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#33 新しい英雄たち⑧ 言伝

 侵攻する魔族軍を勇者たちが撃退し、<スターエース>が魔界に乗り込んだというニュースは、瞬く間に帝都に広がった。街を歩いていてその話題を聞かないことがないくらいで、私たち<ゼータ>がその場にいられなかった無念さがより際立っていく気がした。


 協会の監視が強まってからはあまりやれることも少なくなって、自室と本部と牢屋を行き来するだけの日々が続いている。あれからレメクが夢に出てくることはなかった。試練を与えるという宣告を受けたきりだ。


 今日は本部に呼び出されて、ロビーで待たされているところだ。前ほど中を自由に歩くことはできず、ドナート課長やレミーさんには会って話すことも許されていない。余計な疑いがかかるくらいなら、そのほうがいいかもしれない。


「お待たせいたしました」


 冷たい事務的な声。唯一会うことを許され、<ゼータ>の担当になったというメレディスさんは、ゼクさんが魔族だと知られてからはずっと冷淡だった。


 小さな応接室のようなところで、メレディスさんは<ゼータ>の細かい制限や規則などの説明をしてくれた。正直あまり頭には入らなかったけれど、クエストについての話で私は意識を引き戻される。


「クエストは主にこちらで用意したものを引き受けていただきます。なお、参加できる人数はエステルさんのほかは1名のみに制限します」


「……私と、あともう1人しか選べないってことですか?」


「管理の都合上、そのような形になります。もちろんクエストの難度は考慮しますし、辞退していただいても構いません」


 私含めて2人だけでやれるクエストなんて、それほどたくさんあるとは思えない。無理そうなら断ればいいと言われても、どうにも釈然としない。


「その……誰がそう決めたんですか? クエストを選ぶ人は?」


「お答えできません」


 あっけなく、一蹴。でも、違和感があるのは私たちへの扱いに対してだけじゃない。

 私はじっとメレディスさんに視線を突きつけた。別人みたいに心を消して話をしている彼に。


「レメクという魔人を知ってますよね」


 その名前を出した瞬間、メレディスさんの眉がかすかに動いた。


「……勿論です。闘技場襲撃の際にダリアを助けていた魔人ですね」


「そのレメクが、私たち<ゼータ>に何かしようとしているみたいなんです」


 今度はメレディスさんは表情を動かさなかった。眼鏡の端を指先で持ち上げて、手続きの確認をするみたいに尋ねる。


「レメク……と、遭遇したということですか? いつ、どこで?」


「いつだったかは覚えていません。たぶん、夢の中で会いました」


 私は大真面目に言ったつもりだ。メレディスさんは腕を組んで、長いため息をついた。


「それではお話になりませんよ」


「普通はそうだと思います。でも、以前のメレディスさんなら真剣に聞いてくれました」


 彼は口を閉ざした。話すべき言葉を見失ってしまったかのように。


「まるで別人になってしまったように感じるんです。あなたは、本当にメレディスさんですか?」


 ロゼールさんがいつもそうしているように、私は両目で彼を捕まえる。

 やがて、抑え込まれたものがふっと漏れ出てくるみたいに、眼鏡の奥の瞳に悲しげな色が宿った。けれどそれは一瞬の間だけで、またすぐに薄暗い内側のほうに引っ込んでしまった。


「……後日、またこちらからご連絡いたします。それまで勝手な行動はお控えください」


 強引に話を終えて立ち上がるメレディスさんに、私は最後の一撃をかました。


「あなたは私の味方だって、信じてます。前に言ってましたよね? あのときの言葉に嘘はなかった。そうでしょう?」


「……」


 去り際の表情は見えなかった。



  ◇



 本部から出た私はそのままみんなのいる牢屋に寄って、<スターエース>が魔界に行けたことやクエストのルールのことを伝えた。メレディスさんのことは、あまり話さなかった。


