#38 鉄壁の戦士① 一夜明けて
投獄されていた勇者パーティ<ゼータ>が一夜のうちに脱獄し、近衛騎士団長含めて騎士数十人を殺害したという事件は帝都に波紋を広げていた。ラルカン・リードをはじめとする犠牲者たちの葬儀には皇族や軍の関係者も多数参列し、これもまた人々の関心を集めた。
その中に当然混じっているトマスは、参列者たちの異様な空気感を早くから察知していた。その空気は悲しみという単色の一枚岩ではなく、相容れない多数の色同士がモザイク状に散乱し、歪で不調和な画面を生み出しているかのようだった。
「うおお~~~ん!! ラルカン、どうして死んでしまったにゃあ~~~!!!」
ミアの父、グラント将軍の純真無垢な慟哭が神父の声をかき消す中で、この場で最も悲しむべきラルカンの妻は氷のような無関心を黒いベールの下に潜ませている。近衛騎士の中ですら、悲嘆に暮れる者から薄笑いを浮かべる者まで反応は様々だった。
葬儀の後、トマスは仲間たちを集めて事件の調査に乗り出した。<ゼータ>と近衛騎士団がなんらかの理由で交戦したことは間違いなく、おそらく魔族の介入があったであろうことも確実だった。
彼らを悩ませたのは、ラルカンを含めて近衛騎士たちを多数葬ったのがスレインであるということだ。ラルカン殺害の現場では、片刃の直刀が彼に突き刺さった状態で発見された。その剣を持つのはラルカンと、妹であるスレインしかいなかった。
スレインが敬愛する兄を斬るに至った理由、そして魔族がどこまで介入していたのか――トマスたちが知るべきことはそこだった。
トマスたちは手始めに近衛騎士団の詰所を訪れ、事件の生存者から聞き込みを行った。
あのとき命からがらに逃げ出した者たちは皆、スレインのことに話が及んだ途端にその顔に恐怖を蘇らせた。そして口を揃えて狂気に取り憑かれたような女騎士の暴虐を語ったのだ。魔族に操られているとすればあの騎士を置いて他にはいないと断言する者もあった。
違和感を拭えないトマスたちだったが、最後に証言した若い騎士だけはまったく別の語り口で事件の内容を明かした。
「ルアン副団長が<ゼータ>のエルフの女性を人質にしていました。スレインさんは脅しに乗らず、他の近衛騎士を次々に斬っていきました。最後に副団長を刺して、僕のことは見逃してくれました」
「君だけ見逃された理由はわかるか?」
トマスの質問に、少年はやや考え込む素振りを見せた。
「……僕が、副団長の命令に従わなかったからかもしれません」
「君は人質で脅迫する作戦には反対だったということだな」
少年は小さく頷いた。それが本当なら、スレインは他の騎士たちが言っていたような虐殺者などではなく、仲間を利用した卑劣な騎士団に報復したという見方もできる。
「そのときのスレインはどんなふうに見えた? 君の印象で構わない」
「……操られているふうには見えませんでした。でも……悪人ではない、と思います。どちらかと言えば、近衛騎士団を叩き潰す悪人――の、役に徹しているみたいな印象でした」
「なるほどな……」
一通りの聞き込みを終えたトマスたちは、近場の食堂で遅い夕食をとりながら話し合うことにした。皇太子という身分ながら付き合いでいろいろな店を回っているトマスは、どこでも顔なじみの常連客のように歓迎された。
「話を聞いた限りですと、近衛騎士団の行いも擁護できるものではありませんわ。ロキの推理では、<勇者協会>を乗っ取る計画まで立てていたのでしょう?」
ノエリアは上品な口調の下に激しい義憤を潜ませているのがうかがえた。ロゼールを人質に使われたのがひどく気に障ったのだろう。
「でもおとーさんは、ダンチョさんはリッパな人だったってゆってたよ」
「表向きは立派でも、陰では何をしているかわからないから……」
純粋なミアはヘルミーナの言葉にはあまりピンと来ていない様子だったが、トマスは冷静に2人の意見をすくい上げる。
「そう、実際に近衛騎士団が何を企んでいたかはわからない。だがミアやグラントの言うように、ラルカンは人望の厚い男だ。実は悪者だったと糾弾したとして、かなりの反発が起こるだろう。魔族そっちのけで人間どうしで争いが起きかねない」
「要するに、真相がどうこうよりも、どういうシナリオを広めればボクらに都合がいいかって話だよね~?」
ロキのあけすけな物言いに、トマスだけでなくシグルドも眉をひそめた。
