エイビーSIDE
すうすうと、穏やかな寝息を繰り返して眠るサクラの夜色の髪を撫でながら寝顔を見つめる。
「やっと戻ってきた・・・サクラ」
髪を撫でても目を覚ます様子はなく規則正しいリズムで寝息が聞こえる。
「エイビー、ただいま」
そう言って抱きついいてきた光の子。
そして、ダークブルーの瞳いっぱいに涙を溜めて
「私戻ってきたよ。咲良っていうの」
サクラに抱きつかれながら一方で先程の言葉を反復する・・・
頭の中が真っ白になった。
「エイビー、ただいま」
その言葉が紡がれた瞬間私は確信した。
この光の子は、リラの娘、姫なのだ・・・と。
再び出会えると思っていなかった・・・・
以前私の腕の中で光を失ってしまった小さな女の子・・
助けたくても助けられなかった・・・・
今の私の思いをどう表現すればいいのか・・・・
信じられない・・嘘だろう?・・・
現状を否定してしまいそうになりながらも、
一方では嬉しすぎて歓喜に湧いている自分がいる・・・
その両方が鬩ぎ合っている。
私は無意識のまま私サクラの頬を撫でた。
サクラの瞳からこぼれ落ちた涙を指で掬い上げていた・・
自分の腕の中で気を失ってしまったサクラを見た時、
一瞬・・以前の姫を亡くした光景がフラッシュバックした・・・
ポンと右肩に手を置かれたことで、フラッシュバックしかけた光景が途切れた。私の肩に手を置かれた方向を見上げると騎士団長アレスレイ・コーライが心配気に見つめていた。アレスレイ・コーライは、私の夫だ。
「大丈夫か?」アスレイの問いかけに無言で頷く。(薔薇騎士は騎士団の中でも特殊なルールがあり、婚姻しても夫の姓に変わることなく個人として扱われるのだ)
サクラは気を失ってしまったが、神殿長が管理している神盤にサクラの手をかざすことによってサクラの状態を明確にした。
本人の意識のない状態で神盤を使用することに皆後ろめたさが無かったといえば嘘になるだろうが、サクラの状態を明確にし、保護するためにどうしても必要だったのだ。
神盤にサクラの手をかざすとすぐに神盤の先端から光の文字が浮かび上がった。
名前:アサミヤ サクラ
年齢(身体年齢):16
生命力:F
光魔力:SSS
所持スキル:治癒術、光強化魔術、看護知識、調理、家事
称号:光の子の魂を継ぐもの 癒すもの 虚弱体質
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
この光の文字を確認して誰もが無言になった。
「ここにいるもの・・・口は堅かったか?・・・・」
神殿長のぼそっと呟いた声が、静かな部屋にやけにおおきく響いた。
私を含め、この場にいたものは無言で頷いているのを感じた。
皆、この光の文字の意味することがわからず戸惑っている・・・・。
私もそうだ・・・・。
サクラが光の子の魂を宿していることはわかった・・・
だが、「年齢(身体年齢)」・・・・
これの意味がわからない・・・
「所持スキル:看護知識」
こんなスキル見たことがない・・・・
そして極め付けは、「生命力:F」「称号:虚弱体質」・・・・
ありえないくらいに弱い・・・・
張り詰めた空気を打ち破ったのは、神殿長だった。
「過去に魔術師が告げた導かれし光の子は5人。サクラ以外の光の子はみな導かれてから数日で死んだときいている・・・・
サクラは光の子の魂をもつもの。年齢は16。生命力Fの虚弱体質。我々が確認した内容はこれだけだ。
サクラは虚弱体質であるため、アレスレイ・コーライ、エイビー・セブールが保護し親代わりとする」
神殿においての神殿長の発言は決定事項だ。
この場にいる全員が姿勢を正し、了承の旨を伝えた。
そして、神盤は金色の鎖を伴った淡桃色の神石となった。
私はその神石を鎖ごと受け取り、気を失っているサクラにつけた。
