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#12 チームワーク⑧ 盗賊と裏切り騎士

 町の商店に並んでいたアクセサリーは、きらびやかではあったもののどこか安っぽい見た目で、本物の宝石ではないのは間違いなかったが、値段だけは本物相応で2人で苦笑していた。


 ああでもしなければあの小さな町で商売などやっていられないのだろう。スレインは慈善活動のつもりで指輪を1つロゼールに買ってやった。

 いいことをすれば、それがそのままトマスの評判に直結するという打算もあった。


 町を歩く自分たちの周りに野次馬が大勢集まったのは、その意味では有効だったが、本来の目的を考えると失策だった。


 考えてみれば、皇子というだけでも騒ぎになるのは当然なのに、ロゼールのような美女を連れては目立たないわけがないのだ。

 とにかく人目を避けて町を離れ、ようやく狙い通りの状況になった。



「どうかしら。この赤く輝く石っころ」


「君なら模造品でも似合うさ」


「一周回って嫌味にしか聞こえないわ。あなたの剣と一緒に、これも持って行ってくれればよかったのに」


「せっかく買ってやったのに、そんな言い方はないだろう」


「あなたの自己満足で貰ったものに感謝しなさいっていうの?」


 さすがにロゼールはスレインの頭の中を見通している。観念したように、スレインはため息をついた。


「……お前らなぁ、こんなとこで痴話喧嘩なんかしてんじゃねーよ。緊張感なさすぎだろ」


 向こうに立っている見張りの男が、呆れたようにぼやく。


「私、これで5回目なのよ。牢屋に閉じ込められるの」


「そんなに前科があるのか。意外と悪党だったんだな。仲間に入れてもらったらどうだ」


「ひどいわね。ちゃんと罪があって捕まったのは2回だけよ。憲兵に大切なものを奪われて公務執行妨害やっちゃったときと、あとはあなたと同じ協会の地下牢ね」


 とはいえ、あまりに緩い雰囲気に見張りの男も不審がっている。


 それはそうだ。スレインとロゼールはわざと彼らに誘拐されたのだから。


 スレインは剣や防具を奪われ、ロゼールには魔法を封じる腕輪をつけられているが、そのくらいのことは2人とも想定済みだった。



 ボロい木で囲まれた盗賊のアジトの一室の、これまたボロいドアがギィギィ軋みながら開く。


 ろくに手入れされていないぼうぼうのヒゲを生やした大男と、品のよさそうな甲冑の騎士が入ってきた。


「ずいぶん余裕こいてるらしいじゃねぇか、偽皇子さんよう」


 彼が御者を騙ったロバート・ホフマンの言っていた盗賊団の頭――ヴァージル・ギリングズだとスレインは察した。


「お前がヴコール将軍と通じているという盗賊か」


「何の話かわからねぇな」


「その通りですって」


「そうか。ありがとう」


 ヴァージルはあからさまに苛立ったようにロゼールを睨んだ。


「何発かぶん殴りゃ、テメェがどんな状況にいるかわかってもらえるかねぇ」


 ゴキゴキと指を鳴らすヴァージルを、甲冑の騎士が制止する。


「行き過ぎた行動はこちらに不利になります」


 こもってはいるが、高い声――女だ。今度はスレインがその騎士を睨む。


 皇子の誘拐は盗賊団の仕事らしいが、向こうはトマスをひとまず生かしておく方針で、このゴロツキどもがそれをお利口に守るとは思えない。監視役のような協力者をつけておくはずだ。


 その役に最適なのが――裏切りの近衛騎士。


 皇子のことをよく知っている、規律正しい戦闘集団。しかし、近衛騎士は要人の救出はできても、誰かを人質にとるといったことはしない。


 だからスレインは、トマスのふりをすれば盗賊団に目をつけられ、裏切りの近衛騎士に接近できると考えたのだ。


「そこの女――ロゼールといったわね。トマスの仲間のあなたが、どうしてここにいる?」


 質問に素直に答える性格ではない彼女は、不敵な笑みを浮かべた。


「あら、そう。あなた、あのとき宮殿にいた人なのねぇ」


 フルフェイスのヘルムで表情は見えないが、わずかに動揺したように見える。


 ロゼールをトマスの仲間だと思い込んでいるということは、パレードの日に宮殿を守っていた人物だということだ。


 あらかじめラルカンから仕事の割り振りが併記された騎士団員の名簿を入手し、記憶していたスレインは、目の前の騎士の正体を絞り込む。



「お前、ディートリント・シュトライヒだな?」


 今度は明らかに動揺した。正解のようだ。


 観念したのか、ディートリントは兜を脱いでその素顔を晒した。


「あら! 可愛いじゃない、この子!! ねぇねぇ、お姉さんといいことしない?」


 切りそろえられた長髪を後ろで1つに結わえた、凛々しい顔立ちながら幼さも残る若い女騎士に、ロゼールははしゃいでいた。


「……黙れ」


「そうだ。君は未来永劫黙っていてくれ」


「なによぉ、スレインまで」


 口を尖らせるロゼールを無視して、ディートリントはスレインに向き直る。


「あなたがここにいるということは、私たちは出し抜かれたということね。本物のトマスはどこ?」


「正直に言うわけがないだろう。君はこういう仕事には向いていない。今からでも近衛騎士団に戻らないか? 私も一緒に兄上に頭を下げてやるぞ」


「誰があんな男に……!!」


 兄を侮辱されて、スレインはかっと頭に血が上るのを感じた。が、声を発する前に、ロゼールが割り込んでくる。


「ダメよぉ、ディートちゃん。このブラコンにお兄さんの悪口言っちゃ。その可愛い顔がなます斬りにされちゃったら、お姉さん悲しいわ」


「あなたは黙って!」


「兄上の何が気に入らないんだ」


「……あいつのやり方に疑問を持ったことはないの? あの狡猾で残忍な男の……。今度はトマスを担ぎ始めた。近衛騎士団は中立のはずだったのに。あいつはまた何か企んでる。そうでしょう?」



 リード家は初め、辺境の弱小騎士の家系だったという。


 それがここまで上り詰めたのは、実力だけではない。財力、権力、人脈――あらゆる力が要求される国の中枢で、計略を巡らせ、競り合いを制し、時には汚い手段も用いて、この地位を築き上げた。


 スレインも仕方がないと受け入れている。そうしなければ生き残れなかったのだから、そうした。それで不幸に見舞われた人々がいるとしたら、それは気の毒に思うが。



「ふーん……ディートちゃんはカタリナちゃん推しなのねぇ」


 マイペースなロゼールは微笑ましそうにディートリントに笑いかけている。


「カタリナ皇女殿下こそが帝位にふさわしい。あの腑抜けの兄が皇帝になっては、帝国は衰退する」


「私もあの腑抜け、嫌いだわ」


「何がしたいの、あなたは!」


 ――ああ、ディートリント、その女とまともにかち合ってはダメだ。


 スレインは半ば同情しながら見守る。

 退屈そうに小指で耳をほじっていたヴァージルも、痺れを切らして前に出てきた。


「ったく、騎士サマはこれだからなってねぇ。おめぇさんが用があるのは、その兄貴が騎士団長とかいう奴だけだろ? 面倒くせぇ女は俺がしつけてやるよ。なあ?」


 ヴァージルの卑しい笑みは、明らかに下心から出たものだと誰もがわかった。


 それでもなお、ロゼールは大胆な微笑みを崩さない。



 盗賊に連れ去られたロゼールが再びここに戻ったとき、なぜか彼女は敵側に寝返っていて、スレインは呆れて笑うしかなかった。

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