#27 聖剣の勇者のように⑤ ちぐはぐヒーロー
大きな街ともなれば、泊るところも広くて綺麗だ。観光客の姿もちらほら見える宿を2部屋借り、そのうちの一室に私たちは集まっていた。なお、酔い潰れたレオニードさんとゲンナジーさんは仲良くベッドに寝転んで、うーうー唸っている。
「結局、あんまり役に立つ情報は集まりませんでしたね……」
「そうねぇ~。被害者に共通点はないし、肝心の証言はあんまり参考にならないし~」
「えっ」
いつそんな話を聞いていたのか、ラムラさんは煙管を片手に何でもないことのように続ける。
「被害者は老若男女バラバラで、男性のほうが負傷はひどかったみたい。証言もめちゃくちゃで、犯人は男だの女だの、若者だの老人だの、単独犯だの複数犯だのって」
昼間、屋台の人と話し込んでいるのは見かけたけれど、ここまで詳しい情報を集めてくれているとは思わなかった。けれど、当の彼女はあまり気乗りしていないふうだった。
「まぁ、これじゃ~犯人の目星なんてつけようがないし~。時間がかかるのは覚悟したほうがいいわね~。場合によっては助っ人追加も視野かしら~」
「確かに、こういうのはマリオさんとかスレインさんの領分って気がします」
「はぁ~~っ!?」
ベッドの上で溶けていたレオニードさんが、跳ね返るように飛び起きる。
「あんな人形野郎とスケコマシ野郎の助けなんざ必要ねぇ!! このレオニード様が華麗に解決――うっぷ」
「先輩、水飲んでください」
普段より大人しいヤーラ君も、こういうときだけは長年染みついた習慣のようにレオニードさんの世話を焼く。チャンスかも、と私はさりげなく切り出した。
「ヤーラ君はどう思う?」
「え? えーと……やっぱり魔族の仕業だと思うんですけど、計画性もないし目的も不明瞭なので、単独で行動している愉快犯的な魔族なんじゃないかって……」
おお、と密かに感心した。物思いに耽っているように見えて、しっかりと考えてくれているようだ。
「なんだおめぇ、アタマ良さそうなこと言いやがって」
「マリオさんならそう考えるかなって」
「はぁーッ!? 何よアナタ、そんな男にうつつ抜かしちゃって!!」
「気色悪いです先輩」
2人の息ピッタリなやりとりに、一気に空気が緩んでいく。
「これで事件のことを理解してないのは、ゲンナジーだけになったわね~」
「んー……んぉ? オレもわかってるぜぇ。あのサカナ揚げたやつ、めちゃくちゃウマかったよなぁ!」
完全にずれた返答をする彼に、誰も詳細を説明することはなかった。
「とりあえず、今夜は戸締りに気をつけて、明日また頑張りましょ~ってことで」
まとまりきらない話を無理やりまとめたラムラさんは、煙管をトンと叩いて吸い終わった灰を出す。
「エステル、何かあったら俺を呼べよ。光の速さで助けに行ってやるぜ」
「ありがとうございます」
レオニードさんに軽く礼をしつつ、ヤーラ君の物憂げな横顔をちらと見送って、私もラムラさんの後について部屋を出た。
ラムラさんはのん気な顔をして用心深く、私たちの部屋のドアや窓に鎖のついた錠前を設置し、外から開けられたら音でわかるようにベルまで取りつけて「これで安眠できるわね~」と微笑んだ。私もこれならレオニードさんの助けはいらないかな、とちょっと安心して眠りについた。
だけど、朝になって事件は起こった。
私を助けてくれるはずだった勇敢なレオニードさんが、ベッドから忽然と姿を消していたのだ。
◆
勇者たるもの、魔族に攫われた姫を果敢に助け出すのが責務というもの。だのに、自分がとっ捕まってしまうとは何事だ、とレオニードは二日酔いの頭で誰にともなく文句をつける。
「オイ、コイツで合ってるんだろうな?」
「うん! でも、あのちっちゃい子のほうがミカは好きかな~」
「こいつのほうがいい腕試しになりそうだ。強ェんだろ?」
