表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
392/412

#37 不死身の騎士⑧ 伏兵

 エステルたちがスレインを館から連れ出した後。このような事態が起きたときを想定して、ラルカンは事前に手を打っていた。それは、牢屋にいる<ゼータ>のメンバーの身柄を押さえ、人質として利用するというものだった。


 手筈通り、その旨が牢の見張りをしている番兵たちに告げられ、ゼクとロゼールは近衛騎士団に引き渡される――はずだった。


 番兵はまず、受けた指令の内容を2人に説明した。当然、逆上したゼクが鉄格子を破壊しようと勇んだが、番兵は彼を止めることもなく、牢の鍵を開けてしまったのである。


 ゼクはあっけにとられていたが、ロゼールはすぐに事態を把握した。以前のノエリアの言が彼らに響いていたのだ。人々に貢献しているはずの<ゼータ>に不当な扱いをして恥ずかしくないのか、と。


『近衛騎士団長サマに怒られちゃうんじゃないの?』


『……覚悟の上です』


 ロゼールが冗談めかして警告したのを、番兵は恐怖をこらえるように毅然と答える。そこで出て行こうとしていたゼクが踵を返して鉄格子を思い切り殴りつけ、粉砕した。


『無理やり脱獄されたとかなんとか言っとけ』


『は、はぁ……』


 唖然としたまま曖昧な返事をした番兵たちを背後に残し、ゼクとロゼールは外へ繰り出す。


『優しいのねぇ』


『うるせぇ、殺すぞ』


 夜の遅い時間ではあったが、街はどこか落ち着かない雰囲気で、時折騎士らしき男たちが走り回っているのを2人は目にした。近衛騎士団とは無関係の市民が、「投獄されている勇者パーティが近衛騎士団に謀反を起こした」というような噂を口にしているのが耳を掠めたりもした。


 ラルカンの手回しの早さにゼクはますます怒りを募らせたが、騎士団が動き回っているおかげで、まさに戦闘中だったマリオとヤーラのもとに駆けつけることができたのである。


「おい、無事か!? エステルとあのキザ野郎はどうした!? あいつの妙な技は何だ!?」


「ぼくらはたぶんもう動けない。エステルとスレインは先に逃げてる。ラルカンの術は剣を使った遠隔攻撃みたいだけど、詳細はわからない」


 ゼクの矢継ぎ早の質問に、どうにか一命をとりとめたばかりのマリオが1つずつ丁寧に答える。


「なるほどな。……で、あのバケモンはなんだ?」


 いつの間にか傍で鼻息を荒げている怪物がいるのに、ゼクは気がついた。怪物はこちらには敵意もなさそうで、表面に薄い傷跡が見えるが、漲る力を発散する機会を今か今かと待っているように見える。


「ヤーラ君のホムンクルスじゃないかしら。随分と見た目がスッキリしたわねぇ。こっちのデザインのほうが私好みだわ」


「知らねぇよ、テメェの好みなんざ。おいチビ、あいつは――」


 ヤーラのほうに目を移したゼクは、はっと言葉を呑んだ。膝をついて俯けた少年の顔は病人のように蒼白になっており、地面に小さな血だまりができるほどの鼻血を小さな手で抑え込もうとしていた。


「……ぼくが術を酷使させてしまったね。ぼくも傷は塞がったけど、満足に動けそうにない。ホムンクルスに運んでもらって避難するしかないと思う」


「それで構わねぇ、とっとと帰って寝ろ。ここは俺一人で十分だ」


「『俺たち2人』の間違いじゃないの?」


「うるせぇババア、すっこんでろ」


 隙あらば口論する2人を置いて、ホムンクルスがマリオとヤーラを抱えて走り去る。ラルカンのほうは、攻撃を受けた自分の直刀の具合を見て、悠長に何回か素振りをして使い勝手を確かめていた。


「話は済んだか? さあ、どこからでもかかってきたまえ。ゼカリヤ君?」


 本当の名前を呼ばれたゼクは、ラルカンのわかりやすい挑発にこめかみの血管を怒張させる。獣のような叫び声とともに突進してくるゼクに、ラルカンはまったく届かない距離から剣を振った。


 ゼクは咄嗟に大剣を盾のように構える。遠目で見ていた、ホムンクルスを吹っ飛ばした黒い風のような斬撃。あれが魔族から授かった術ならば、攻撃がどこから飛んでくるかわからない。


