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#5 ブラザーフッド⑥ 消えた子供たち

 隣に座っているヤーラ君は白い肌からさらに血色が失せていて、震えるような吐息を忙しなく漏らしている。どう見ても、尋常の様子ではなかった。


「だっ、大丈夫!? 具合悪いの?」


「……いっ…………」


 小さな手で頭を抱えたまま動かない彼は、受け答えをするのも辛いようだ。


「少しここで待てる? お医者さん呼んでくるから!」


 慌てて駆けだしたものの、医者がどこにいるのかはわからない。カミル先生を呼ぶにはちょっと遠い。


 人込みの中をかき分けながら走っていると、ちょうど見回りの兵隊らしい人がいて、しどろもどろになりながらわけを説明した。


「医者なら私が連れて行きますよ。場所はどこですか?」


「あの、広場のベンチのところです」


「わかりました。早く戻ってあげてください。今、子供が行方不明になることが多いので、我々も警戒中なのです」


 ふいに、ロゼールさんの声が脳裏をかすめた。


『――あの子から離れないほうがいいわ』


 いけない、ヤーラ君を一人にしてしまった。子供が行方不明になっている――嫌な予感が背筋を上ってくる。


 急いで来た道を戻る。さっきの広場のベンチには――誰も、いない。遅かった。


 どうして? どこに行ったの? どうしよう?

 ダメダメ私、落ち着いて。もしかしたら、親切な人がどこかに連れて行ってくれたかもしれないんだ。


 そうだ。私は<ホルダーズ>を持っている。これがあれば、ヤーラ君がどこにいるのかわかる。

 画面を見ると、白い点が帝都の中心からかなり離れたところに現れた。今も移動している。そんなに速度はない。


 帝都の地図を出す。どこに向かっているのか、画面と地図を照らし合わせる。


 2つの手がかりを交互に見ていたとき――彼を示す白い点が、突然消滅した。



  ◇



 弾んだ呼吸で喉は焼け爛れそうで、足はもうこれ以上動けないくらい疲れていて、立っているのも苦しいから壁に身体を預けて、それでも私は牢屋の中にいる仲間たちの顔を見渡した。


「あの……だから、早くみんなを出して、ください」


 絶え絶えの息の合間からなんとか言葉を絞り出したが、2人の衛兵さんはこちらの深刻さが伝わっていないのか、のん気にひそひそ相談をしている。


「わかりました。すぐに出所の手続きをしましょう」


「手続きなんて、やってる場合じゃ、ないんです!! すぐに、出してください!!」


「ですが、規則が――」


 牢屋の奥で、バギッと何かが外れる音がした。

 ゼクさんが鉄格子の扉を素手で無理やり取り外している。


「なっ……!?」


 他の3人も――ロゼールさんは水魔法をカッターのようにして鉄格子を切断し、マリオさんは糸を使って器用に鍵を開け、スレインさんに至ってはなぜか扉に鍵が掛かっておらず、普通に出てきた。