「まあ……そうだな。魔族の謀略によって、<ゼータ>と近衛騎士団が戦うことになり、<ゼータ>はやむを得ず帝都を離れなければならなくなった――そんな筋書きなら、エステルたちも戻りやすいだろう」
「おねーちゃんたち、早く戻ってきてくんないかな。ノエリアとヘルミーナはさみしくないの?」
しょんぼりと寂しがっているミアに話を振られた2人は同時に顔を見合わせ、頬を緩める。
「寂しいと言えば寂しいけど……そこまで心配はしてないかな」
「そうですわね。お姉様がたなら、いざというときに必ず帰ってきてくださるはずですもの」
卓を取り巻く空気がほんのりと柔らかくなり、トマスたちは和やかな雰囲気で今後についての話し合いを詰めていった。途中、黙って聞いていたシグルドがテーブルの傍を通り抜けていったスーツ姿の男に気づき、その背を目で追いかけていった。
男は酒瓶を片手に覚束ない足取りで、他のテーブルや椅子に何度もぶつかりそうになっている。彼は隅のカウンター席の同じくスーツを着た男の隣に腰掛けた。
「さっき向こうの席のジジイが奢ってくれたんだ。飲もうぜ、オーランド」
「まだ飲むつもりなのか、レミー」
彼らが所属する<勇者協会>内部は<ゼータ>逃亡によりいっそう混乱が深まり、特に関係の深かったオーランド・ドナートは責任を問われ、それにレミーが抗議しに入り、上層部を巻き込んだ大喧嘩に発展したのだった。
2人は近々何らかの処分を食らうことがほぼ確定しているため、今夜はレミーの提案で慰労会のようなものを開いている。
「まあまあいいじゃねぇかよ、今夜くらい」
レミーは構わず隣席の空っぽのグラスに酒を注ぐが、ドナートは拒むこともせずに赤らんだ顔で水面が上昇していくのを眺めている。
レミーは自分のグラスにも酒をなみなみ注ぐと、それを高くかざした。
「くたばれ、上層部!」
「どういう乾杯だ」
2人は軽くこつんとグラスを合わせ、同時にあおった。レミーは恍惚の表情で酒気を含んだ長い息を吐く。
「そういえば、あっちで皇子さんを見たぜ。お仲間と一緒でよ、なんかいろいろ動いてくれてるっぽい。エステルちゃんたちもあっさり帰ってこれちゃったりしてな!」
「……正直、エステルたちのことはそこまで心配していない。今の<ゼータ>なら、協会組織などなくてもうまくやれるだろう。むしろ、協会は邪魔ですらある」
その言葉から同僚の心にわずかの揺らぎもないことを見てとって、レミーは軽い一笑とともに自分の中の杞憂を消し飛ばした。
「じゃ、問題は俺らかぁ。どうすっかな、クビになって故郷に帰るはめになったら弟や妹たちに笑われちまう」
「兄弟がいるのか」
「ああ、うちは大家族でね。弟妹たちからはカッコイイお兄ちゃんとして頼りにされて――」
「嘘をつけ。どうせ舐められてるんだろ」
「ぐっ……」
このお調子者は職場でも家でもまったく変わらぬ態度で、弟や妹たちにいいようにやられているであろうことは容易に想像がついた。
「そういうお前はなんとなく一人っ子っぽい顔してるよな」
「どういう顔だ。間違ってはないが……。そうだな、兄弟もないし、両親はとうの昔に死んだ。魔族の手でな」
酒の影響か、普段はめったにしないような話もするりと口から滑り落ちていく。
「へぇ……魔族憎しで協会に来たクチか?」
「そうなるな。それで、エリック・マスターズに憧れて勇者を目指して――結局、ただの職員に甘んじている。だが……俺は俺のやれることをやるまでだ。協会がなくなる日までは……」
ドナートはもうわずかしか中身の残っていないグラスに映る自分とじっと目を合わせている。
「……なんだなんだ、辛気臭ぇな。これから戦場に行く兵士みてぇじゃねーか。ほら、案外こう、皇子さんたちがうまいことやって、エステルちゃんたちも無事帰ってきて、ついでに<スターエース>が魔王ぶっ殺して帰還して、メデタシメデタシ! みたいな結末になるかもだぜ?」
「フッ、そう……なれば、いいな……」
「そうそう。俺らは余計な心配してないで……って、おい? もしもし、オーランドくん? おねむでちゅか~? おいおい勘弁しろよ、オッサンに酔い潰れられても困るんだって、マジで! お~~~い?」
レミーが肩を叩こうとも揺すろうとも、ドナートはテーブルに伏したまま一向に動かなかった。




