#8 ZETA② 宴会
「Z」は最後の文字。つまり、「これ以上のものは存在しない」という意味。ドナート課長に告げられたその由来を、私は何度も心の内で噛みしめていた。
それなら、実質Sランクよりも上、ということかもしれない。アルフレートさんたちには悪いけど、<ゼータ>のみんなは<スターエース>と比べても遜色ないと自負している。魔王だって、きっと倒せる。
そのリーダーは――私。お兄ちゃんが聞いたら、なんて言うかな。
「……俺も本当は、勇者になりたかったんだ。君の兄に憧れてな」
ドナート課長の告白に、私もレミーさんもびっくりする。
「お兄ちゃんに?」
「意外すぎる事実だぜ。初めて聞いたぞ」
「初めて人に話したからな。実は勇者エリックが魔界に旅立つとき、俺も見送りに行ったんだ。帝都の大通りでな。君の姿も見えた」
「それ、私が大声で泣いてたやつですか」
「そうだ」
いやーっ!! あんなところ課長にまで見られてたなんて!!
火が吹き出そうになった顔を慌てて覆った。いったい私はどれだけの人に自分の泣き顔を拝まれたのだろう?
「あのとき、エリックは君を慰めていたな。強くて優しい――理想の勇者だ。俺にはとてもなれん。だが、君ならきっとエリックのような勇者になれる」
その笑顔は、お兄ちゃんと変わらないくらい優しさに満ちていた。
「……頑張ります。課長のためにも」
「ああ」
温かい空気にほんのりと包まれていたところに、さも自然な調子でレミーさんが割り込んでくる。
「いよーし! まずはパーティ結成のお祝いをしねぇとな。エステルちゃん、こいつをプレゼントだ」
それは、カード状の……いや、何かのチケット? よく見れば、酒場の割引券だった。
彼は手でコップをあおるようなジェスチャーをしながら、こう言った。
「飲みニケーション!」
◇
私は今までの人生で一度も飲み会というのを経験したことがない。
故郷の村では年配の人たちがお酒を飲んで騒いでいることはあったけど、私が幼かったときなので参加したことはもちろんない。職場でも、ドナート課長がそういうタイプの人じゃないからか、一度も行われなかった。
少し年季を感じる木造の店内。薄暗い照明に、まだ何も乗っていない広いテーブルが照らされる。それを取り囲む仲間たちからの視線を受けて、私は変に緊張していた。
「え、えーと……本日はお忙しい中、お集まりいただき――」
「くだらねぇ挨拶なんざいらねぇんだよ! 飲ませろオラァ!!」
「ひぃ!」
「やめてくださいよ、ゼクさん。エステルさんがせっかくこういう場を用意してくださったんですから。まずは皆さん、飲み物を決めましょう。ソフトドリンクの方いらっしゃいますか?」
お酒の席でごく自然にメニューを確保し、場を仕切り始めたのが14歳の少年だと誰が予想できただろう。ヤーラ君、未成年だよね……?
「私は紅茶でいいか」
「何よ、スレイン。付き合い悪いわねぇ」
「うちの家系は代々アルコールに弱いんだ」
へえ、そんな弱点があったんだ。たぶん私もお酒弱いだろうし、スレインさんと同じ紅茶にした。ロゼールさんは赤ワイン、マリオさんはビールと来て――
「よし、この店で一番強い酒を持ってこさせろ」
「ゼクさんもビールでいいですね」
「何勝手に決めてんだチビこの野郎」
さすがあの酔っ払い軍団に鍛えられている、唯一の真人間ことヤーラ君。酔うとめんどくさそうな人を上手に牽制している。
さて、古めかしい木のテーブルの上に一通り飲み物が揃ったところで、再び私に注目が集まる。こんなときまで、私は形式上でもリーダーなのだ。
「……こういうときって、何か気の利いたこと言ったほうがいいんですかね?」
「いらねぇよ、早くしろ!」
「じゃあ――<ゼータ>結成を祝って、乾杯!」
カチン、という小気味のいい高音が鳴る。
と、同時にゼクさんはジョッキを空にし、テーブルにドンと置いた。速っ。
「おーしヤーラ! 次持ってこいや!!」
「コーラでいいですね」
「ぶん殴るぞクソガキ!!」
すっかりゼクさんは手綱を握られている。お見事。
「しかし――このパーティが普通に成立するとは夢にも思わなかったな」
当初から真面目に危機感を持ってくれていたスレインさんが、しみじみとこぼす。
「私も。気に入らなかったらぶち壊してやろうと思ったけど……エステルちゃんが可愛いからぁ」
「もしかして、もう酔ってます?」
なぜか頬ずりしてくるロゼールさんからは赤ワインの果実の香りが漂っているが、いつも通りといえばいつも通りだ。
「僕も……あんなに皆さんにご迷惑をおかけしたのに、なんでここにいられるかが不思議です」
「ぼくなんて、抜けようかって提案したら断られたよ」
「あら、殊勝な心掛けね。今からでも抜けていいのよ」
「ダメですよ!! ここにいる人、全員欠けちゃダメなんですっ!!」
思わず椅子から立ち上がるくらい熱くなってしまって、みんなからはなぜか妙に温かい目を向けられることになった。
「少なくとも、この中で一番欠けてはいけないのは君だよ。エステル」
うっ。出た、スレインさんのイケメンスマイル。苦笑まじりなところが、なんだか子ども扱いされている気分になるのは気のせいですか……?
「まあ、なんちゃらの息子とかいう爆弾も抱えちゃってるけどねぇ」
ロゼールさんが、ヤーラ君からメニューをこっそり奪おうとしていたゼクさんに皮肉めいた流し目を送る。
「ンだよ、文句はエステルに言えや」
「私も頑張ってバレないようにするので、皆さんもよろしくお願いします……」
「心配するな。黒幕が憲兵隊だという話はロキに広めてもらった」
スレインさんは本当に陰でいろいろ立ち回ってくれたんだな。本当は静養していてほしかったんだけど。
「ヤーラ君、レオニードさんたちは納得してくれた?」
「憲兵隊の話は半信半疑でしたけど、先輩に『お前は納得したか』って言われて『はい』って答えたら、それ以上は追及されませんでしたよ」
レオニードさんも普段はだらしないけど、こういうときは理解が早くて助かる。
「あとはアモスや兄弟どもに見つかったときに、しっかりぶち殺せば問題ねぇな」
「え。他にいるんですか、兄弟」
「テメェら見たかもしれねぇが、あいつらは小せぇゲートを作れるからな。こっちと行き来は自由だ。前からこっちに来てる奴もいるんだが、まだ生きてると仮定すりゃ――アモス以外にあと4人いる」
つまり、魔王の子供というのはゼクさんを除くと5人いることになる。あのアモスの強さを考えれば、全員手強い相手になるだろうことは確実だ。
「問題ねぇ。俺もツラは知ってるし――見かけたら、今度は絶対にぶっ殺す」
ゼクさんの気合でジョッキの取っ手にヒビが入る。頼もしいけれど、ちょっとお店の人に申し訳なかった。
視界の隅で、店員さんが近づいてくるのが見えた。まだ何も問題起こしてないのに――いやいや、なんでこれから問題が起きる前提で考えてるの、私。
「失礼ですが、<ゼータ>というパーティの方ですか?」
「は、はい! なんでしょう」
うっかりさっきの会話を聞かれたかと思って、声が上ずってしまった。が、そんな不穏さとは対極の名前が出てきて、それは杞憂に終わる。
「ビャルヌ・ミッケさんという方がお見えになっています」