「要するにだ」


 ゼクさんが腕を組んでフンと鼻を鳴らす。


「クエストは全部俺1人でやりゃあいいってことだな」


「独断暴走イノシシ男」


「あ!?」


 またロゼールさんとゼクさんの喧嘩が始まりそうになるが、すかさずスレインさんが軌道修正に入る。


「クエストに同行するメンバーに選ばれれば、その間だけでもここから出られるということだ。潜入した魔族を探すチャンスにもなる」


「でも、僕たちは協会から監視されてるんですよね? ここで話すのだって……聞かれてる、わけですし」


 ヤーラ君は遠慮がちに、入口で私たちを見張る2人の番兵を横目でうかがっている。


「監視なんてどうとでもなるよ。1日中ぼくたちを見張れるわけじゃないしね」


 マリオさんが大胆なことを言うので、ヤーラ君は余計に顔色を青くしていた。


「それより、敵がどう動いてくるかのほうが――」


 ふいにマリオさんが言葉を切って立ち上がったので、私たちもすぐにその異変に気づいた。

 後ろを振り向くと、番兵の1人がもう片方の首を締め上げているのが目に入った。


「え……?」


「何やってんだテメェコラァ!!」


 ゼクさんが鉄格子を突き破りそうな勢いで叫ぶ。首を絞められたほうの番兵は白目を剥いて意識を失い、手が離れた途端に地面に崩れ落ちた。何の前触れもなく隣の同僚に暴力をふるった番兵は、死人みたいな目をぎょろりとこちらに向ける。


 その額のあたりに、何か紋章のような形の小さな黒い痣が見えた。

 彼はそのまま私のほうにふらふらと歩み寄って来て、私は慌てて後ずさる。


「野郎、この女に手ェ出しやがったらぶっ殺すぞ!!」


 ゼクさんが鉄格子の隙間から腕を伸ばして牽制するが、その腕が届く前に番兵はピタリと立ち止まった。


「――……レメク様からの言伝です」


 魂の入っていないかのような人工的な声で、彼は魔人の名を口にする。


「レメク、だと……?」


 ゼクさんを始め、みんなの目つきが鋭くなった。番兵は無表情のまま、用意された文章を読み上げるかのように続ける。


「すでに説明は受けられたでしょうが、<ゼータ>のクエストは協会が選ぶことになっています。レメク様は、協会の無能な職員たちに代わってあなたがたにふさわしいクエストをご用意くださることになりました」


「……我々のクエストを、魔族が選ぶということか?」


 スレインさんが目つきも声色も刺々しくして聞き返す。しかし、番兵は聞こえていないみたいに一方的に話を続ける。


「レメク様が提示するクエストは、あなたがた一人ひとりに合わせたものになっています。したがって、クエストの同行者もこちらで指名します」


「全部そいつのシナリオ通りにやらなきゃいけないの? なんだか癪だわ」


 ロゼールさんが皮肉っぽく文句をつけるが、彼は何も反応しない。


「罠の心配は必要ありません。クエストはすべて、あなたがたが最大限の力を発揮すれば達成できるものばかりです」


「ど、どうしてわざわざそんなことを……」


 無反応だった番兵は、ほとんど独り言みたいなヤーラ君の疑問にはきちんと答えた。


「あなたがたに、試練を与えるためです」


 それは、私が夢の中で聞いたことと同じ。レメクは私たちの味方のように振る舞っていたけれど、本当に――?


「……どういうつもりかは知らんが、いいのか? 勇者はすでに魔界に乗り込んだ。そんなことをしている間に、魔王が倒されるかもしれないぞ」


 スレインさんが低い声で揺さぶりをかける。彼がその表情を動かすことはない。


「あなたがたの敵は、魔王ではない。真の敵は別にいます」


 私はその言葉の意味を測りかねたが、レメクが言っていた「人間と魔族が共存する未来」というのに何か関係があるかもしれないと思った。


「ところで、君はレメク君本人なのかな? それとも操られているだけかい?」


 マリオさんが空気を真っ二つにするように陽気に問いかける。これにも答えはなかったが、マリオさんの切れ長の目は何かを捉えたように見えた。


「もし、レメク様のクエストを拒否した場合――」


 彼が右手をゆらりとかざすと、突然爆風が四方に炸裂した。私は腕で顔を覆ったが痛みを覚えることはなく、見ると周りの鉄格子にヒビが入っていた。仲間たちにも傷ひとつついていない。


「このレメク様の力により、クエストの現場付近で血が流れることになるでしょう」


 この人はやはりレメクに操られていて、魔人の力を使うこともできるということだ。断るという選択肢はないらしい。


「では、心して臨んでください。以上」


 それだけ告げて、番兵はその場に崩れ落ちてしまった。慌てて駆け寄ったが、ただ意識を失っているだけのようだった。額の痣は、消えていた。

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