#6 ワンマンアーミー② 酒場にて
「うえ~~~い!! エステルじゃ~~ん!!」
お酒臭い。
ヤーラ君に<エクスカリバー>の居場所を聞いたときに酒場の名前を出されたが、まさか昼間から飲んだくれたりしないだろうと都合よく考えてしまった。忘れていた、彼らはチンピラなのだ。
レオニードさんもゲンナジーさんも顔を赤くして完全に出来上がっている。ラムラさんは涼しい顔をしているが、よく見れば頬が火照っている。
「ろ~したんらよぉ? ヤーラがなんかやらかしたかぁ? っしゃ、ぶん殴ってやらぁ!!」
レオニードさん。まずは自分をぶん殴って、酔いを醒ましてください。
「いいよなぁ、ヤーラはよぅ。オレもこんなカワイコちゃんとか、あの金髪姉ちゃんみてぇな美人がいるパーティに入りたかったぜぇ」
ゲンナジーさんは本気で悔しがっている。ロゼールさんがヤーラ君にべたべたしていることを知ったら、ショック死するかもしれない。
「……綺麗な女性なら、ラムラさんがいるのに」
私の独り言が届いたのか、ラムラさんはにっこり笑う。
「あら~、ありがと。でもほら、あたし『砂漠の民』だから~戒律とか厳しくって。男に触れるなとか、お酒飲むな、とか……ぷは~っ」
そのグラスからは明らかなアルコールの匂いが漂っていて、思わず湧いた疑念にも気づかれてしまったらしい。
「ああ、あたしのこれはお酒じゃないから。飲むと顔が赤くなるジュース」
「はぁ……」
ラムラさんに促されて、私も4人掛けのテーブルの1席に腰掛ける。前まではヤーラ君が座っていたんだろうな、なんて思いながら。
こんな泥酔している人たちに話が通じるかどうかと尻込みしているうちに、ゲンナジーさんが赤いながらも真摯な表情をずいっと押しつけてきた。
「なあ、すげぇマジなお願いがあるんだけどよぉ、聞いてくれねぇか!?」
「な、なんですか?」
「オレにお酌してくれぇ!! 一度でいいから、女の子が注いだ酒が飲みてぇんだ!!」
「へ? い、いいですけど」
「ありがてぇぇぇ!!!」
その厳つい大柄に似合わず、ゲンナジーさんは神の顕現でも目の当たりにしたように頭を下げながら叫んだ。そ、そんなに必死になることなの……? 綺麗な女の人ならともかく、私なんて。
言われた通り、ゲンナジーさんのグラスにお酒を注ぐ。澄んだ液体が小さな波を立てながら満ちていくのを、彼はじっくり味わうように凝視していた。たっぷり注がれたお酒は、震える手で口元に運ばれ、一気に胃の中に落とし込まれてしまう。
「うっ……めええええええええっ!!! 世界一うめぇ!!」
「あんだよ、マジでうまそうに見えちまうじゃねぇか……。おいっ!! 俺にも注げぇ!! いや、注いでくらさいッ!!」
「はあ、どうぞ」
レオニードさんまで、私なんかがお酌したものをがばがばおいしそうに飲んでいる。
「しょうもないわね~、男って。あなた、何飲む?」
「そうですねぇ……じゃない!! 私、真面目な相談しに来たんですよ!!」
私が大声を出しても、「しょうもない男」と形容された2人は斜め上の反応を返す。
「そうらん~? なんらぁ? 恋の悩みか!! だはははっ!!」
「マジかよぉぉぉぉ!! なんで世の中の女はオレ以外の男と付き合うんだぁ!?」
私はこの酔っ払い2人にさらにお酒を飲ませたことを、心から後悔した。
「どうせヤーラが酔い醒ましか何か寄越してくれたんでしょ? いいわよ~、さっさと飲ませちゃって」
ラムラさんはさすがに鋭い。ヤーラ君に場所を聞いたとき、透明な水の入った瓶を渡されたのだ。
いわく、「お酒だと言って飲ませてください。それでダメなら空き瓶で頭を殴ってください」と。後者を実行するつもりはないけど。
