第二話 名門貴族の長男の大事な日
〈開花の儀〉についての簡単な説明です。
「おはよう、ロバート。朝食できてるわよ」
「おはようございます、母上」
午前八時、俺は台所にやってきて母のシモーヌに挨拶した。今年で四十歳になるという母だが、年齢以上に美人に見える。化粧や着ている服のせいもあるかもしれないが、それ以上に気品に満ち溢れている。今世では間違いなく俺の実の母なのに、俺は少しドキドキした。前世でもこんな美人に会ったことなど一度もない。
「ザックスはまだ寝ているのかしら? 大事な兄の晴れ舞台になるかもしれないのに、あの子ったら」
「あいつは朝が苦手なんだ。もう少し寝かせてやれよ」
ザックス、俺の弟の名前だ。まだ九歳だが、実は行儀や頭の良さ、武術なんかも俺より優れているかもしれないと言われている。
弟はかなり優秀だ。さっきちらっと寝顔を見たが、まるで俺の〈開花の儀〉など無関心のように熟睡していた。
「坊ちゃま、お腹が空いているでしょう。遠慮なくお召し上がりください」
トマスが俺の座る椅子を出してくれた。食卓を見るとこれまた豪華な食事が並んでいた。とても朝食のラインナップとは思えない。
思えば前世は、朝食はほぼ毎日食パンとジャム、食わない日もあった。
朝食だけで前世の俺の夕食のラインナップを超える豪華さだ。さすが貴族の家柄だな。俺は座って、前世でもめったに言わなかった言葉を発した。
「いただきます!」
「まぁ! あなた今の聞いた? ロバートが自分から『いただきます』と言ったわよ!」
「うむ……だが正しくは『主よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます』だぞ」
まさかこの一言で母親から誉められるとは思わなかった。確かに今までの記憶を辿るに、俺ロバートはあまり出来のいいほうではなかったようだ。名門貴族の子供であるにもかかわらず、行儀の悪さは折り紙付きだったみたいだ。
だが母親とは対照的に父のロドリゲスはそっけない態度だ。無理もない、なぜなら今日は本当に大事な日なのだから。
俺が座るときも、父は厳格な顔のまま俺を見つめている。
「ロバート、今年でお前も十三歳になる。十三歳がどんなに大事な年か、そして今日という日がどれだけ大事な日か、わかっているよな?」
「えぇ、父上。存じております」
「この世界の創造神プロビデンス様による〈開花の儀〉で、か弱い我々人間が魔物に対抗できる力を授けてくださいます。こんなに有り難い話はございませぬ」
「トマスよ、わかりきったことを言うな。大事なのはそこではない、その先だ」
「は、はは! ご主人様、そうでございましたな」
トマスが父に叱責された。トマスが今話した内容はこの世界の誰もが知っている。無論俺もそうだ。
〈開花の儀〉は俺が前世でやり込んだMMORPGに登場する大事な儀式だ。設定上は今トマスが言ったように、創造神プロビデンスにより魔物に対抗できる力を付与するという内容だ。
しかしそれはあくまで表面上のお話しかない。大事なのは父が言ったようにその先のことだ。
「炎の数がいくつになるか、ですね」
「そうだ。その炎の数によって戦士はランク付けされ、今後の能力の伸びしろが大きく左右されるのだ」
「もう、あなたったら。能力が付与されるだけでもありがたいことなのに、炎の数まで欲張ってはいけませんよ」
「ならぬ。今後も我が領地を守護し導いていくためにも、当主自らが強大な戦士としての力を保持しなければならぬ。平民出身の戦士を用心棒に雇うなど、先代に会わせる顔がない。私は……」
父が悲哀な表情を浮かべながら熱弁する。無理もない、かつて俺の父も同じく〈開花の儀〉を受けた身だ。俺と同じ十三歳の時に、父は〈開花の儀〉を受け、そこで洗礼を受けた。
なんと父に与えられたのは、五つの炎だった。
炎、創造神プロビデンスがこの世界で戦士としての素質がある人間だけに与える特殊な力が込められた結晶。この炎の数が多ければ多いほど、その後の戦士としての伸びしろが大きくなる。
といってもこの炎の数、最大でも出る数は九つと決まっている。そしてその炎の数で、この世界の戦士はランク分けされる。
一番上はランクS、これは炎の数が九つも出た戦士だけに与えられる称号だ。炎の数が八つと七つの場合はランクA、六つと五つの場合はランクB、四つと三つの場合はランクC、そして一番低いのは二つでこれがランクDに該当する。
父は五つだったから、ランクBの戦士だ。だが決して嘆くような結果ではない。むしろランクB以上は世間からは強戦士と評される。
だが、我がヒューリック家の当主はそうあってはいけないのだ。ヒューリック家は代々にわたって広大な領地を守護してきた名門貴族である。
広大な領地と言っても小さな島一つだけであるが、この世界では島一つ分の領地を有することで、立派な貴族の仲間入りとなる。爵位の位置づけも上がり、王族との交流も深まるのだ。当然その広大な領地を守護する当主は、強大な力を秘めた戦士でなければいけない。
父は五つの炎が与えられた。世間的には立派に強戦士と言ってもいい水準だが、歴代のヒューリック家の当主はランクAかランクSばかり。そう、父は落ちこぼれだった。能力的に劣っていると自覚した彼は、平民出身で自分よりも優れた戦士を高額な金で雇うことにした。それが今の執事、トマスだ。
そして今度は息子の〈開花の儀〉の日となった。当然父は自分と重ねる。自分と同じ過ちを繰り返してほしくない。俺に抱く期待は相当なものだろう。
ましてや俺は長男だ。弟の方が優れているかもしれないと言われているが、大事な当主としての使命を弟に背負わせるわけにはいかないと、父も決めているようだ。
だが、俺は残念だがその期待を裏切らなければいけない。両方の意味で。
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