#38 鉄壁の戦士⑬ 風の咆哮
地上から攻めてきた増援は、先ほどの軍勢に少し毛が生えた程度の魔物たちで、絶対に崩れない鉄壁の囮に気を取られている間に順当にその数を減らしていった。
特に敵の視線をかわす必要のなくなったスレインは、ただ敵を狙って斬るという単純な動作を恐ろしい速度で繰り返し、兄の形見をおびただしい返り血で染め上げていた。
そうして地上のザコを一掃した<ゼータ>は、上空から威丈高にこちらを見下ろしている竜の群れを見据えた。
「あの一番大きいのが統率者でしょうか……」
ヤーラは中央にいるひときわ巨大な白いドラゴンを指し示す。隣でマリオが頷いた。
「そうだろうね。……額に、レメクのあの黒い痣がある」
全員が一斉に竜の額を見た。が、マリオほどの視力でないとはっきりと視認するのは難しかった。
「レメクが力を与えられるのは人間に限ったことではない、か……」
「きっとゼクにはちょうどいい人間の相手がいなかったのね」
「俺が強すぎるってことだな」
「はいはい」
ゼクの謎の自信にロゼールが肩をすくめている間に、最前列のドラゴンが大きく息を吸い込んでいた。間髪入れず、台風のようなブレスが地上に放たれる。
草原が禿げ上がるほどの大風は、荒々しい鉄の塊のひと薙ぎで二手に裂かれ、数メートル走った後に消え去った。ドラゴンの一撃を退けたゼクの後ろに、ホムンクルスを含む他の仲間たちが抜け目なく避難していた。
「お前らなぁ……」
「我々を勝たせてくれるんだろう?」
いたずらっぽく笑うスレインにゼクは舌打ちをかましたが、内心まんざらでもない気分だった。ふと後ろを振り返ると、遠くでじっと仲間たちを見守っているエステルの小さな影がある。表情ははっきりとは見えないが、期待をかけてくれていることだけは間違いなかった。
「作戦はどうします? ドラゴンみたいな上位種では、誘引剤は効きづらいですよ」
「落としてから狩ればいい」
「どうやって落とすのよ」
「動きを止めれば落ちる」
スレインの指示で、全員が所定の場所についた。まずはドラゴンたちの真正面に立ちはだかったゼクが、ブレスの嵐を一手に引き受ける。大風の中を走り回り、剣を振り回し、嵐をやり過ごす。ブレスもまた魔力による攻撃なので、多少食らったところでゼクにはそれほどダメージは入らない。
その間、ドラゴンたちの真下でスレイン、ロゼール、マリオの3人が準備を始めていた。スレインとマリオが身を屈めて膝をついた姿勢になり、ロゼールが空を見ながらタイミングを見計らう。
「行くわよ」
合図とともに、地面から巨大な氷の柱が勢いよくせり出し、スレインとマリオを遥か上空へ放り上げた。2人は竜の背に綺麗に着地し、同時に駆け出した。背骨に沿って竜の細長い首を上がる途中でスレインは立ち止まり、切っ先を黒く染めた剣を抜く。
先端の黒い刃が真っすぐ降下して竜の鱗を貫くと、その巨体がビクンと揺れる。
刃先を染める黒い液体はヤーラが調合した強力な痺れ薬で、竜にとっては針先が刺さった程度の傷でも即座に効果を発揮した。
身体の自由が奪われた竜が墜落しかかったとき、額のあたりにいたマリオが大きく跳躍し、別の竜に糸をかけて飛び移った。その糸はスレインの命綱にもなっており、2人は竜の墜落に巻き込まれる前に脱出に成功したのだ。
そして落ちた竜の下には、力を持て余しているゼクとホムンクルスが待ち構えていた。腕力自慢たちの重力の勢いに逆らうような強烈なアッパーが落ちゆくドラゴンに炸裂し、その巨体がひっくり返って地面に沈んだ。
「次ィ! どんどん来いや!」
ドラゴンを落として狩るという当初の方針はこんな要領で繰り返され、ついには統率者たる白竜1体を残すのみとなった。
マリオとともに白竜の背に乗っていたスレインが同じように毒の刃を突き立てようとするが、鋼鉄のような鱗に弾かれてしまう。ならば皮膚の薄いところを、と移動しようとした途端、上空にいくつもの光の塊が出現したのが目に入った。それは下にいるゼクたちにも視認できる大きさだった。
