表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

悪夢の中の彼女

『婚約破棄を言い渡される前に王子を殺ってしまおうと思います』の続きを、王子視点で。

とてもリアルな夢を見た。婚約者にナイフで腹を刺される夢だ。

僕はそのとき彼女にキスをしていた。生まれて初めて彼女を愛しく思い、唇を重ねていたのだ。


彼女とは七歳からの付き合いだが、子供ながら冷めた瞳をしていて、作り笑いを浮かべる彼女を好ましく思ったことはなかった。

一言でいえば、可愛げのない女だ。


そんな彼女が初めて僕に追いすがった。

待って、怖いの、1人にしないでと。

その必死な口調と表情に、胸がドキリとした。

だから僕は船の様子を見に行く足を止め、不安げな彼女を見つめて、キスをした。


そして刺された。

脇腹をぐさりとナイフで。

言葉に表せない痛み。何より驚きが勝った。

これは何だ。一体何が起きている?

どうしてこの僕が刺された?


夢だろうと思った。ナイフが刺さった脇腹からどくどくと血が流れ出て、真っ白なブラウスが真っ赤に染まっていく。

激痛が脳味噌に訴えてくる。これは夢じゃないぞ、早く何とかしろと。

止血しなくては。


腰に巻いていたサッシュベルトを外し、ナイフを抜いた傷口に当て、きつく縛った。

ナイフは女性の護身用の物で、刃渡りはさして長くない。とはいえ、思いきり突き立てられてはたまったものではない。


僕の婚約者は見事なほど躊躇いがなかった。

その思いきりの良さには、確かな殺意が宿っていた。本気で殺すつもりだったのだ。


僕を刺して慌てて逃げて行った彼女の後を追った。

怪我を負っている上に、船が激しく揺れるために足元がおぼつかない。

ふらつきながら船室の外に出て、通路の手すりに掴まって歩いた。


少し先の通路で、側近のリチャードと話している彼女の後ろ姿が見えた。

傷を庇いながらゆっくりと近づいて行く間に、船員が転びそうになりながら2人の前にやって来た。


「リチャード様! 前方に大きな岩礁が!! このまま行けばぶつかります! 頭を守って屈んでください! ニコラス殿下はどちらに!?」


「……ここだ」


喋ると傷口に響いたが、ぐっと歯を食い縛り堪えた。


「殿下! 大変です! 船が岩にぶつかります。私が覆い被さりますので、身を屈めてください!」


リチャードが叫ぶように言った。

リチャードも船員も僕の状態にまるで目が行っていない。

そんな余裕があるはずもない。外は大嵐。船のすぐ前には大きな岩礁があり、ぶつかる寸前だと言うのだから。

僕にも考える余裕がなかった。身体中が痛みに支配されていく。


「僕より、ベラドナを頼む。守ってくれ」


なぜ僕を殺そうとした彼女の無事を祈ったのか、分からない。

考えるよりも先に言葉が出ていた。

次の瞬間、船は岩礁に激突し、その衝撃で壁に背中を強打した。必死で繋ぎ止めていた神経が粉々に砕け散るような痛みが全身を駆け抜け、視界がぐにゃりと歪んだ。


そこで夢は終わり、目が覚めた。

夢の中で僕は彼女に刺されて、死んだのだ。


何とも言えない悪夢だが、たかが夢と笑い飛ばすにはあまりにリアルで生々しい夢だった。

何しろ夢の中で舞台となる、僕の15歳の成人を祝う船上パーティーは来月に開催される。もうすぐだ。

いや、正確に言うと夢の中の舞台は、船上パーティー本番ではない。その2週間前に、1度航路を巡ってみようと沖に繰り出した、探索船での出来事だ。

普段、僕との関わり合いに消極的な彼女が、自ら同行を願い出たことにまず驚いたが、何ということはない。夢だったのだ。


船が嵐に遭って座礁するのも夢だし、彼女に刺されるのも夢だ。気にする必要はない。


そう思っていたが、その数日後、彼女に会ったときにやけに神妙な面持ちで訊かれた。


「ニコラス殿下。来月のご成人の祝賀パーティーですが、事前に航路を巡られるご予定ですか?」


うん? これはつい先日も聞かれなかったっけ。ああ、夢の中でだ。

夢の中の彼女はもっと楽しそうに、イルカや鯨が見られたらいいなとはしゃいでいたけれど。


「ああ、うん……その方がいいかなと思ってるけど。君も来る?」


まるで誘導されるようにして口が動き、彼女を誘ってみたが、彼女は神妙な表情を崩さず、少し考えますと答えた。


「運が良ければ、鯨やイルカが見られるかもってピエールが言ってたよ。ベラドナは魚が好きなんだろ。意外だな」


えっ、と彼女は驚いた。


「わたくし、殿下にそのようなことを言いましたっけ」

「えっ、言ってなかったっけ。聞いた気がしたんだけど、僕の勘違いかな」


あははと笑って誤魔化した僕を、彼女は訝しそうに見た。

僕のことを内心で見下しているような目つきだ。やはり現実の彼女には可愛げがない。

あの夢の中での彼女を思い出した。僕に追いすがり、不安げに甘えてきた彼女を。

しかし、その後ぶすりと刺されてしまうんだけども。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