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#5 ブラザーフッド⑤ 喧騒と沈黙

「ありえないわ」


 ベランダで煙草を吸っているカミル先生は、会ったときからずっと変わらないしかめっ面で、白く長いため息を吐き出した。錬金術で成分を変えているのか、普通の煙草のような臭いは感じない。


「ていうか何? 『無意識に錬金術を使う』ですって? そんなのあたしがやりたいわよ!! はぁ、もう仕事辞めたい……」


 先生の顔から積み上がった苦労が滲み出ている……。


「いえ、無意識にって言っても、ちゃんとした薬とかを作るんじゃなくて、こう……物をぐしゃぐしゃにしちゃったりとか」


「無理無理。赤ん坊がおもちゃぶっ壊すのとはワケが違うのよ。最高クラスの錬金術師は目で見ただけで錬成できるっていうけどね、無意識はさすがにない」


 でも、ヤーラ君がわざとやったとは思えない。何か不穏な動きがあれば、ロゼールさんやマリオさんがすぐさま察知したはずだ。

 どういうことだろう。私の頭ではわからない。


 カミル先生は話は終わったとばかりに煙草を灰皿に押しつけて部屋に戻ってしまい、私も後に続いた。

 実験室で私たち2人を待っていたのは、山のように積み上がった薬品の瓶と、大はしゃぎで拍手を送るアンナちゃんだった。


「……作りすぎよ!!」


 カミル先生にどやされたヤーラ君は、困り眉をさらに困らせて首をかしげている。


「まずかったですか? 発注書に『作れるだけ』って書いてあったもので……」


「でもぉ、短時間でこんだけ作れちゃうとかマジスゴじゃね? アンナ、感動~!」


 ヤーラ君にはもう十分ポーションを作ってもらったので、協会からカミル先生が受注した仕事の一部を手伝ってもらっていたんだけど、ここまでやるとは。


「はぁ……坊や、これじゃ協会の連中を甘やかすことになるわ。あいつらはね、紙に数字を書けば、それだけの薬品が勝手に湧いてくると思ってるバカなのよ。しかも何? 今回は『作れるだけ』? 数字すら書いてないじゃない。死ねばいいのよあんな奴ら」


 先生がものすごい毒を吐くのを私は苦笑いで受け流した。アンナちゃんはゲラゲラ笑っている。


「それにね、あなたがこんだけ頑張ったら、連中次はあたしに同じ量を期待するわよ。そんな仕事クソ食らえよ。それの4分の1だけ頂くわ。ありがとね」


「え、待ってください。残り4分の3は――」


「ショップでも開いたら?」


「キャハハ! マジウケ~!」


 ショップなんて言われても……私、在庫管理とかできる気がしない。そういう問題じゃないか。


「冗談よ。知り合いのお店紹介してあげるから、引き取ってもらいなさい。良い値段がつくと思うわ」


 カミル先生はそのお店の場所と名前を紙にメモしてくれた。ここからはちょっと離れているみたい。ちら、と託された薬の山を見る。


「……これ、全部お店まで持っていけるかなぁ」


「ああ、大丈夫ですよ」


 ヤーラ君は鞄からいくつかの石を取り出してテーブルに並べた。あれは<魔石>だ。魔力を蓄積することができて、魔道具の動力源として使われる。


 何をするんだろうと眺めていると、彼の細い手から魔法陣が広がり、瓶の山が光の粒子となって魔石に集まり――消えた。


「え!? 何、今の?」


「物体を魔力に変えて魔石に収納したんです」


 錬金術ってそんなこともできるんだ……すごい。

 私があっけにとられていると、カミル先生が顎を撫でながら少し怪訝そうに呟いた。


「あなたの錬金術、どこで覚えたの?」


「え、その……父さん、から……です」


「……そう」


 ヤーラ君の顔には明らかな暗い影が差していて、カミル先生も短い返事で話題を打ち切った。


「そういえば」


 カミル先生はあえてなのだろう、自然な感じで切り出した。


「今日は中央広場でちょっとしたお祭りが開かれてるらしいわよ。ついでに2人で楽しんできたら?」


「いいなぁ~。アンナもヤーきゅんとデートしたぁい」


「あんた仕事残ってるでしょ。患者ほったらかして何やってんのよ」


「だいじょび! あの膝の下3等分されちゃった人はぁ、ちゃんとくっつけたから!」


 ひ、膝の下3等分!? 聞くだけで痛々しいけど、あっさり「くっつけた」なんて……。アンナちゃん、やっぱりタダ者じゃない?


