誰のこと?
とりあえず彼女に会って、報告しよう。
来月の船上パーティーの件を。国王陛下に掛け合って、船上パーティーではなく城での開催に変更してもらったことを。
これであの夢が正夢になることはない。
彼女も安心するだろう。
僕はやればできる男なのだ。
急な事情にもすかさず対応し、無理を可能にし、婚約者を安心させられる男。
この僕と別れたいとか、一時の気の迷いだろう。変な夢を見て、気が動転したせいに違いない。
あの似顔絵の男のことだってそうだ。
うら若き乙女にありがちな、若気の至りというやつだ。
冷静に考えれば分かるはずだ、彼女の婚約者として相応しい相手が誰か。
公爵家へ使いを送り、彼女を城へ呼んだ。
船上パーティーの変更の件について話すと、驚いた様子を見せた。
彼女も駄目元だったらしく、本当に希望が通るとは思っていなかったようだ。
「国王陛下がよくご了承くださいましたね」
「僕が真剣にお願いしたからね。王子がそこまで言うならとご納得いただいた。君を不安にさせたくないという僕の想いを汲んでくださった形だ」
「それは良かったです。……で、婚約の解消の件は?」
え、それまだ言うの?
もう良くない?
「夢の中で僕を刺したことなら、気にしなくていい。僕は気にしていない。船上パーティーも取り止めたことだし、夢が正夢になることはないよ」
夢なんかを口実にされてたまるかと、にっこり笑う僕の潔さとは対照的に、彼女は思い切りのつかない顔をしている。
僕に背中を押させるつもりか?
「本当は……好きな男ができたからなんだろう?」
「は?」
よほど動揺したのか、貴族令嬢らしからぬ口調で彼女は驚いた。
「僕が知らないとでも思ってるのか?」
「誰のことです?」
不遜な態度でシラを切るつもりらしい彼女に、僕は動かぬ証拠を突きつけた。
絵師から没収した例の似顔絵だ。
彼女の顔色がさっと変わった。
「騎士団所属の絵師に依頼するとは大胆だね。僕の耳に入らないとでも思ったかい?」
ふふんと僕は顎を上げた。
少しでも後ろめたさを感じる行為を披露せざるを得ないときには、開き直って堂々と。
「賢明な君なら分かるはずだ。僕との婚約を破棄したところで、この男とは一緒になれない。身分が違う、遠い異国出身者だぞ。そんな奴と一緒になれるなどと、まさか夢見ている訳じゃないよな? 公爵令嬢たる君が」
僕の言葉に彼女はきっと睨んできた。
今までに見たことがない、憎しみを込めた目つきだ。ぎょっとした。
「お言葉ですが、殿下! わたくしは知っております。とある国の王子が、身分も人種も違う、異文化の島の娘となにがなんでも一緒になろうとした例を。そのために妃を殺してしまったのですよ」
「そんな馬鹿な。戯曲か何かの創作話だろ。そんなとんでもない王子がいたら、国が滅びるよ」
彼女はすっと肩の力を抜いて、怒りを鎮めたかと思うと、とても低い声で言った。
「殿下ですよ」
「え?」
「それ、殿下の事ですから」
「えっ?」