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#37 不死身の騎士② 絶対悪

 帝都が誇る大きな宮殿が間近で見られるその一角、近衛騎士団の詰所の傍に、その館は堂々と聳えていた。近衛騎士団長ラルカン・リードの居館――すなわち、スレインさんの家でもある。


 突然の来訪にもかかわらず、私の名前を聞くやいなやスムーズに中に通されたところを見るに、事前にラルカンさんが話を通しておいたのだろう。客間のような部屋に案内されると、その彼がソファにゆったりと腰掛けて私を待っていた。


「……すみません。急に訪ねてしまって」


「なに、気にすることはないさ」


 とはいえラルカンさんは完全に家でリラックスしているときの恰好そのまま――普段身につけている武具やコートではなくラフな服装で、セットされていない前髪を無造作に垂らしている。


「あの、スレインさんは……?」


「すまないが、今少し立て込んでいてね。クエストの話だろう?」


「はい。……嘘のクエストを申請して、スレインさんをここに連れ戻したと聞いています」


 これは、ロキさんから貰った情報だ。詳細はわからないが、スレインさんはラルカンさんの仕組んだ偽のクエストに参加するという体で牢屋から出たらしい。


「知っているのなら、話は早い。いつまでもあんなところに妹を置いていけないからな。後のことは、こちらで上手くやっておくよ」


「後のこと、って……」


「後のことは後のことさ。あいつはしばらくうちで預かるから、君たちは君たちで魔族を追ってくれたまえ」


 他人事みたいな調子で、ラルカンさんは腕を組んでソファにもたれた。これ以上関わるなと拒まれているかのようだ。

 だけど、そんなことですごすごと引き返すわけにはいかない。私は診療所でロキさんに聞いたことを脳裏に呼び起こした。


『ラルカン・リードが動くのは、何か裏で計画を進めているときだ』


 ロキさんはそんな忠告めいた前置きから話を始めた。


『これはほぼボクの推測だけどね。<勇者協会>に魔族の内通者がいて不安定になっている隙に、スレインから聞いたって体であることないこと告発して、協会を乗っ取ろうとしてるんじゃないかな』


『協会を!?』


『だって今なら、適当な奴をしょっ引いて「こいつが内通者だ!」って摘発することもできるんだよ? 前に<オールアウト>にやったみたいにね』


 以前、ラックたちにゼクさんが魔族だと嫌疑をかけられたとき、ラルカンさんは彼の仲間が魔族だということにして間接的に殺害していた。


『で、上層部の誰かを消して自分の息のかかった奴を後任に据えれば、最終的には協会を乗っ取るのも不可能じゃないってわけ。ラルカン・リードはそういうことができる人間さ』


『そうなったら、スレインさんは……?』


『自分の計画の協力者を、<ゼータ>なんてよくわからないパーティに入れて自由に遊ばせておくとは思えないね』


 だから、<ゼータ>を抜ける――そうなったら、二度とスレインさんは戻ってこれないかもしれない。そうなる前に、どうにかしないといけない。


 どうやって? 目の前でゆったりと寛いでいるように見えるラルカンさんは、その実一切の警戒を緩めていない。決して一筋縄ではいかない相手だ。巨大な竜を相手に丸腰で挑もうとしているかのような気分になる。


 とにかく、スレインさんと話すこと。活路があるとすれば、そこだ。


「預かる、っておっしゃいましたけど……私たちにも、スレインさんの力は必要なんです。特に今はメンバーを指定される形でクエストが回ってくるんです。もしスレインさんが指名されたら――」


「それはない」


 ラルカンさんは私の主張を頭から叩き落すように封じた。


「……どういうことですか?」


「協会の人と少し話してね。しばらくスレインに回ってくるクエストはないそうだ。<スターエース>が魔界に発ってから、こちらでは魔族も大々的に動かないだろうとの見立てもある」


