第一話 廃人ゲーマーは異世界の貴族へ転生する
廃人ゲーマー徳永光明の第二の人生の幕開けです。
俺の人生はとてもつまらないものだった。
よわい29歳、若くもなくかといって中年と言うわけでもない年齢で俺はこの世を去った。
本当につまらない人生だった。恋愛もまともに出来ず、そもそも人付き合いもまともにできなかった俺にとって、ただの心の拠り所はゲームだった。
MMORPG〈ロード・オブ・フロンティア〉、俺が就職した20歳からはまり続けた人気のMMORPGだ。
サービス開始当初からやり続けている俺だが、きっかけはテスターをしていた友人から薦められたことだった。
元々ゲーム好きだった俺はとにかくこのゲームにはまり続けた。限定アイテムも超レアアイテムのドロップも全てコンプした。生活費の大半はそのゲームの課金として消え、夜更かししすぎて、仮病で仕事を休んだこともあるほどだ。まさに廃人ゲーマーだ。
だがそんな生活をやり続けた結果、俺の体にも無理が来たのだろう。最後の最後はまともに睡眠もとらず、ただひたすら超難関と言われたレイドボスの攻略をソロでやり続けた。
誰もソロでの撃破を成し遂げなかったそのボスを俺は20時間の死闘の末、遂に撃破した。画面上に表示された「Congratulations!」の表示を見たのが、俺の最後の記憶だった。
恐らく燃え尽きてしまったのだろう。元々病弱だったこともあり、遂に思い残すこともなくなって俺は魂の抜け殻となったのだ。
あぁ、いい思い出だった。だがあわよくば、せめてこれが現実のような出来事だったらいいのになと俺は願いながら、俺はそのまま眠りについた。
するとふと誰かの声が頭の中で聞こえた。
「その願い、叶えてあげますよ」
「誰だ?」
声が聞こえたかと思うと、次の瞬間目の前が真っ白になった。光に包まれ、生暖かい風が吹く。
そして俺の体が徐々に小さくなってきた。しばらくして俺は目を覚ました。
(どこだ……ここは?)
目が開けると、見知らぬ建物の部屋のベッドの中にいた。ゆっくりと体を起こす。
明かに自分が過ごしていたアパートの部屋じゃない。周囲を見渡すと、まるで大昔の貴族の邸宅のような部屋の中だった。天井には豪華なシャンデリアのような明かり、窓に掛かっているのは美しい模様で丁寧に手入れされたカーテン。そして俺が眠っているベッドは超フカフカ、まるで一流ホテルのスイートルームに用意されているような逸品だ。
「ま、まさか!?」
俺はベッドから起き上がり、部屋の隅に立てられていた等身大の鏡まで寄った。俺は目を疑った。
完全に別人になっていた。髪の色こそ黒色だが、無精ひげもなくつるつるとした端正の整った幼い男子の顔。明かに子供だ。
「嘘だろ? これが俺?」
顔だけではなく声まで若返っていた。そして鏡の縁に一本の直線と何やらわからない文字が刻まれている。
見たこともない文字だったが、なぜか俺は読めた。数字で「150」と書かれていた。その数字の横の一本線と、俺の頭頂部がちょうど一致している。
「嘘だろ、俺の身長150cm?」
「坊ちゃま、お目覚めですか?」
そこに唐突に老人の声が聞こえてきた。振り返ると、黒いスーツ姿でやや背の高い白髪の老人がベッドの横に立っていた。
俺も映画とかで見たことがあった。よく貴族の家にいる執事という役職の人じゃないか。明かに初対面だったが、なぜか俺はこの老人の名前も知っていた。
「ええと、トマス……だっけ?」
「坊ちゃま! 何を寝ぼけていらっしゃるのですか? 全く大事な儀式の日だからといって、興奮しすぎですぞ」
目の前の老人の名前はトマスだ。なぜだか知らないが俺はわかった。そして俺はトマスに近づき、念には念を入れて質問した。
「なぁ、俺の名前って……ロバート・ヒューリック、年齢は十三歳であってるかな?」
俺は自分の記憶を頼りに聞いてみた。トマスはさらに信じられないような顔で俺を見た。
「い、一体どうなさったのですか坊ちゃま!? まさか本当に頭をぶつけられたのですか!?」
「い、いや……そんなんじゃないんだ! 大丈夫、平気さ。それより腹が減ったな」
なんとか俺は話題をすり替えた。
「朝食でございますね、かしこまりました。しかし坊ちゃま、目覚めて悪いのですがまだ日が昇ったばかりでございます」
トマスはそう言うと、大窓のカーテンを全開にした。眩しいばかりの朝日が差し込み、俺は目を閉じる。確かに東の空から太陽が出たばかりのようだ。
(朝の5時くらいか? ん、待てよ。この部屋……)
よく見たら時計がない。いや、そもそも俺の記憶を辿る限り、この部屋に時計はなかったような。なんでもいいから、時間が知りたい。
時計、時計、時計、と頭の中で繰り返した。すると頭の中で変な音が聞こえた。
ブオン!
