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#38 鉄壁の戦士⑤ 悪酔いの朝

 宴会の翌日、私たちがこの村にしばらく滞在して村の警備を任されることがあっさりと決まり――というかむしろすでに決定事項のように村全体に広まっていた。病床に伏せている村長さんに奥さんが確認をとったそうなので、正式に決まったことになる。


 私たちがこの村に来た理由は、誰にも聞かれなかった。ある程度察して気を遣ってくれているのか、あまり興味がないのか、この穏やかでのん気な田舎の村ならどちらもありうることだ。


 寝泊りする場所についてはもちろん私の実家が選ばれたのだけど、さすがにベッドが足りないので男性陣には離れの小屋で寝てもらうことになった。少々手狭だけど、そのうちマリオさんとヤーラ君あたりが快適な環境に改造してくれるだろう。


 ただ、昨日は酔い潰れたゼクさんが藁を敷いただけの床に放られ、マリオさんもあれからずっと意識がおぼろげで、四六時中走り回っていたヤーラ君も最後は疲れ気味だったので、3人がちゃんと休めたかどうかは定かではない。


 そして現在、私はスレインさん、ロゼールさんと一緒にテーブルで朝食とゼクさんたちを待っている。2人とも、宴会の疲れのようなものは微塵も見えなかった。ちなみにスレインさんは「飲み物を一切口にしない」という荒業で飲酒を回避したそうだ。


 しばらくすると何かが壁にぶつかる音が響いて、玄関のドアが開く気配がした。ゼクさんたちが来たんだ。


「おはようございます。よく眠れ――」


 私が声をかけながら見たのは、いつもより怖い顔で不機嫌そうにしているゼクさんと、いまだに上の空な様子のマリオさんと、明らかに寝不足でやつれた目をしたヤーラ君だった。


「――なかったみたい、ですね」


「まァだ頭がガンガン鳴りやがる、クソッタレ」


「……」


「ゼクさんのイビキが過去最高にうるさかったです……ゲンナジーさんといい勝負でした」


 三者三様それぞれの不調の示し方を見て、私は苦笑するほかなかった。


「おいチビ、なんか薬とかねぇのかよ」


「二日酔い用のならありますけど……ゼクさんは自業自得じゃないですか。気軽にあげる気にはなれませんね」


「あぁ!? 生意気こいてんじゃねぇぞ、このガキ」


「それより、マリオさんは大丈夫なんですか?」


 ヤーラ君が心配そうに仰いだマリオさんの顔は、意識だけが別世界に行ってしまったかのように床の一点と向き合ったまま動かない。そこにロゼールさんの呆れたようなため息が差し込まれる。


「あなたねぇ、体調が悪いなら悪いって言いなさいよ。頭痛がひどいみたいだけど、自覚がないのかしら?」


 マリオさんは言われて初めて気がついたみたいに、はっと意識を取り戻した。


「……そう……そうだね。頭痛がする……かも」


「なんでハッキリしねぇんだよ。お前も二日酔いか?」


「絶対ゼクさんのせいですよ。あとで薬用意しますから、今日はゆっくり休んでください」


「俺と対応が違いすぎねぇか……?」


「ヤーラ君も……睡眠時間が足りてなさそうだから、休んだほうがいいよ」


「……それは、まあ、はい」


 綺麗にやり返されたヤーラ君はばつが悪そうに頷き、一連の流れを傍観していたスレインさんがそこで肩をすくめた。


「今日から村周辺の警邏を始めようと思っていたが……ゼクたちは休んでいたほうがいいかもしれないな」


「あ? こんなんどうってことねぇよ」


「しかしな、無理をして足を引っ張られてもこちらが困るんだ」


「ンだとテメ――」


 ゼクさんが立ち上がりかけたとき、彼の後頭部にお玉が飛んできて派手な音を立てて激突した。


「いってぇ!?」


「朝っぱらからケンカなんてしてんじゃないよッ!! ご飯がマズくなるでしょ!!」


 キッチンの奥からお母さんの怒号がピシャリと轟き、ゼクさんの燃え上がりそうだった怒りは瞬く間に吹っ飛ばされてしまったようで、渋々座り直していた。


 ややあって、お母さんが朝食のパンとスープを7人分、両手で抱えて持ってきてくれた。ヤーラ君が配膳を手伝おうと立ち上がったが、お母さんはまたさらりとお断りして全員分のお皿をテキパキとテーブルに並べた。