「今までとは桁違いの魔力反応です!!」
「何ィ!?」
ヤーラの警告に応じて、ゼクは幅の広い刃を盾のように構え、ロゼールは氷の防壁を張った。
空を覆う光は雷のように地上に落ち、すさまじい爆撃を次々にもたらした。爆弾の雨の後、立ち込めていた煙の中に、煤にまみれながら剣を地に突き刺して仁王立ちしているゼクの姿があった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「こんなもん屁でもねぇ!!」
ロゼールの氷壁はところどころ破壊されてしまっていたが、ゼクは威勢よく叫ぶ元気まで残していた。彼の後ろに隠れていたロゼールとヤーラは、その魔術耐性の高さを思い知った。
白竜は大きな翼で風を巻き起こしながら上空を旋回し始め、背にいる2人を振り落とそうとする。いくらゼクの守りが堅くとも地上からは攻撃が届かず、このままでは一方的に爆撃を受け続けてしまう展開になることは明白だった。
そこで、ゼクたちの<伝水晶>が光を放った。
『ゼク、ロゼール、ヤーラ! 無事か!』
「ごきげんよう、スレイン。空の旅は快適?」
『非常にスリリングだ!』
スレインの声は激しく風が吹きすさぶ轟音をかき分けるように聞こえてきた。ドラゴンの飛行速度が速すぎるためだろう。
『こっちはマリオの糸でかろうじてしがみついている! で、これからの作戦だが――』
「その状態から指示してて大丈夫ですか!?」
『気合でなんとかなる!』
スレインは謎の脳筋理論でヤーラとロゼールを呆れさせつつ、作戦の説明をした。ヤーラは真剣な顔で承諾し、ロゼールは二三言皮肉を加えつつも反対はせず、ゼクは――今までにないほど、意欲をみなぎらせていた。
『いいか、ゼク。お前がこの戦いの要だ!』
「わかってらぁ!」
ゼクが睨み上げた空は大きな竜の翼と、その背に広がる鱗雲のような爆弾の光で覆いつくされていた。二度目の爆撃が焼け野原となっていた平原を蹂躙する。辺りに転がっていた魔物たちの死骸が跡形もなく消え去るほどの威力だった。
焼き尽くされた一帯が黒煙に覆われる。その煙の中から、何かが打ち上げられた砲弾のように飛び上がってきた。
それは、ヤーラのホムンクルスだった。ロゼールが地面から氷を突き出した勢いで飛ばされたその怪物は、白竜に向かって直進していた――が、竜は空中でぐるりと身を翻し、その砲弾をひらりとかわしてしまった。
何もない空に放り出されるホムンクルスの手のひらに、ナイフが突き刺さる――というよりは泥の中に食い込むように沈んだ。ナイフの柄には糸が縛りつけられており、ホムンクルスがその手を思い切り引くと、竜の背にいた2人が釣り上げられる。
その糸を握っていたマリオは反対側の手にナイフを構え、白竜の顔が眼の前に現れたタイミングでダーツのようにそれを投げた。小さな刃は竜の眼に命中し、天を震わすような悲鳴が上がった。
ホムンクルスは糸を手繰ってスレインとマリオを回収し、2人を抱えたまま地上に落下する。その太い両脚はヤーラの手により弾力が高められており、着地の衝撃を相殺した。
上空を飛んでいた白竜は先ほどよりも明らかに動きが鈍くなっていた。マリオが竜の眼に放ったナイフには、痺れ薬が塗布されていたのだ。何度か痙攣した後に翼の動きが完全に止まり、竜の巨体がぐらりと傾いて地面に引き寄せられていく。
その落下点に向かって一直線に疾走する影があった。
さんざん受けた爆破のダメージをもろともせず、大剣を力強く握りしめ、地面が沈む勢いで足を踏み込み、崩落する城塞のような白竜に躍りかかった。
「うおらああああああああああッ!!!」
吹きすさぶ暴風のような咆哮とともに振り下ろされた鋼鉄の刃が鎧のような竜の鱗に激突した瞬間、大鐘楼が鳴動するような轟音が響き渡り、そのまま肉を、骨を、内臓を砕き割りながらその巨躯を両断する。
真っ二つに分かれた竜の身体を背に着地したゼクは、立ち上がって拳を天に突きあげる。遠くで彼らを見守っていた小さな影が、呼応するように握った手を高く掲げた。
 