(なんだ、これは!?)
今度は俺の視界の右下の隅に、六桁の数字が四角の枠に囲まれた状態で出現した。表記は「05:33:20」となっている。
六桁の数字の並び、俺は一瞬で何の数字か悟った。
「今は5時33分か」
「坊ちゃま! なぜそんなに正確な時間がおわかりになるのですか!?」
「え? だってここに……」
トマスがよくわからず驚いている。俺は右下に表記された時刻を言っただけだ。これでこの数字が時刻だとわかったが、なぜトマスはここまで驚くのか。
まさか、と俺は思った。右下の数字の部分に手を当ててみると、なんということか数字が右手の中にめり込んだ。いや、めり込んでいるわけじゃない。まるで立体映像のような感じで溶け込んだ。
そして俺はふと思って、顔を上下左右に動かした。右下の時計の表記も常に俺の視界の右下にピタリと張り付いたまま表記され、消えることはない。
そんな俺の様子をトマスが不思議がって見つめている。まさかトマスには俺の時計が見えていないのか。
「坊ちゃま、一体どうなさいました? 虫でも飛んでいるのですか?」
「いや、違うよ。はは、なんというか俺も早起きしすぎたな。もう少しだけ休むよ」
俺はそう言ってまたベッドの中へ潜り込んだ。
「それがよいでしょう、坊ちゃま。あと少しだけお休みなさい。ですが本日は先ほども言ったように大事な〈開花の儀〉の日ですから、8時までには起きて準備をお済みください」
トマスはお辞儀をしながら言った。部屋を出ようとしたが、俺はトマスが最後に言い残した言葉が気になった。
「トマス、今なんて言った? 何の儀だって?」
「坊ちゃま。まさか今日が〈開花の儀〉の日ということも忘れたのですか?」
〈開花の儀〉、俺はその言葉に聞き覚えがあった。
まさか俺が今いるこの世界は?
俺はひとまずトマスを部屋から出し、ベッドの中に潜り込み頭の中でこれまでの記憶を整理した。
どうやら、だんだん思い出してきたぞ。
そうだ。俺は転生したんだ。どういうわけかわからないが、俺は貴族の子供として生を受けた。
だがどういうわけかわからないが、なぜか前世の記憶まである。前世の俺は徳永光明、ただのサラリーマンだった。死の間際に変な神様のような声が聞こえたところまでは覚えている。
そして貴族の子供として生まれ、十三年が経過した今ようやく前世の記憶が蘇ってきた感じだ。自分で解釈するのもあれだが、頭が混乱してくるな。
俗に言う異世界転生ってやつか、これが。まさか自分の身にも起こってしまったとは、信じられないな。
だが何より重要なのは、俺が転生したこの世界のことについてだ。正直ただの異世界というわけではない。トマスが発した〈開花の儀〉は、前世の俺にとっては忘れられない言葉だ。
「この世界は間違いない。俺が前世にやり込んだゲーム、〈ロード・オブ・フロンティア〉そのものだ!」
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