「さ、しっかり食べて元気つけな!」


 この中で一番元気のいいお母さんがそう号令をかけると、みんな一斉に朝食にとりかかった。



  ◇



 午後になって、私はスレインさんとロゼールさん、それからゼクさんの4人で村の近くの森に来ていた。


 近隣に魔物がいないかを調べるパトロールなのだけど、ゼクさんはどうしても来ると言って聞かず、しまいには一人で勝手に出かけようとしたので、仕方なくスレインさんが同行を認めたのだ。私はその、お目付け役だった。


 暖かな木漏れ日に覆われた森は静かで、小枝を踏み折り落葉を蹴散らすゼクさんの豪快な足音が断続的に耳に響く。その隙間をスレインさんの凛とした声が通ってきた。


「エステル。この辺りは魔物は出るのか?」


「ほとんど見たことがないですね。たまにゴブリンとか、スライムとかを見かけるくらいで……村に魔物が入ってくることもめったになかったですよ」


「ンだよ、つまんねぇな」


「あら、じゃあ今からでも帰る?」


「帰らねぇよ、クソババア」


 ゼクさんが好戦的なのは元からだけど、最近は戦わなければならないという使命感に駆り立てられているかのような、何か焦燥感に近い気配がある。


 <ゼータ>の他のみんなはレメクが用意した「試練」をクリアしたが、ゼクさんは順番が回ってくる前に帝都を離れることになってしまい、一人だけ取り残されたように感じているのかもしれない。でも、それだけが原因ではないような気もする。なんとなくだけど……。


「私はむしろさっさと帰りたいんだけど。せっかくエステルちゃんの故郷に来たんだし、エステルちゃんの昔の話とかもっと聞いてみたいわねぇ」


「えー、恥ずかしいですよ」


「恥ずかしがってるところを見たいのよ」


 獲物を前にした蛇のようなロゼールさんの眼差しに捉えられて、私はつい身構えてしまった。


「これまで魔物があまり出なかった地域だとしても、我々がここにいることを知った敵が、魔物に村を襲わせるという手に出るかもしれない」


「……!」


 スレインさんの冷静な言葉で、はっと我に返る。もしも村の人やお母さんが傷ついてしまうようなことがあったら……それだけは、絶対にあってはならない。


「やらせねぇよ。この一帯から魔族どもを一掃してやる」


 ゼクさんのみなぎる気合は彼の歩調に反映されて、ずんずんと足早に奥へ突き進んでいく。距離を離されたスレインさんとロゼールさんは、お互い顔を合わせてアイコンタクトだけで何か短い会話を交わしていた。



 そのまましばらく歩いていると、先に進んでいたゼクさんが立ち止まって辺りを見回しているのが見えた。にわかに私たちを取り巻く空気が一変する。スレインさんは剣の柄に手をかけ、ロゼールさんは私を庇うように傍に寄ってくれた。


 何かがいる。全員がそれを理解して、その脅威が姿を現すのを待っている。

 やがて木々の葉が風を浴びて一斉に叫び声を上げたかと思うと、大きな影が私たちの前に立ちはだかった。


 筋骨隆々の毛深い巨体に狼の頭を持つ魔物――ウェアウルフ。どう考えても、この近辺に棲息している魔物ではない。鋭い牙の並ぶ口から獰猛な唸り声が這い出てきて、血のように赤い眼が私たちを見下ろしている。


「出やがったな」


 ゼクさんは待ち望んでいたものが現れた喜びを露わに、背中の大剣を引き抜く。頑丈な手がその柄を力一杯握りしめ、自分より一回り大きい獣を睨みつける。


 ――そのすぐ横を疾風が駆け抜けたかと思うと、ウェアウルフの身体がバラバラに切断されて崩れ落ちた。


 風の正体はスレインさんだった。音も立てず動作も見せず、敵を斬るということを一瞬のうちに完了させたのだ。


 力を発散させる相手を奪われたゼクさんは、その矛先を挑発的とも呼べる不敵な笑みを浮かべている騎士に向けた。


「てっ……テメェ、何しやがる!!」


「敵が現れたので、倒した。それ以上のことがあるか?」


「そういうことじゃねぇだろうがよ!!」


「や、やめてくださいよ。こんなところで――」


 一触即発の空気をなだめようとしたところで、ロゼールさんに腕を引かれて私はつんのめった。咄嗟に支えられてようやく、再び危機が迫っているのを悟った。


 ウェアウルフの群れが、いつの間にか私たちを包囲していたのだ。

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