果たしてヤーラ君の薬は効果てきめんで、酔っ払い2人はものの数分で見事に素面に戻った。
「――戦術だ? そんなのは簡単だぜ。俺が超スピードで敵をばったばった薙ぎ倒し、このノロマどもが来る頃にはすべて片付いている」
呂律が復活したレオニードさんは、流暢に自分の武勇を誇ってみせた。
「私たちにもできそうなことを聞きたいんですけど」
「悪かったよ。基本はそうだな、まず俺が突っ込んでザコを刈り取ったり、敵を崩したりする。で、ラムラが魔法で散った敵を弱らせたり、でけぇのがいたらゲンナジーがぶっ倒す。シンプルだろ?」
「へぇー。オレらってそうやって戦ってたのかぁ」
ゲンナジーさんはまだお酒が残っているんだろうか。
「どこもだいたい同じよ~。前衛が突っ込んでから魔法を叩きこむか、あるいは魔法で敵を崩してから前衛が突撃するかね」
うちでいうと、前衛はゼクさんとスレインさん、魔法はロゼールさん。面子的にスレインさん以外連携プレーに期待できない。マリオさんもわりと周りに合わせてくれるけど、前衛タイプじゃないし。
やっぱり協調性皆無筆頭のゼクさんを一番にどうにかしたほうがいい気がする……と、あることに考えが及んだ。
「そうだ。<アブザード・セイバー>の人たちがどうだったかって知ってます?」
レオニードさんたちは、ゼクさんの元のパーティとも仲が良かったと聞いている。いい情報が得られるかもしれない。
「おっ、マニーの兄貴のとこだな?」
パーティリーダーの名前を嬉しそうに口にしたレオニードさんは、くくっと笑いだす。
「ありゃダメだ、誰も真似できねぇ」
「え?」
「兄貴んとこはな、クエストの前にみんなで賭けんだよ。で、その日一番戦果挙げた奴が賭けたもんを総取りするんだ。ひでぇときはな、仲間同士の喧嘩のほうが怪我人が多かったっつー話だぜ」
ひぇぇ、戦術もなにもあったものじゃない。ゼクさんが周りを見ないで我先にと突っ込んでいくのもわかる気がする。
「それでAランクだっていうんだから、個々の実力が段違いだったのよね~、あの人たち」
「んでよぉ、いざってときはみんなで団結すんだ。カッコいいよなぁ!」
「ああ、すげぇパーティだった。――だから、わかんねぇよなぁ……なんであの人は、マニーの兄貴たちをやっちまったんだ……?」
ぽつりとこぼれたレオニードさんの言葉が、沈黙をもたらす。
きっと、ここにいる誰もが気にしていて、誰もがあえて触れなかったことなのだろう。私だって知りたい。ゼクさんがどうして、仲間を殺してしまったのか。
気まずい空気を察してか、レオニードさんは硬く沈んだ顔を繕い笑顔に改めた。
「あー、悪い悪い。話が逸れちまったな」
「いえ……。ちなみに、ヤーラ君は戦闘に出ませんよね?」
「あいつはお薬当番だしな。ただ大暴れしちまったときは、俺ら3人がかりで押さえる」
その問題はどうしてもついて回る。当面は、ヤーラ君が不安定にならないように注意していこう。
と、そこでゲンナジーさんが何かを思い出したように喋り出した。
「いつだっけ、あれヤバかったよなぁ。オーク討伐のクエストでよぉ、ヤーラが最初の10分ぐれぇで敵全滅させちまって、その後3時間ぐれぇかけてオレらが大人しくさせたやつ!」
「あったあった! 確か、レオニードと大喧嘩した日よ。本気で機嫌悪かったわよね~。なんでだっけ?」
「あれだよ、あいつテメェが肉食わねぇくせに俺がニンジン嫌ぇなのグチグチ言いやがってよ! 好き嫌いくれぇ誰でもあんだろ! あいつ何だよ、俺のオカンかよ!!」
「ギャハハハハ!!」
「そういえば、あれひどかったわよね~。レオニードが酔っぱらって泊まった宿屋めちゃくちゃにしたときも――」
この人たちが再び酔いつぶれるまでに、そう時間はかからなかった。
 




