第百三十九話 隠れていた男
何が起きたのか一瞬パメラはわからなかった。よく見たら、ジョニーが剣を真上に振り払っていた。
「笑わせるな。そんな速さじゃかわすまでもない」
「嘘……弾いたなんて」
甘く見ていた。自分の弓矢はAランク随一だと自負していただけに、信じられなかった。
「……さすが元英雄ね。降参よ」
「おいおい、負けを認めるのが早すぎるだろ」
「でも、あなたにはどんな奥義も通用しそうにない」
「そうか、それなら遠慮なく、行かせてもらう」
パメラは両手を下げた。剣を構えたままのジョニーが近づく。パメラは目を閉じた。
「ぐわああああああ!!」
直後、誰かの叫び声が聞こえた。
「どうやら当たったようだな……」
「な、なんなの……今のは?」
パメラは目を開けて、周囲を見回す。右前方の木の根元に、小さな影が動いていた。
「あれは……さっきのネズミ? 私の矢が……」
なんと自分がさっきジョニーに放った矢が、そのネズミに当たっていた。
「ちっ……やはり元英雄だな、俺の存在に気付いていたとは」
「しゃ、喋った!?」
人語を話したネズミがそのままゆっくり二本足で立ち上がる。そしてパメラの矢を引き抜いた。
「いい加減正体を見せたらどうだ、ウィスベリー」
「ウィスベリー? それって……」
直後、ネズミの体からおびただしい量の煙が放出される。煙で姿が見えなくなったが、すぐに大きな人影がうっすらと現れてきた。
白衣を着た長い黒髪をした男性だ。パメラはエイダとの話を思い出した。
「その格好……あなたがウィスベリー・スプラウト!?」
「ジョニー・テープ。いつ俺に気付いていた?」
「さぁてね。ついさっきと言っておこうか」
「しらばっくれる気か。だがお前にとって最大の誤算がある、貴重な戦力を失ったな、一人……」
ウィスベリーは笑っている。貴重な戦力、それはエイダのことだ。パメラは再び悲しんだ。
「心配するな。彼女は生きてるよ」
「え? 本当ですか?」
「おいおい、自分で刺し殺しておいてよくそんな……はっ!?」
ウィスベリーは背後に人がいるのは察知した。だが遅かった。
「〈スネークロープ〉!」
「ぐっ! しまった!」
ウィスベリーはそのまま長いロープに体を拘束され、地面に倒れた。魔法を放った魔道士の姿を見て、パメラは目を疑った。
「エイダ……あなた!」
「ふぅ……あなたの目も節穴ね。本当に私が死んだと思ってたの?」
「エイダーー-!!」
パメラはすぐさまエイダに駆け寄った。エイダに抱き着き、泣きじゃくった。
「ちょ、ちょっと……パメラ。やめなさいよ、そんなに泣かないで」
「馬鹿! 馬鹿! 本当に死んだものだと……」
「はぁ、全くしょうがないわね。ジョニーさん、説明してあげて」
「すまんな、パメラ。俺が仕組んだ芝居だったのさ」
「え? 芝居って……どういうこと?」
そう言うとジョニーは右手に液体が入った小瓶を見せた。
「これは即効回復薬、致死ダメージを受けてもこの薬を使えば出血は抑えられ、すぐに回復できる。あとは……」
今度はポケットから、赤い液体が入った透明の小袋を取り出した。
「それは血糊……じゃあさっきの血は……」
「私も最初はびっくりしたけどね。でもジョニーさんが耳元で囁いてくれたのよ、全部」
そういえばパメラも少し違和感を抱いていた。エイダを刺した直後、ジョニーは体を寄せしばらく離れなかった。
その時に全てこれからの作戦を話していたのだ。ウィスベリーを油断させるため死んだふりをし、正体を現した後で自分の魔法で拘束する。
「……ということになる。エイダが迅速に対応してくれて助かった」
「私だって耳を疑ったけど、しっかりと急所を外してくれてたじゃない」
「ふふ、やはりエイダは冴えてるな」
「……私まで騙したのね」
パメラがしかめっ面で睨みながら呟いた。
「あ……パメラ。ごめんなさい、その……」
「悪かったよ。だけどあの場面なら、君も騙した方がいいだろうと思ってね」
「そうしないと、ほら相手はあのウィスベリーだから。敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ?」
「なるほど。そうね、その通りよ。どうせ私は演技がへたくそな女ですよ」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだが……」
「でも、本当に疑ってしまったの。ジョニーさんが敵じゃないかって……」
「パメラ……」
ジョニーはどう返答すべきか迷った。
「ごめんなさい。実はさっきこっそり二人で話していたのよ、あなたがスージーとミーナに協力していた仲間じゃないかって……」
「そうか。確かに私が急に現れたりしたから、怪しむのも無理はない。だけど理由があってな」
「理由?」
ジョニーは倒れていたウィスベリーを見た。
「実を言うと、私は最初からこの男を追っていたんだ」
「それどういうことですか?」
「君達がコルネ村に向かった直後、実は目撃情報が入ったんだ。ウィスベリーとミーナと思われる女性が出会っていると」
「なんですって?」
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