サクラの鎖骨の中で淡桃色の神石がキラキラと輝いている。
私はサクラをしっかり抱えて、自身とアレスレイの部屋に連れてきた。
そして今、
サクラを抱き締めながら、息を吐く。
サクラが私の以前無くしてしまった大切な子であるとわかった今、
サクラが光の子と出現して今に至るまでを振り返っていた・・・。
王都の光の子の伝導者の役目を担う魔術師より光の子の出現の予言の連絡が砦にもたらされ、砦の騎士団長のアレスレイ・コーライと私は2人で光の子を無事に保護するために動いた。
この国は15年前、魔物が何らかの形で獣に変化を遂げた魔獣の増殖により国が滅亡するところだった。魔獣は珍しいものではなくこの魔獣を倒すために騎士団が存在するくらいだ。だが、15年前は違った・・・全てが異常だった・・・・異常事態だからこそこそ魔獣は独特の光に弱く、その光は特定の子供たちの体内に宿っていることをつきとめた。国中の子供たちが光の有無を確認され、光を宿す子供は国の中央である王都に集められていった。そして体内に光を宿す子供は王族や高貴な貴族の血をひくものばかりだったと遠征先で知った時・・・・姫を隠さなければいけないと思いながらも叶わず、ただ見つからないことを祈ることしか出来なかった・・・・。私と姫の母親リラは元孤児で彼女は私よりも3つ年上、いつも側にいてくれ姉のような存在だった。しかし、リラが14歳の時、この砦の公爵家の養女となり王都に勤めに出された。そして私も13歳になりセブール家の養女となった。それから私たちは会うこともなく孤児の頃の日々は過去の思い出になるはずたった。そんな時、リラは姫を孕って砦に帰って・・いや、王都より戻されてきたのだ。
私が養子となったセブール家は、優秀な薔薇騎士を輩出する家柄だった。薔薇騎士は中央で訓練を受け指導官となったものが全ての群に配置され、医療・医療助手などを担う女性中心の騎士団であり、私も数年後に訓練ため王都に行くことが決まっていた。リラが養女となった公爵家は子供の父親を明確にしたがった・・しかし、リラは子供の父親について誰にも話さなかった・・・孤児としてリラと時間を一緒に過ごした私は、彼女の世話係という名目で公爵家に招かれた・・私になら姫の父親について話すのではないかと思ったのだろう・・・しかし、彼女は私にも教えてくれなかった。彼女は女の子を出産するとその3日後に眠るように静かに亡くなった。女の子は、世間には秘密にされ名前も与えらず公爵家が保護することになった。ただ、この幼くして父親のわからない小さな女の子は、光に包まれて産まれ、3歳頃まで光に保護されるように包まれていたことから、高貴な血が流れていると考えた公爵家では女の子を「姫」と呼んでいた。サクラに再開した時から「姫」・・そう呼んでいたがそれは光の子は高貴なもの・・・そして、私の大切な姫だと思いたかった・・・・そう思っていたからだ。
神盤の先端から浮かび上がった光の文字を見た時・・・
姫はサクラだ・・・
この場にいたものは全員気がついただろう・・・
私と同じように・・・
そう、私たちは知っていた・・
この神殿に呼ばれたものは神殿長シンクラー・アイラットを含み、姫を知るものであることを・・・・
皆、サクラが目を覚ますのを待っている。
そして私も・・・・
「サクラ」そう言いながら眠っているサクラの髪に触れる・・・
これから『サクラ』と呼べることがなんとも言えず照れ臭く嬉しかった。
サクラを抱き締めて、今度こそ笑顔でいて欲しい、幸せにしたいと願いながら目を閉じる。
微睡んだ瞳にサクラの夜色の髪が窓から差し込む太陽の光を受けて鮮やかに映り、神石はキラキラとした淡い光で彩っている・・大人のようでもあり、あどけない子供のようなサクラは神秘的で、目を離したら消えてしまいそうなくらい儚げにみえた。