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#38 鉄壁の戦士⑭ 勝利の宴

 遠くで聞こえていた激しい戦闘の音が消え、一面を覆っていた黒煙が薄れて、ようやく私の目にあの5人の姿がおぼろげながら見えてくる。私がめいっぱいの笑顔で手を振ると、先頭の一番大きいゼクさんが誇らしげに白い歯を見せてくれた。


「お疲れ様です!」


 みんなの顔がはっきりと見える距離に来て間もなく、私は心からの労いを送る。


「なんだお前、やけにテンション高ぇな」


「嬉しいんですよ。なんでだかわかります?」


「そりゃあ……勝ったからだろ。俺のお陰でな」


「それもありますね」


「ゼクがようやく仲間と協力することを覚えたからだな」


 スレインさんが当の本人を片目で見やると、ゼクさんは少しむっとする。


「そうね。それから、誰も大した怪我なく帰ってこられたから……かしら?」


「さすがロゼールさん」


 あれだけの規模の相手なら、もっと血が流れてしまっていても不思議ではなかった。そうならなかったのは、敵の注意を一手に集め、ずっと耐え忍んでくれていたゼクさんがいたからだ。


「みんなが無事なのも、ゼクさんのお陰ですね」


「つまり俺が一番強ぇってことだな」


 どうしてもその話に着地させたいらしいゼクさんは、勝ち誇ったように胸を張っている。他のみんなはあまり一番にこだわりがないのだろう、大人の対応で彼に譲歩してあげていた。


「帰りましょうか。お母さんたちが待ってますよ」


 その言葉を皮切りに、みんなぞろぞろと村のほうへ歩き始めた。そこが自分たちにとって、当然帰るべき場所であるかのような足取りで。



 村に近づいていくにつれて、魔物の襲撃に対するものとは別種のざわめきが耳に届いてくる。恐怖やパニックなどではなく、どちらかといえばお祭りの前のような賑やかさというか……。


「エステルちゃんたちが帰ってきたぞ!!」


 私たちの帰還に気づいた人が叫んだとたん、家の中にいた人まで飛び出してきて、ワッと村中が沸き上がった。


「あんな大軍を蹴散らしちまうなんてなぁ!」


「一時はどうなることかと思ったわ……!」


「あんたがたは村の恩人だよ!」


 そこら中から響きあがる歓声に出迎えられた私たちは、わらわらと集まってきた村人たちにもみくちゃにされてしまう。その群れを押しのけて現れたのは、いつもと変わらない様子のお母さんだった。


「お帰んなさい。お腹すいたでしょ」


 嬉しいことがあったときも、悲しいことがあったときも、お母さんはいつもこうやって私を迎えてくれた。今まで何度ももらってきたこの温もりが、今になってじんわりと胸に沁みてくる。


「ご飯はもうできてるよ。……たーっぷりとね」


 お母さんがどこか含みを持たせたような言い方をすると、周りの人々も何か企んでいるようににやにやと笑う。その人たちがサーッと両脇にはけていくと、広場に立ち並んだテーブルと、その上に用意されたお酒や料理の数々が姿を現した。


「祝勝会だ!!」


 誰かがそう叫んだのが、この村の人々が大好きなイベントが始まる合図となった。



  ◇



「あんたたちなら当然勝ってくるだろって思ったし、万一負けたら避難してもやられちまうだろうからさ。どうせだから豪華な料理でも出してやろうって他の家の連中にも協力頼んだら、だったらもっと派手にやろうってんで、こうなったわけさ」


 お母さんは巨大な鍋を抱えながら、呆れ半分嬉しさ半分といった具合で経緯を説明してくれた。私たちのテーブルに並べられたその豪華な料理は、すでに三分の一ほどゼクさんの胃の中に収まってしまったのだけど。


「……で、落ちてきたドラゴンを俺が一刀両断してやったんだよ」


「うおおお、すげぇ!」


「あのでっけぇ竜を……」


 そのゼクさんは上機嫌に自分の武勇伝を語っているところだった。もう彼のことを恐れる村人は誰もいなかった。


「ねえねえ、スレイン様の活躍も聞かせてよ~」


「あの大きい人より強いんでしょう?」


 すっかりスレインさんのファンになった若い女の子たちがおねだりする声に、ゼクさんの額の青筋がピキリと反応を示した。スレインさんはそれに気づいたうえで、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「大したことはしていないさ。私はただ敵を斬って回ったり、竜の背に乗って毒で弱らせたり、地味な働きをしていただけだ」


