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#38 鉄壁の戦士⑫ ある証明

 魔物の軍勢は空を覆いつくしているものたちばかりではない。それ以上の数が地上に広がっており、多種多様な構成員は皆一様に彼らのほうへ向かってくる勇者たちに意識を注いでいた。


 ある地点まで来て、6人は足を止める。ここがリーダーの待機場所――すなわち、ここには絶対に敵を通さないという彼らにとっての聖域となる。


「頑張ってくださいね」


 その短い一言だけで、勇者たちを奮起させるには十分だった。


 地平線に沿って立ち並んでいた魔物の軍勢は、その姿がかすむほどの砂塵を巻き上げながら津波のように襲いかかってきている。いつもならいの一番に突進する男が、今日は悠長に腕を組んで構えていた。


「お前よー、怪我は治ったのかよ」


 ゼクは糸の束をキリキリと繰っているマリオを横目に、なにとはなしに尋ねた。


「動かす分には問題は――……ない、けど。無理に動かすと、まだしんどい……かな」


 ぎこちないながらも自分の状態を伝えられたマリオに、ロゼールが笑顔でOKサインを送っていた。

 そうしている間にも、敵の軍勢はじきに激突するところまで迫っている。


「来るぞ。……ロゼール」


「はいはい」


 スレインの要請に応じたロゼールはのんびりと前に出て、しなやかに右手を振り上げる。険しい岩場のような巨大な氷塊が地面のあちこちから隆起し、走っていた魔物たちを吹っ飛ばした。


 広大な草原に出現した氷山に足を取られた魔物たちは進軍を乱され、そこに生じた隙を逃さず<ゼータ>が一気に攻め込む。


 真っ先に飛び込んでいった銀色の流星が、通り道に鮮血の飛沫を残しながら斬り込んでいく。魔物たちはわけもわからぬまま気がつけば死を迎えているのだろうが、あの動きと数日付き合っていたゼクにはその残像のようなものは見えていた。


 一つ一つの動きの尋常でない速度と正確さ。それに加え、右に行くと思えば左に、左に行くと思えば右に、というように一つの動きから予測される次の動きをことごとく裏切る不規則さ。そこに生じた隙を的確に狙い撃つ魔法のような剣捌き。


 技術もさることながら、何ものにも動じない研ぎ澄まされた精神力と集中力がその強さを実現しているように見えた。


 戦場を縦横無尽に駆け回るスレインとは対照的に、ロゼールは信じられないことに優雅に座って紅茶を楽しんでいた。周囲には草に紛れて氷でできた棘が敷き詰められており、空から近づくものは透明な氷壁で阻むという盤石な城を築きあげていた。


 のん気にティータイムに浸っている人間を狙おうとすれば、足を怪我するか見えない壁に激突して墜落する仕組みになっている。あの女の性格の悪さが滲み出ているとゼクはしみじみ感心した。ロゼールは彼のほうを向いて手を振る余裕まで見せている。


 別の氷塊のところでは、魔物たちがその大きな氷に磔になっていた。それを拵えた本人はまるで姿を見せず、辺りにいる魔物たちが突然倒れ、縛られ、引きずりまわされ、最後には食い込んだ糸の力で引き裂かれる。


 気づけば氷塊の周りには大小さまざまな魔物の肉片が散乱していた。その陰に、素早く身を潜めるマリオの姿があった。できるだけ姿を晒さないことで、無理に動かず着実に敵を仕留める作戦らしい。手足がひしゃげても平気で戦っていた以前と比べれば、随分な変わりようだった。


 各人がさまざまな工夫を凝らす中、最も単純な力による制圧を行っていたのは、ヤーラのホムンクルスだった。真正面から突撃し、驚異的な腕力で敵を蹴散らし、頑強な肉体で攻撃を跳ねのける。このシンプルな戦い方に、ゼクは親近感を覚えた。


 屈強な怪物の主である小柄な少年のほうには、不自然なほど魔物は近づかない。おそらく忌避剤のような薬品を散布しているのだろう。そうしてホムンクルスを見守りながら、彼が負傷すればその奇跡の眼ですぐさま治してやっていた。


 <ゼータ>は強い――ゼクは改めて実感した。自分たちの強さは知っているつもりだったが、こうしてその戦いぶりをじっくり眺めてみると、確かな理解をもって頭に刻み込まれた気がした。


 そして、これがエステルがいつも見ている景色なのだと知った。


 戦う力もなく、ただ後ろから見守っているだけのリーダー。しかし、仲間たちに対する理解は誰よりも深い。野に咲く小さな花のようにそこにいて、戦乱とは無関係な装いをしていながら、戦いの要となるほど影響力を与える存在。