 しかし、ゼクに攻撃が届くことはなかった。鋭い風は彼の横を通り過ぎて、後ろにいたロゼールのほうへまっすぐ突き進んでいた。


「! おい――」


 振り返ったゼクが叫ぶが、風はすでにロゼールの身体を袈裟懸けに切り裂いた――かに見えた。風が弾け飛んだあとには、血の一滴も流れておらず、ロゼールは無傷で余裕の笑みを浮かべている。


「どうせ、私から狙ってくると思ったわ」


 見れば、彼女の胴体は薄い透明な氷で覆われており、それが鎧のような役割を果たして斬撃を無効化したのだ。

 ゼクはロゼールの無事に一瞬安堵するが、すぐに怒りが再燃してラルカンを睨む。


「俺はテメェみてーな卑怯モンが一番大ッ嫌ぇだ」


「それは光栄だ」


 突進を再開したゼクはあっという間に距離を詰め、上から叩き潰すように大剣を振り下ろす。ラルカンは軽い横跳びでかわしつつ、素早く手首を捻ってゼクの腕に浅い一太刀を浴びせた。


「ってぇな!!」


 着地ざまにラルカンは低く屈んで次の手を打とうとしたが、何かに気づいて即座に飛び退いた。直後、彼のいたところから氷山がつき上がってくる。

 ラルカンは2人の間を隔てる氷の塊に隠れるように回り込んで接近を試みたが、ゼクはすでに大剣を高く振り上げていた。


 斜めに滑り降りた大きな刃は氷を砕きながら突き進む。ラルカンは今度は地面に飛び込むように前転し、身体を翻すと同時に横一文字に空を裂き、黒い風を呼び起こした。

 ゼクの広々とした背に至近距離で駆け寄っていく風は、しかし突然現れた円い氷の板で遮られてしまう。


 ラルカンの曲芸師のような体捌きにはゼクもロゼールも攻撃を当てることができず、ラルカンの剣もロゼールの氷に阻まれる。戦況は一時膠着状態となっていた。


「……さすがに<ゼータ>相手に2対1は厳しいな」


 やや息を弾ませたラルカンがぽつりとこぼす。


「俺一人で十分だっつってんだろ」


「私がいなかったら、あなた今頃血まみれよ?」


「血まみれでも俺は勝てンだよ!」


 ゼクがロゼールに噛みついている間、ラルカンは地面に落ちていた剣をもう1本拾い、構えた。


「こちらも"2"で行こう」


 構えた二刀を下に向けて交差させ、バツ印を描くように素早く振り上げる。途端に巻き起こった2つの疾風が片方はゼクに、もう片方はロゼールに向かって駆け抜ける。大剣と氷壁でそれぞれ防御している隙に、ラルカンは風のあとに続いてゼクに肉薄を仕掛けていた。


 空に刻まれる銀の直線をゼクが盾にした大剣で防いでいる間、ラルカンのもう片方の剣は地面に突き刺されていた。


 本能的に危険を察知したゼクは、その場で高く跳躍する。その足元から波飛沫のような黒い斬撃がせり上がった。それはあと少しで靴底に到達しそうなところで止まって消滅する。


 しかし、落下地点ではすでにラルカンが二刀を構えて待ち伏せており、今度は十文字に刃を走らせる。ゼクは再び広い刃で受けようとするが、斬撃のすべてを凌ぎきるには足らない広さだった。


 負傷を覚悟したゼクだったが、突如としてその巨躯が脇に逸れるように吹っ飛んだ。十字の斬撃は何にも触れずに通過し、そこには地面から突き出た氷の柱が残っている。ロゼールが柱を出現させ、ゼクの身体を殴り飛ばしたのだ。


「いってぇな、ババア!!」


「斬られるよりマシでしょ」


 冷やかに文句を受け流すロゼールのほうに、いつの間にか放たれていた黒い風が迫っている。だがそれも読んでいたロゼールは円形の氷の盾を形成して弾き返した。


 芸のない男ね――そんな嫌味を投げてやろうとラルカンのほうを一瞥したロゼールは、彼のほくそ笑んだような不気味な表情に得も言われぬ違和感を覚えた。


 直後、彼女の腹部から赤い筋のまつわった銀の刃が飛び出した。


 ロゼールが見開いた目を自分の背後に向けると、先ほどまで地に伏して糸に縛られていたはずの男の険しい顔つきが視界に映る。

 先ほどゼクに回避させた斬撃――あれは、彼を縛る糸を切るためのものだったのだ。


「よくやった、ルアン」


 ラルカンが爽やかな笑顔をひらめかせるその前で、ロゼールの膝が地面へ崩れ落ちるのを、ゼクはただ瞠目したまま見送っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