「ドラゴンに乗ったの? すご~い!」


 女の子たちがキャーキャー甲高い声で囃し立てると、ゼクさんの苛立ちも募っていくようだった。


「といっても、マリオが糸で支えてくれたから落ちずにいられたんだがな。他にもいろいろと助けてもらった」


「別にそんな、大したことしてないよ」


「ドラゴンから落ちながら目に投げナイフを当てた男が何を言っている」


 マリオさんと親しげに絡んでいた人たちの眼の色が一斉に変わった。あれは遠目で見ていた私からしても、異次元の芸当だった。


「ヤーラ君のホムンクルスもすごかったよね。あんな高い所からスレインさんとマリオさんを助け出して」


「あれはスレインさんの提案で、身体の構造を少し変えて衝撃を吸収できるようにしたんです。僕では思いつきませんでしたよ」


 たぶんホムンクルスが何なのかもわかっていない年配の女性たちが、ヤーラ君をにこにこと褒めていた。村人のお手伝いをよくしてくれる働き者の少年を、いたく気に入っているらしい。


「エルフのお姉ちゃんはどうだった?」


「この女は紅茶を楽しんでいた」


「……はぁ?」


 美しい魔女の手柄話を聞きたがっていた男性たちは、一様に怪訝な顔をする。事実といえば事実なので、仕方がない。ロゼールさんも特に否定せず優雅にワインを味わっている。


「まあ、我々がそうやって力を発揮できたのは、盾役を買ってくれたゼクのお陰だがな」


「なんでぇ、わかってんじゃねぇか」


 やや面白くなさそうな顔をしていたゼクさんは、その一言で得意満面になる。


「で、あんたは何してたの?」


「後ろで応援してた」


 お母さんの質問に正直に答えると、「やっぱり」というような顔でため息をつかれた。


「でもね、奥様。私たち、エステルちゃんが見守ってくれてるから頑張れるんですよ」


 ロゼールさんがそうフォローしてくれると、スレインさんだけでなく村の人たちまでウンウンと頷き始めた。


「ねぇ? ゼク、あなたもそう思うでしょう?」


「……ああ!?」


 完全に不意打ちを食らったゼクさんは、酔いで赤らんだ顔によく映える白眼をめいっぱい吊り上げて威嚇した。が、私と視線が合うとその吊り目がだんだんとしぼんでいってしまう。


「…………ま、ちっとは認めてやらなくもねぇ」


 その小さな返事に、私たちはつい噴き出してしまった。仕掛けたロゼールさんに至っては我慢できないというふうに肩を大きく上下させている。ゼクさんは照れ隠しなのか、手元のジョッキをがーっとあおいで空にしていた。


「おや、今日も賑やかだねぇ」


「あ、神父さん」


 神父さんは沸き立っていた空気の中にのんびりと入り込んでくる。こういう場に出てくるのは珍しい。


「道すがら聞いてきたが、大活躍だったそうだね。みんな喜んでいるだろう。そういえば、村長には会えたかね?」


「いえ……やっぱり具合が悪いみたいで」


「そうか……もう長くないのかもしれんな……」


 この場に少ししんみりとした色が混ざり込む。仲のいい神父さんの心痛は、察するに余りあるというものだ。


「せめて……エステルの晴れ姿くらいは見せてやりたいものだがねぇ」


「……えっ?」


 神父さんから急に落とされた話に、思わず私は頓狂な声を出してしまった。


「そうだよ、あんた。帝都まで出たんだから、誰かいい人いないのかい? 仲間のお兄さんがたとかどうなのさ」


「やっ……やめてよお母さん、そういうのじゃないから!」


 まずい。村の人たちの下世話な好奇心が全開になった予感がする。事実、ゼクさんやマリオさんにそんな視線が集まり始めている。


「まあ、僕はその議論に乗る資格を失ってますから」


 ヤーラ君はいち早く危機を察知したのか、もっともらしい理屈をつけて降りてしまった。立場上、私は文句を言えない。


「そこの細目のお兄さんは、帝都に残してきた人がいるしねぇ?」


「……え、誰?」


「あんたひっぱたくわよ」


 ロゼールさんの悪ノリはマリオさんには通用しなかったものの、男性陣3人のうち2人が選択肢から消えたことになる。必然的に、人々の注目は残る1人に向けられることになり――


「どうなんだい、兄さん」


「エステルちゃんはいい子だぞぉ?」


「……うっ……うるせえええええッ!!! くだらねぇ話振んじゃねぇ、ぶっ殺すぞ!!」


 ゼクさんが熟柿のような真っ赤な顔で怒声を振り立てると、一斉に笑い声が起こる。私もその光景がなんだか面白くなってしまって、話を否定するのを後回しにさせてもらうことにした。明日にでも、謝っておこう……。

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