「……」


 彼はすでに、協会内部の人間と通じているということだ。ロキさんの推論が現実味を帯びてきて、背筋を嫌な汗が伝う。


「じゃあ……せめて、挨拶だけでも……」


 我ながら苦しすぎる頼みだ。さっきよりも容易く突っぱねられるだろうと上目でラルカンさんの顔をうかがうと、意外にも彼は顎を摘みながら少し思案する素振りを見せた。


「ふむ。確かに、何も言わずにこちらで預かるというのも勝手な話だったな」


 そうしてソファから立ち上がると、「少し待っててくれ」と一言残して部屋を出て行ってしまった。

 スレインさんとは会わせてもらうのも難しいだろうと思っていた私は、拍子抜けしたまま目だけをドアのほうに据えていた。


 部屋に一人で取り残されてからの時間は長かった。この部屋だけが他の時空から切り離されてしまったかのような感覚。壁に掛けられた時計だけが、一定のリズムで時の経過を教えてくれていた。


 現実との繋がりを取り戻してくれたのは、慌ただしい足音だった。飛び込むように部屋に入ってきたのは、ラルカンさんではなかった。よく見知った、たてがみのような黒い髪。


「スレインさ――」


「エステル!!」


 私ののん気な声をかき消すような、決死の叫び。見たこともないほど切迫した顔は、山道を転げ落ちたのかと見紛うほど傷だらけだった。


「ど……どうしたんですか、それ……」


「私のことはいい、早くここから出て行くんだ!!」


「え……?」


 両肩を指が食い込むほどしっかり掴まれて、浴びせかけられた言葉の意味を飲み込めないまま、私は呆けていた。その向こうから、涼やかな声が投げかけられる。


「家主を差し置いて何を盛り上っているんだ? スレイン」


「……あ……兄上」


 捕食者に見つかった小動物のような恐怖の色をその眼に灯して、両手を離したスレインさんは実の兄のほうを振り返る。一方のラルカンさんは、我が子に向けるような温和な表情で妹のほうに近づいた。


 甲高い衝撃音が空気をつんざいて、黒い影が視界の隅を突風のように通り過ぎた。


 それはあまりに突然で、部屋の家具が何かにぶつかって倒れたのかと思った。遅れて後ろの床を目で辿ると、さっきまで目の前にいたはずのスレインさんが壁際のほうでうずくまっていた。顔の近くに、赤い雫が点々と飛び散っている。


 いつもなら真っ先に駆け寄るところなのに、私は金縛りにあったみたいに動けなかった。かろうじて首だけをラルカンさんのほうに動かすと、依然として穏やかな表情を浮かべた彼の握りこぶしに、赤い斑点がこびりついている。


 その2つの光景を結びつけるのに、ひどく時間がかかった。放心している私を素通りして、ラルカンさんはスレインさんの傍でしゃがみこむ。黒い前髪を無理やり引っ張り上げて、血で汚れたその顔に、拳を振り上げて――


「やめてください!!」


 ようやく全身に血が通って、私は声を張り上げた。それでも拳が止まることはなかった。


「何してるんですか!? やめてくださいって――」


 駆け寄ろうとした途端、立ちふさがったその姿が真っ黒な塔のように見えて、私の足を凍りつかせる。そのてっぺんから見下ろす刃のような鋭い眼が私を射竦めて、背筋に冷たい恐怖が遡ってくる。


 恐ろしい眼光の上、乱れた前髪の合間、確かに私は垣間見た。

 あの黒い痣――レメクの力を分け与えられた者に現れるしるし。


「君のパーティに入ってから、こいつはひどく軟弱になってしまった」


 ひとかけらの情緒もまじっていない無機質な声の直後、苦しそうに横たわっているスレインさんについでのような蹴りが入る。


「ダークエルフの小僧から聞いてるんだろう? スレインのことは諦めろ。もし僕の邪魔をするようなら……わかっているな?」


 剥き出しの白刃のような、明確な脅迫。なすすべもない私は縋るようにスレインさんのほうに目を移す。


「……た……頼む。兄上の、言う通りに……してくれ……。私は……大丈夫だから」


 弱々しい声で懇願するスレインさんは、どう見たって大丈夫ではない。

 ラルカンさんは、魔族に操られている? だとしたら、どうしてスレインさんは彼を庇うようなことを言っているのだろう。


 ――違う。初めて彼に会ったときに抱いた違和感。スレインさんの兄だからと、深く考えてこなかった。


 私はこの人を、ラルカン・リードという人間を、いい人だと思ったことがただの一度もなかった。むしろ彼は、その対極にいるはずの人間だったのだ。

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