第七十三話 エイダが覗いたロバートの記憶
カラーン! カラーン!
大きな鐘の音が鳴った。宿のすぐ隣にある教会の鐘だ。その音で俺は目が覚めた、すっかり朝になっていたようだ。
「もう朝か。それにしても、よく寝たな」
なんだかんだですっかり熟睡してしまった。体の疲ればかりは、いくらステータスが強化されても誤魔化せないようだ。
それにしても、変な夢を見たような気がする。なんというか、おぞましい夢な気がする。
「夢……どんな夢だっけ?」
駄目だ。いくら考えても、夢の内容が全然思い出せない。前世でも起きた直後はある程度夢の内容を覚えていたのに、こんなにぽっかりと夢の内容を忘れるだなんてありえなかった。
夢を見たのは間違いないのに、その夢の内容が思い出せない。変な気分だ。
「ロバート! もう朝よ! 起きてるの?」
ドアをノックする音と同時に、パメラの声が外から聞こえてきた。
「あぁ、パメラか。おはよう、起きてるよ」
「もう、あなたが最後よ。私もエイダもおなか空いているんだから、早く一階の食堂まで降りてきてね」
パメラの口ぶりからするに、俺はかなり遅く起きてしまったようだ。そういえば、時間なんて気にしていなかった。右下に表示されていた時計は、朝9時を迎えていた。
かなり寝ていたんだな。だとしたら本当に妙だ、なんで夢の内容を全く覚えていないのか。
きっと、夢を思い出せないくらい深い眠りについていたんだろう。俺は深く考えることをやめることにした。とにかく、今はトイレに行こう。
ロバート達が泊まった宿の一階の食堂では、すでにパメラとエイダが座って待っていた。
「ロバート、さっき起きたみたい。彼のことだからきっと夜更かしでもしてたのね。ねぇ、朝食先に食べない?」
パメラがエイダに話しかける。しかしエイダは無言で下を向いたまま、反応しない。
「……どうしたの? さっきからずっと考え事してるみたいだけど」
「なんでもないわ、気にしないで」
さらっと返事をしたが、エイダの内心はとても穏やかではなかった。
(あぁ、なんてこと。ロバートの記憶を掘り下げようとしたのに……まだまだ私の魔法も不十分だったのね)
彼女は夢の中でロバートの脳内に侵入していた。これでその人間がこれまで生きていた記憶が、全部見れてしまう。
まず彼女が注目したのが、ロバートの〈開花の儀〉だ。〈開花の儀〉でロバートに与えられた炎はたった二つだけ。
最低ランクがDとなる不名誉な数であるが、ロバートの成長ぶりは明らかにおかしかった。
その次の日からロバートは旅に出たが、戦うことになるモンスターは次から次にあっさりと倒していった。
ホーンリザードの群れ、コボルトの群れ、アリゲーターベア、ギルドでカルロスとの一騎打ち、どれもこれもなんの苦労もなく撃破、まだ低レベルのランクDの戦士に成せることじゃない。
彼女はロバートのステータスも覗いた。〈アプレイザル〉で覗いた時と同じように、やはり異常な数値だ。だけどどうしてこんな数値になるのか。
最初こそ、バグという言葉で片づけたものの、エイダはうすうす感づいていた。
(もしかしてロバートは意図的に操作したんじゃ?)
その考えを強めたのは、ロバートが持っていた剣だ。一昨日ロバートは森の泉の中で、不思議な女性と出会いこの剣を授かった。
一体森の泉の中でなんで女性が出現したのか。それだけでも不思議な出来事だが、それ以上に驚いたのはロバートが明らかにそれを知っていたことだ。
(偶然なんかじゃないわ。明らかに彼は知ってた、森の中であの女性と出会うこと、そして剣をもらうことを。絶対に彼の過去に秘密があるはず)
彼女はロバートのこれまでの十三年間の記憶を全て覗き見ることにした。特にどこにも変わった箇所がなかった。
どこからどう見ても普通の貴族の少年としての暮らしだ。普通に貴族の子供として生まれ、普通に貴族の子供として過ごし、普通に家族と生活してきた。
特段変わった一面がないロバートのそれまでの生き方に、エイダの期待は裏切られた。
(ロバートは間違いなく異端児よ。普通の貴族の少年なわけがない、アイテムボックスまで持っている。絶対ほかの貴族と違うはずなのに)
もっと虱潰しにロバートの秘密を探ろうとしたものの、ここで彼女の〈コネクティングロープ〉の魔法の効力が切れてしまった。
〈コネクティングロープ〉はエイダが独自に編み出した魔法だ。エイダの魔力、能力次第でその効力が発揮できる時間が決まっている。
残念ながら、無制限というわけじゃなかった。限られた時間の中で、ロバートの記憶を全て虱潰しにわかるわけがない。
だけど彼女は諦めていなかった。
(〈コネクティングロープ〉はまだ繋がったままよ。記憶も消したから、怪しまれることはないはず。これから毎晩ロバートの記憶を覗いちゃうんだから、うふふ……)
バタン!
食堂のドアが開く音がして、エイダは我に返った。入ってきたのはロバートだ。
「おはよう、待たせちゃったね」
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