 彼女と同じ視点に立つと、日に照らされるように世界が鮮やかに見えてくる。


 仲間たちが強いこと、敵を次々に倒していくこと、その成果に賞賛を受けること。それらは自分を脅かすものではないと、彼はもう知っている。

 実母のために目先の手柄に必死で飛びついていたあの頃とは違う、本当の強さの証明が、今ならできる気がする。


 夕焼け空のような茜色の眼が戦場をぐるりと一巡し、向かうべき場所へ焦点を定める。そこへ向かって一直線、風が吹き抜けるように走り、剣を振り下ろす。


 今まさに火炎を吐こうとしていたサラマンダーが、胴体を綺麗に真っ二つにされて地に伏した。

 その火炎を待ち構えていた錬金術師の少年の右目には、金色の残光が薄く漂っていた。


「おめーのそれは、使い過ぎたら鼻血噴いてぶっ倒れるやつだろうが」


「……そうですね。ありがとうございます」


 いくらホムンクルスが強いとはいえヤーラ本人に戦う力はなく、錬金術で敵の攻撃を消滅させるのもそう何度も繰り返せる技ではない。敵の数が多い以上、負担を減らしてやる必要がある――これは、どこの戦線にも言えることだ。


「ちょっと相談があんだけどよ……」


 ゼクの要望は、ある薬が欲しいという単純なものだった。ヤーラからそれを受け取るやいなや、少し開けたところで瓶の中身を頭から豪快にぶっかけた。途端に周囲の魔物たちがゼクのほうへ集まっていく。彼が使ったのは、誘引剤だった。


「かかってこいや!!」


 その薬効は強力で、おびただしい数の魔物が大挙してゼクのもとに押し寄せようとしていた。すぐにでも包囲されてしまいそうな状況だったが、ゼクは彼を知る者なら皆仰天してしまうであろう方法でその危機を対処した。


 全速力で、その場から逃げたのだ。


 その後方からは魔物の大軍が追走し、ゼクは軍のリーダーのように先頭を走っていた。ケルベロスやミノタウロスなどの獣系の魔物には追いつかれそうになっていたが、突出した数体程度の敵ならひと薙ぎで払いのけ、即座に逃走に戻った。


「……なるほど」


 その逃走劇を傍目で見ていたスレインは、作戦の意図をすでに理解していた。それはトーナメントのときに<AXストラテジー>を相手に自分が指示した戦術と似ていたからだ。あのときは心底嫌そうにやっていたはずだが――


 突如、群がる魔物たちの一部がその場に釘づけにされ、身動きを封じられた。巨大なオークが力任せに身をよじらせると、傍にいたゴブリンたちが一斉に締め上げられて窒息した。猛進していたミノタウロスの先頭が足を取られて転倒すると、ドミノ倒しのように群れが一気に崩れ落ちた。


 罠を仕掛けている男の姿は、もはやゼクの目にも認識できなかった。だが、自分が囮になることであの暗殺者の仕事がどれだけ捗るかは考えるまでもなかった。


 その死の罠から逃れた魔物たちは、ようやくゼクに追いつきそうになっていた。タフな彼にも永遠に走り続けられるほどのスタミナはない。立ち止まって肩を弾ませている隙に、残党たちが四方から殺到してきていた。


 彼の鋭い赤眼が、凪の海のような碧眼と出会う。直後、ゼクの身体は魔物の軍勢の中に埋もれてしまった。


 捕まったのはわざとなのだと、ロゼールなら容易に察しがつくだろう。彼女は即座に意を汲み――魔物の塊を、ゼクを巻き込んでさらに巨大な氷で覆いつくしてしまった。


 戦場に一時、静寂が訪れた。山のほうから増援が迫る音だけが遠く響いていた。

 やがて、ガラスにヒビの入るような音が静寂を破る。一気に氷塊が砕ける派手な音とともに、氷の中にいたゼクが飛び出してきた。


「おいババア!! 前より堅ェじゃねぇかコラァ!!」


「すぐ出てこれたんだからいいじゃない」


 ゼクに魔術が効きづらいことを利用して、ゼクごと魔物の軍団を凍らせる作戦は、敵の数を大いに削り大打撃を与えることに成功した。が、増援はまだまだ現れるうえ、敵の主力であろうドラゴンたちはまだ奥に控えている。


「クソ、キリがねぇな」


「囮役を代わってやろうか? 私のほうが速い」


「はぁ? だったらお前が敵削ってったほうが早ぇだろうがよ。ザコどもの攻撃は俺には通じねぇ」


「……いいのか?」


 スレインはやや意外そうに確認するが、ゼクは迷わず頷いた。


「お前らを勝たせてやんのが、俺の仕事だからな」

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