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#12 チームワーク⑨ 仲間割れ

 ヴァージル・ギリングズとかいう単細胞など、ロゼールにとっては何の魅力も価値もないゴロツキ同然である。

 同じ単細胞ならアメーバのほうがまだ可愛げがあって良い。


 この男にあるのは、動物的な欲望だけだ。それはロゼールの好む「人間らしさ」の基準を満たさない。どちらかといえば、そういった欲望を自覚しながらも理性で押さえつけようと葛藤している人間のほうが、彼女にとっては好印象だった。


 ヴァージルがアメーバより優れている点は、会話ができること、それのみである。これで話が通じなかったら目も当てられない。その長所は、ロゼールの目的を果たすうえで大いに利用できる。


「見れば見るほどべっぴんだな。そのツラをボコボコにひしゃげなきゃいけねぇのが惜しいぜ」


 会話も内容によっては大いにマイナスとなる。こみあげる不快さを、ロゼールは我慢する。


 ヴァージルのような輩は、恐怖や暴力で人を支配するのを好む。あの哀れなロバート・ホフマンも恐怖心で従っていたようだったが、もっと恐ろしい連中に囲まれてすぐに手のひらを返した。


「ありがとう。ようやくあいつから離れられたわ」


 覚えがないはずの感謝に、ヴァージルは顔をしかめる。


「嫌いなのよね、騎士っていう生き物。あなたもそうでしょう? 堅物でくそ真面目で、正義面しながら悪事を働くの。あなたたちみたいに素直に悪党していたほうが、まだ好感が持てるわ」


 共感されて嫌がる人間はいない。もしいたとしたら、それは的外れな共感か、相手が隠したかった感情を暴かれたかであり、ロゼールはそのあたりを外したことはなかった。


「……なんだ。おめぇ、嫌々ここに連れてこられたクチか?」


「ええ。私、本当はこんな国のゴタゴタになんか巻き込まれたくなかったの。あなたたちもそうじゃない? あんな監視役つけられて、同情するわ。私をボコボコにするみたいなこと言ってたけど、それってあいつらから文句が出るんじゃないかしら」


「フン。騎士ごときが怖くてこの俺様が手ぇ抜くかよ。その気になりゃ、あいつら全員しばき倒して、あのメスガキのケツを真っ赤になるまでひっぱたいてやることもできるんだぜ」


 この手合いはとにかく自分を強く大きく見せようとするのを、ロゼールはよく知っている。それで、取り返しのつかないことになるのも。



「……今、その気になるっていうのはどう?」



 ヴァージルの眉がぴくりと動く。


「何?」


「あの偽皇子の仲間、結構強いのよ。そちらに多少の被害が出ても、不思議はないくらいには」


「なるほどなァ……おめぇらにやられたように見せかけて、騎士どもをぶち殺すってわけかい」


「そして私は自由を、あなたは私という内通者を手に入れるの。それならあなたの上の人も納得するでしょう? うるさい騎士がいなければ、ゆっくり楽しめるでしょうし……ね?」


 ロゼールは艶めかしい手つきでヴァージルの胸元のあたりをそっと撫でる。


「ぎひひひっ。悪くねぇ」


 単純すぎて面白くないわ、とロゼールは心の中でため息をついた。



  ◆



 ヴァージルとともに再び牢屋に戻ったロゼールは、柵の向こうのスレインを見下ろして小悪魔のように笑っていた。


「……ははっ。君はなんというか……どこまでも君らしいな」


「あら、私本気よ? 本物のほうの皇子も大嫌いだし、人をウジ虫呼ばわりするあなたも嫌い」


 口では冷たく突き放したが、ロゼールは密かにウインクをしてみせた。呆れていたスレインにもその意図は伝わったようで、すぐに真摯な面持ちに偽装した。


「そうか本気か。この悪女め、ここから出たら覚悟しろ」


「ええ、出られるものならね。哀れな騎士様」


 お互いに演技をしているのはわかりきっていたので、双方内心で笑いを堪えていたにちがいないのだが、単純なヴァージルは2人がちゃんと決別したように見えたのだろう、薄ら笑いを浮かべて傍観していた。


「ねぇ、ヴァージル。捕まえた人間を痛めつける道具って、ここにあるかしら」


「へへへ、そこの物置だ。俺がやってやろうかい」


「ダメよ。私が直接やりたいの。それよりあなたは、騎士たちをどうにかする算段を仲間たちに早く伝えてくれなきゃ」


「ああ、そうだったな。見てやりたかったが、残念だ。わかんねぇことがあったら、そこのボンクラに聞いてくれ」


 ヴァージルは見張りの男を指差して、ニタニタ笑いながら出て行った。



 途端に鉄格子を隔てていた2人の顔が綻ぶ。


「……ぶっ、ふふふっ。もう笑っていいわよ」


「くははっ。いったい何を企んでいるんだ、ロゼール」


「まだ秘密。それにしても、あのヒゲオヤジってば馬鹿で扱いやすくて良いわぁ。あなたもそう思わない?」


 ロゼールが話を振ったのは、態度が豹変した2人に戸惑っている見張りの男だった。


「なっ……どういうつもりだ!!」


 虚勢を張ってみせているが、突然不意打ちのような質問を投げかけられて、声が上ずっている。


「無理しなくていいのよ。あんな暴力と権力欲と性欲しかない男に従うなんて、馬鹿らしいと思わないの? あなたのことボンクラだなんて、ひどい言い草ね」


「しっ……仕方ねぇだろう、お頭は強ぇんだから」


「知ってる? どんなに強い人もね、孤立して大人数に囲まれちゃったら勝ち目はないのよ。あなたみたいに、あの馬鹿男に嫌々従ってる人も多いんじゃない?」


「な、何を考えてるんだ、お前……」


「私たち、裏切った近衛騎士とヴァージルの首だけ取れれば十分なの。他の盗賊の人たちはどうでもいいのよ。……そう、ヴァージルが死んで誰かが新しい首領になろうと、ね」


「……」


「ヴァージルは騎士たちを騙して殺すつもりよ。騎士たちがこのことを知ったら、戦闘になるかしら。もし盗賊の誰かがが騎士の味方をしてあげれば――……まあ、あとはあなた次第ね」


 男は目線をきょろきょろ動かしている。心ここにあらずで、あれこれと思案しているように見えた。


「見張り、代わりましょうか?」


 男が勇んで出ていった隙に、スレインは隠していた<伝水晶>の指輪を出し、エステルと連絡を取った。



「――エステルか? こっちは順調だ。人を仲間割れさせる天才が、敵をめちゃくちゃに引っ掻き回して遊んでるんだ」

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