#2 リーダーシップ① 敵意
次の面談に備えて、自分のパーティ<ゼータ>の仲間たちをもう一度振り返ってみる。
前回クエストを共にしたゼクさんは粗暴で荒々しく、正直あまり付き合いやすいとは言えない。じゃあ、他のメンバーはどうだろう?
まず、ドナート課長に抗議した若い騎士の人。明らかに私たち協会職員に不満がある。除外。綺麗なエルフの女性……は、あまり意欲がなさそう。除外。やけに明るかった笑顔の青年も、なんだか普通じゃない感じがする。除外。びくびく震えていた少年は真面目そうだけど……そもそもあそこから出ようとしてくれないんだった。除外。
はい、詰みました。考えてみれば本当にまともな人がいない。私、よく魔王倒すなんて宣言しちゃったなぁ……。
というわけで、私より詳しそうなドナート課長に「一番とっつきやすい人は誰か」と聞きに行ったのだけど――
「スレイン・リードはあの中にあって、最も信頼の置ける人物だ」
課長はいつもの真面目な顔で答えてくれたが、名前を言われただけでは私のぽんこつな記憶力は働いてくれなかった。
「真面目で責任感が強く、曲がったことが許せない性質だ」
そう説明しながら<ゼータ>のメンバーの資料から1枚を取って、私のほうに差し出す。無機質な字面を追っても、人物像は浮かんでこないけど。
「そうそう。このカタブツのオーランドと気が合うってわけ」
「ちゃらんぽらんなレミーとは真逆で、頼りになる」
「どこがちゃらんぽらんだ、この勤勉なナイスガイの!!」
2人の漫才をよそに必死に記憶を手繰るが、やっぱり出てこない。
「すいません、ちょっと顔が思い出せないんですけど……」
「だろうな。兜で目元を隠していたからな」
「……ああ! あの騎士の――ええっ!?」
すぐに浮かぶのは、猛禽類のような目つきと刺々しいオーラを放った姿。<ゼータ>で怖い人ナンバー1がゼクさんなら、ナンバー2はそのスレインさんだ。あんまりおっかないので、真っ先に候補から外したのに。
「最初に会ったとき、課長にすごい形相で食って掛かってた人ですよね……?」
「あれは自分たちの処遇に不平を述べただけだろう。正義感が強いがゆえの行動だ。君が恨まれているということはない」
「それに、リード家といやぁ由緒正しい騎士の家系だろ? 女の子には優しくしてくれるって!」
レミーさんは「安心しろ!」と言わんばかりに親指をグッと立てた。確かに、ゼクさんとは違っておっかないながらも気品のある出で立ちだったように思う。
2人のお墨付きがあるなら、きっと根はいい人なんだろう。私はさっそく面談の予定を組んだ。
◇
さて、ドナート課長とレミーさん曰く「信頼できる」「優しい」というスレイン・リードさんは、面談室のテーブルを挟んで、私を睨みつけている。
腕と脚を組み、苛立たしげに人差し指をトントンと叩き、兜の下から鋭い視線を送って、全身で「敵意」を表現している。
……課長とレミーさんの嘘つきっ!!
ゼクさんとは別の威圧感があって、私は早々に帰りたくなった。でも、わざわざ呼び出してしまったのだから仕方がない。
圧迫感に負けて床に落とした目線をまたおそるおそる上げてみる。やっぱり目立つのは、ドラゴンの頭部みたいな独特のデザインの兜だ。他に防具は胸当てと籠手、足具くらいで、その下の体つきはやや細身に見える。
騎士というからには剣を使うのだろう。どちらかといえばゼクさんみたいな重量級ではなく、機動力を重視したような身軽な装備だった。
ともかく黙っていては話は進まない。覚悟を決めて、声を絞り出してみる。
「あ、あの、初めまして」
「初めてではない。牢屋で会った」
重々しくて尖った声音に、縮めた背中がさらに丸まってしまう。
「あ、改めて……私、エステル・マスターズといいます。兄も勇者なんですよ。し、知ってます?」
「そうだな、ご立派な出自だ」
「い、いえいえ。スレインさんこそ、由緒正しい騎士の家柄って聞きましたよ」
「そうでもない。末が勇者パーティを追放されて、牢屋に収容されているロクデナシだからな」
だめだ。振っていく話題が全部空回りしてしまう。そもそも私と打ち解ける気なんて一切ないように感じられる。
いや……考えてみれば、パーティを追放されて牢屋にまで入れられて、こんな新人職員のリーダーに協力しようなんて普通思わないよね……。真面目で責任感の強い人なら、なおさら。
そこでふっと疑問が湧いた。どうしてそんな人がパーティを追放されてしまったのだろう。書類には『経歴詐称』とあるだけで、何をどう詐称したのかは明記されていない。
何か事情があるのかもしれない。怒られることを覚悟で、質問してみる。
「あのー、差し支えなければ、なんですけど……。この、除籍事由の『経歴詐称』って、何ですか?」
「そんなもの、あの馬鹿息子に聞けばいいだろう!!」
バン、とテーブルが殴られるのと同時に、私は椅子から転げ落ちそうになった。
「ひゃーっ、ごめんなさい!! し、知らないんです、その……ば、『馬鹿息子』さんも」
「とぼけるな。<オールアウト>のリーダーに決まっている」
資料を見返すと、<オールアウト>というのはスレインさんが元々いたAランクのパーティらしい。そこのリーダーについての情報は、残念ながら記載がない。当然、私の記憶にもない。
「その、<オールアウト>のリーダーさんと、何かあったんですね」
「……本当に知らないのか?」
「あ、はい、すみません。私、協会に入ったばかりの新人なんです。こんなペーペーがリーダーで、ホントに申し訳ないんですけど」
「新人……?」
「いやぁもう、まだ勇者さんたちやパーティのこともろくに覚えてないボンクラでして」
卑屈全開の申し開きに怒声の1つでも飛んでくる……と思ったけれど、スレインさんは口元に手を添えて何やら考え込んでいる。まずいことをしてしまった、というような焦りの表情。
じわりと流れる気まずい沈黙の後、それを突き破るようにスレインさんはいきなり立ち上がり、私も身をのけぞらせてしまう。
何が来るかと待ち構えていると、腰を綺麗に直角に曲げて、垂れた兜が目の前に現れる。
「本当に申し訳ない!!」
「……へ?」
部屋中に響く謝罪に、間抜けな声が出てしまった。
「君のことを、どうも誤解していたようだ。新人の少女を怖がらせるなど……騎士として恥ずべきことだ。今までの非礼の数々、どう詫びればいいものか……すまなかった」
今までの威圧的な態度とはうって変わって、こちらが申し訳なくなるほどの低姿勢だ。
「いえ、そんな、顔見せてくださいよ」
「そうだな、この兜も無作法だった」
「そういう意味じゃ――」
思わず言葉が途切れた。スレインさんが素直に兜を脱いだ途端、私の目も意識もすべてその顔に奪われてしまったからだ。