「アンナさんは手足の欠損も治せるんですか」


 ヤーラ君も驚いたのか、噛んでいた爪をぱっと離した。


「そだよ~。あ、でもぉ、こないだ魔物に腕食べられちゃった人はぁ、腕残ってなかったからムリぽよだったけどね~」


「そうですか……」


 お祭りでおいしいものでも食べようと心躍らせていた私は、その話で若干心を挫かれた。



  ◇



 カミル先生の紹介してくれたお店はお爺さんが1人でやっている古い店舗で、先生の紹介だという私たちを珍しがっていたが、大量の薬品を丁寧に査定して引きとってくれた。


 予想を上回る収入を得た私たちは、お祭りで賑わう広場の喧騒の中にいた。たくさんの屋台や露店が立ち並び、人々の興味を引きつけて虜にしている。私も例外ではなく……。


「ヤーラ君。何か食べたいものとかある?」


「いえ、エステルさんのお好きなものでいいですよ」


「ほしいものとかは?」


「エステルさんが必要なもので」


「……行きたい場所とか」


「エステルさんが――」


「もーっ!! 私はヤーラ君の希望が聞きたいの!! 私ばっかり楽しんじゃ意味ないでしょ!!」


 私が大人げなく大声を出すと、ヤーラ君は諭すように優しく微笑んだ。


「本当に、いいんですよ。エステルさんが楽しんでくれれば、僕も嬉しいので」


 ……なんて穢れのない美しい笑顔。完敗です。ヤーラ君のほうが精神年齢が上です。


「えと……じゃあ私、クレープ食べたいんだけど」


「いいですね。行きましょう」


「ほ……ほんとにいいの? 私が決めちゃって」


「ええ、全然。エステルさんもお仕事大変でしょうから、息抜きしてください」


 おかしいなぁ。私がヤーラ君を労う予定だったんだけど。年下の子にこんなに気を遣われるなんて……まあいいか。クレープ食べたいし。



 ただでさえ人の多い帝都だけど、今日は特に過密状態だ。道を埋め尽くす人込みの中を歩くだけでも一苦労。時折通行人にぶつかってしまうこともあり――


「いってぇな! テメェ何すんだコラァ!!」


 ぶつかると面倒な人に出会ってしまうこともある。最近私、チンピラ遭遇率高くない?


「おい女! どうしてくれんだ。落とし前つけろや!!」


 大げさに眼玉をひん剥いている男は、今時珍しいモヒカン頭をカラフルに染めた奇怪な見た目をしていた。

 ちらっと横目でヤーラ君を伺うと、別に怯えている様子はなく、いっそ面倒くさそうな顔をしている。


 とりあえず、モヒカンは私に用があるみたいなので、職員の証である腕章を見せた。


「私、勇者協会の者です。魔族と戦うのはもちろん帝都の治安維持に動くこともありますので」


「なっ……!? チッ、協会の連中かよ」


 モヒカンは態度を一変させ、ぶつくさ文句を言いながら去って行った。まあ、協会がチンピラ退治に動くことなんてほぼありえないと思うけど。


「ヤーラ君、大丈夫だった?」


「全然平気ですよ。エステルさん、ありがとうございます」


 ゼクさんのときもそうだったけれど、ああいう怖い人に対する物怖じはしないタイプらしい。


 一難去って目的のクレープ屋さんに行ったとき、さっきのモヒカンが列に並んでいるのを見て噴き出しそうになったのは、また別の話。



 私たちは広場のベンチに座ってクレープを堪能した。


「おいしかった~!」


「喜んでいただけて何よりです」


「……ヤーラ君ってほんと大人びてるというか、私よりしっかりしてない? もっとワガママとか言っていいんだよ?」


「牢屋から出たくないって言ったのは、十分ワガママでしたよ」


「あれは違うよ。あなたが望んだことじゃないでしょう? ……どうして、出たくないなんて言ったの」


「……」


 ああ、嫌なことを聞いてしまったかもしれない。彼が爪を噛んでいるのを見てそう察する。


 少し気まずい沈黙を、辺りの賑わいがかき消してくれる。店員さんの元気な発声、楽しげな恋人同士の話し声、若い夫婦になだめられる赤ちゃんの泣き声。


 お兄ちゃんが帝都を発ったあの日を思い出す。私が一番うるさかったはずなのに、よく覚えているのはお兄ちゃんの柔らかい声。


 ――ふと隣を見ると、ヤーラ君は両手で頭を抱えて苦しそうに息をしていた。

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