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#30 失楽園⑨ 強くなること

 白んできた空が、焼け野原になった村と無数に並ぶ墳丘を照らし出す。結局私たち以外に生きている者は一人もいなくて、今は亡くなった人たちを弔うことに専念していた。


 おもに働いてくれているのは、ほとんど無傷だったマリオさんと、魔法だけで手伝ってくれるロゼールさん、そして激闘を繰り広げていたゼクさんだった。

 ゼクさんに動いて大丈夫なのかと聞いたけれど、彼いわくヨブさんは最後以外本気ではなかったので、大した傷ではないそうだ。


 ヤーラ君はここから離れたところで、負傷者の手当をやってもらっている。ついでに、スレインさんが動き回らないよう監視する役もお任せしておいた。


 やがて、ガルフリッドさんの治療に付き添っていたレイが戻ってきて、ゼクさんたちの手伝いに加わった。


「レイ、オヤジの足はどうだって?」


「協会の職人じゃねぇと直せないってさ」


「しばらくは杖だな。ジジイらしくていいじゃねぇか」


 ゼクさんは茶化すように笑うが、レイはまったく表情を動かさない。


 魔術で掘られた穴に、遺体を運んで、土を被せる──そんな単調な作業が、しばらく無言で繰り返された。

 ふいに、レイがぽつりとこぼす。


「……オレたちが、もっと強かったら……それこそ、魔王なんか一発でぶちのめせるくらい強かったら、こんなことにはならなかったのかな」


 もっと力があれば。私も、たぶんゼクさんも、身に覚えのある切な望みだった。だけど、と今では思う。今よりずっと力があったとして、すべての人間を救えるだろうか。


「……お前は、どう思う」


 レイは土をならす手を止めてじっと思案する。


「前は……強ければ強いほどいいって思ってたっす。弱いなんてダセェし、敵に負けたら悔しいし。でも……強いだけでいいかって言われたら、なんか違う気がする」


「そうか」


 ゼクさんの返事はそっけなかったが、どこか満足げだった。


 作業は順調に進み、残る遺体はあと3人になった。私たちにとっては忘れられない3人だ。運び出された彼らを見て、私の中にある思いが湧き起こってきた。


「ヨブさんたちは、ここじゃないほうがいい気がします」


 ゼクさんたちの手間を増やす一言になるのはわかっていた。でも、彼らがこの村で安らかに眠れるのかと考えると、どうしても心に靄が残る。


「じゃ、山のほうに連れてくか」


 ゼクさんはすんなりと受け入れてくれて、レイもそれに従ってくれた。


「兄貴、オレも行くよ」


「なら、このチビ任せた」


 器用に3人を担いでいたゼクさんは、そのうちエミュナちゃんだけをレイに預けた。レイは幼い少女を大事そうに両手で抱きしめ、悲痛に顔を歪める。


 ゼクさんとレイはそのまま山のほうへ歩き出す。私もついていこうかと思ったが、やめておいた。


 2人の遠のく背中を見送って、私はほとんど名も知らぬ村人たちの眠る場所を見渡した。


 それから手を合わせて、ぎゅっと目をつむる。いつか廃城でそうしたように、強く祈った。二度とこんな悲劇が起こらないようにと、強く。



  ◇



 本部への報告は、「到着した時点ではすでに村は襲われていて、手遅れだった」というシナリオに変更になった。私の下手な報告にも、メレディスさんは何も疑わずに淡々と処理してくれた。


 その後はガルフリッドさんのお見舞いに診療所を覗きに行った。付き添いのレイのほかに、ちょうどビャルヌさんとソルヴェイさんの姿もあって、足の器具を見ているみたいだった。


「ガルフリッドさん、足の具合はどうですか?」


「大したことはねぇ」


「大したことなくない――っ!!」


 ぶっきらぼうな返事に被せるように、ビャルヌさんが大声を浴びせる。


「絶対絶対ムリしちゃダメって言ったのに!! この壊れ方見ればどういう使い方したかわかるもん!! 今度またムチャなことしたらね、オイラ本気で怒るかんねっ!!」


 ぷんぷんと煙を吹く音が聞こえそうになるが、顔を真っ赤にして怒ってもあまり怖く感じないのがビャルヌさんらしいというか。ガルフリッドさんは抗議することもなく、黙ってその叱責を受け止めている。