「なーんだ。みんな、出ようと思えばここから出られたんだねー」


 衛兵さんたちが仰天している中、マリオさんがのんびり呟く。


「だ、脱獄だ!!」


 慌てて止めにきた衛兵さんたちは、ゼクさんのド迫力の凶相で気圧されたように立ち止まる。


「どけ」


「ひっ」


 腰を抜かす衛兵さんの1人に、スレインさんがぽんと肩を叩く。


「君が私の牢の鍵を開けておいてくれたことは忘れないよ。我々が勝手に出ていくのを見逃してくれたことも、リード家は忘れない。いいな?」


 2人は青い顔になって沈黙した。スレインさんが秘密裏に何かをしていたことは、いやでも察しがついた。


「あなた、結構いやらしいことするのねぇ」


「何のことかわからんな」


 ロゼールさんの皮肉を、スレインさんは知らん顔で受け流している。

 ほっとしている私を、おもむろにゼクさんがひょいっと担ぎ上げた。


「きゃっ!?」


「とっととあのチビの場所教えろ。手間かけさせやがって、会ったら一発引っぱたいてやる」



  ◇



 ヤーラ君が移動していった方向に勇者協会があったのは幸いで、そこまで長い距離を走らずに済んだ。


 あの白い点が消えたところにあったのは、倉庫街だった。私たち5人は倉庫の1つに身を隠していた。スレインさんがそっと頭を出して、辺りの様子を確認している。


「どう見ても体調の悪い人間を連れてくる場所ではないな。誘拐した子供を監禁するにはうってつけかもしれないが」


「関係ありそうな奴を1人ぶん殴りゃ、仲間がぞろぞろ出てくるだろうぜ」


「私、嫌よ。服が血で汚れるの」


 少し話し合った末、ゼクさん、ロゼールさん、マリオさんが正面から行って関係者と話をし、私とスレインさんは様子を見ながら隠れてヤーラ君を探すことになった。


 ゼクさんがその辺をうろついていた怪しい人の胸倉を掴むと(結局乱暴な手段になってしまった)、その仲間らしき人たちがわらわら集まってきた。どう見ても、カタギじゃなさそうな人たちが。


 私は嫌な予感を胸に抱えながら、倉庫の陰から行く末を見守っていた。


「あんだよテメーらはよぉ!!」


「テメェらこそ何だコラァ!!」


 怪しい人たちの代表っぽい四角い顔の人が、ゼクさんと怒鳴り合っている。まるっきりチンピラ同士の喧嘩だった。

 間に入ったのはマリオさんで、四角顔に笑顔で近づいていく。


「まあまあ。ぼくたちは喧嘩をしにきたんじゃないんだ。君たちの扱っているものに興味があってね」


 仲間だと見せかけて情報を引き出す作戦のようだ。普段とまったく変わらない口調で、その演技力は見事だった。


「……金はあるのか? ガキ1匹につき金貨5だ」


 四角顔はマリオさんの話を信じているようだ。こいつらは本当に、子供を攫って売り飛ばす悪党だったんだ。


「お金は仲間が持ってくるよ。商品が見たいんだけど」


「悪いが支払いが先だ」


「わかった。君とはいい付き合いができそうだね。友達になろう」


 恒例の挨拶が始まった。マリオさんが握手を求めて右手を差し出す。四角顔はいぶかしみながらも、その手を握り返す。


 一瞬だった。


 マリオさんがいきなり手を引いて、四角顔のバランスを崩した。前のめりになった身体に回り込んでその後頭部の首のあたりに、素早く針のようなものを刺し込んだ。

 四角顔はぐったりと地面に倒れる。その仲間たちは、自分たちのリーダー格を失ったことをすぐには理解できなかったらしい。


「あ。名前聞くの忘れちゃった」


「……テメェらぁ!!」


 ようやく状況を飲み込んだらしい人身売買グループの悪党たちが、一斉に襲い掛かろうとした矢先。

 ロゼールさんが抜かりなく溜めていた魔力を放出し、その場にいたほとんどが氷漬けになった。


「私の氷は100年は解けないわよ。お見事だったわねぇ、殺人人形さん」


「血で汚れるのが嫌だって言うから。君の魔法もすごいよ、ロゼール」


 褒め合っているのか憎み合っているのかわからない2人の傍で、ゼクさんは氷漬けを免れた1人を捕まえて、鬼のような形相を押しつけている。


「ガキどもがどこにいるか吐け!! 吐かねぇなら、手足引きちぎってから殺してやる」


「ひぃぃっ!! だっ……第三倉庫の、地下です!!」


 騒ぎを聞きつけてか、奴らの仲間たちが次々に駆け込んできた。ゼクさんは捕まえていた男を乱暴に放り投げる。


「全員殺す」


 いずれ血の海となるであろう戦場を残して、私たちは見つからないように人質のいるという場所へ急いだ。

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