるから大学の近くに車もってくんのつれぇんだよ」
啓二の家、県外だった。実家から通っている。純一は押し黙った。陽一に視線を向けた。陽一は純一と同じで大学の近く のマンションに住んでいる。
「ガス代は俺と啓二で出してやるから――そんな顔で見るなよ純一」
「怒っちゃいねぇよ」
吐き捨てた。腕時計を見た。約束の時間、残り五分、ネオンの一部、路地の片隅を照らす誘蛾灯、光に誘われた蛾が光の中を踊って 地に落下した。