「ちげーよ」


 レイが突っ張るように割り込んで、ビャルヌさんの怒りを飛ばした。


「そのオッサンが年甲斐もなく無茶してんのは、オレが……その、足引っ張ってるせいだから。悪いのは、オレなんだよ」


 ちょっとふてくされたように、それでいて照れくさそうに、レイはガルフリッドさんを擁護する。当のガルフリッドさんは信じられないものを見たかのように、ぽかんと目を丸めていた。


「お前……なんか、悪いモンでも食ったか」


「うっ……ぜぇ――な!! そういうとこが嫌ぇなんだよ、このクソジジイ!!」


 ガルフリッドさんの不器用と鈍感は、すぐに治るものではないらしい。仕方がないので、私がフォローしてあげることにした。


「レイ。ガルフリッドさんはね、レイのことが心配だから――大切だから、守ってくれるんだよ。だから、全然悪いことなんてないんだよ」


 素直な思いを伝えただけで、不器用な2人はぐっと黙ってしまう。レイの耳がみるみる赤くなっていくのが見える。


「そうだよ! ガルフさんはね、とってもとっても優しんだよぉ。特に子どもさんとかにもね」


 ぷんぷんモードからほんわかモードに切り替わったビャルヌさんも、純朴な瞳で言い添えてくれた。


「ちぇ、オレは『子どもさん』かよ」


「ガルフさんはねぇ、娘さんもいるんだよ」


「は!? 結婚してんの!?」


 ビャルヌさんから明かされた意外な事実に、レイは飛び上がらんばかりに驚いている。


「昔の話だろうが。とっくに別れたよ」


「だ、だよなぁ……。そうか、それであんなキレてたのか……」


 一人で納得するように、レイは頷いた。


「まあ、そのお陰で俺の『呪い』にはかからなかったらしいがな」


 レイは少しむっとした顔でガルフリッドさんを睨んだ。

 傍にいる人が立て続けに死んでしまうという「呪い」。ガルフリッドさんが本気で信じているのかわからないが、確実に言えるのは、彼はレイを失いたくないと思っていること。


 後ろでずっと壊れた補助器具を観察していたソルヴェイさんが、そこでぬらりと顔を出した。


「これ。少し時間くれればもっと丈夫にできるけど、どうする?」


「そのほうが絶対いいよっ。ガルフさん、今度いつ壊すかわかんないもんっ」


「じゃあ……そうしてくれ」


 半ばビャルヌさんに押し切られる形で、ガルフリッドさんは同意する。


「でもソルヴェイさん、すごいねー。これ、もっと頑丈にできちゃうなんて」


「オリジナルはあんたが作ったんだから、そっちのほうがすごいよ」


 ソルヴェイさんにお褒めの言葉と渾身のなでなでをもらって、ビャルヌさんは至福の笑顔を浮かべている。


「修理が終わるまでは杖使え。間違っても戦いには出るなよ」


「……もし、敵が攻めてきたら――」


「大人しく他の人間に任せる」


 呆れたことに、ガルフリッドさんはいざとなったら戦う気でいるらしい。ソルヴェイさんの眼はやる気がなさそうでいて、しっかりと彼に釘を刺している。


「足の悪いジジイはすっこんでろよ。オレだって、前よりはやれるようになってんだ。いつまでもガキ扱いすんじゃねーよ」


「……ガキだろうが」


「あぁ!? クソ、見てろよ。もっともっと強くなって、テメェなんか引退させてやる!」


 憤慨するレイを見て、思わず笑みがこぼれてしまう。2人の喧嘩はもう前のような険悪なものではなくて、それこそ親子みたいな微笑ましいものになっていた。


 ため息をつくガルフリッドさんに、ソルヴェイさんがそっと耳打ちする。


「ちゃんと見とけよ。ヒト族の子供なんて、あっという間に大きくなっちまうんだから」


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