「オマエラ、まだ目的を理解してない……!」
しかも、敵というのが一風変わっている。もう少し悪役らしくしてくれたほうが倒し甲斐があるのに、と縄でぎっちり締め上げられて反撃の余地もない状況でそんな考えが浮かぶ。
今、目の前にいる敵は3人。全員ツノが生えていて目が赤い、魔人だ。しかも女のほうは先日道端でぶつかった覚えのある奴で、なるほど人間に擬態して人ごみに紛れていたのだ。ナンパが成功していたらもっと危なかった。
「で? で? この人間どーすんの? 殺すの?」
「仲間の勇者を釣るエサにもなる。尋問して人間界の情報を吐かせてもイイ。一応聞く。ここには何人で来た?」
ピリついているような尖った目がレオニードの顔を覗き込む。
「……ああ? そりゃあもう、何百というカワイコちゃんを引き連れてよ」
へらっと笑ったレオニードの頬を、細長い脚が鞭のように打ちつけた。
「ツマラン冗談はいらん。これ以上フザケるようなら、もっと痛めつける」
「縛り上げた相手を3人で囲んで蹴っ飛ばすのが趣味なんですかァ? 魔族ってぇのは陰気臭くて卑怯な連中だな。クソカッコ悪いぜ」
「キサマ……!」
「まぁまぁ、セト君よう」
背の高い男がニヤつきながら間に入る。レオニードはこの男の記憶はなかったが、妙にむかつく奴だと思った。
「そんなら、縄解いて俺とバトってみてくれや。それなら卑怯じゃねぇだろ?」
「カイン!」
「そうピキんなって。どうせ俺からは逃げられねぇんだし、言われっぱなしもムカつくじゃねぇか。な?」
この男は相当自分の腕に自信があるようだ。レオニードも黙ってはいない。売られた喧嘩は買うのがチンピラの流儀である。
「縄解いてもらえんなら俺も歓迎だぜ。もちろん一対一だよな?」
「ああ、勝負は公平だ。……いや、お前一応手負いだから、まだフェアじゃねぇな。よし!」
掛け声と同時に、男は自分の頬を殴った。かなり力を入れたことは、その音の響き方から嫌でもよくわかった。
「これでいいだろ?」
「や~~~ん、カイくん素敵!」
魔族全員が変わってるのか、この男がたまたま変なだけなのか、レオニードには判別がつかなかった。
◇
重く落ち着かない足音が部屋の中を往復し、吐き出される白い煙が忙しなく揺れる後ろで、ガリガリと爪を噛む音が鳴り続ける。
「ど、どうすんだよぉ! レオニードの奴、魔族に攫われちまったのか!? どこにいやがんだぁ!?」
「落ち着きなさいよ。居所なら、少し考えればすぐにわかるわ」
「どこだ!?」
猛獣のように食って掛かるゲンナジーさんに、ラムラさんはいつもより気が滅入っているような表情で、この街の地図を広げる。
「敵が魔族でヤーラの言う通り愉快犯なら、そこまで凝った隠れ家は用意していないはず。わかりやすくひと気のない場所を選ぶわ。で、被害者の発見場所から考えると――この辺り」
マニキュアの塗られた爪が、地図上のある地点をとんと突く。
「よっしゃ、行くぜぇ!!」
「待って! 居場所がわかったとしても、その先が問題よ。敵が何人いて、どんな手を打ってくるかもわからないし……」
「じゃ、どーすんだよぉ!!」
ラムラさんは目を細めて深く煙草を吸い込み、ため息みたいに煙を吐き出した。
「今の戦力で、魔人を相手にするのはさすがに厳しいわね。隙を見てレオニードだけ救出するか……」
「どうやって助けんだ?」
「……」
具体的な策は思いついていないらしかった。袋小路に追いつめられていることは、ここにいる全員が理解しただろう。
そこで初めて、爪を噛む音が止んだ。
「僕が…………戦えれば、なんとかなるかもしれない……ですよね」
私たち3人の視線が、小さな少年に集中する。どうやって戦うのかなど、聞くまでもない。でも――
「戦うったって、あんた……」
「わかってます。うまくいくかわからない、けど……他に方法がないのなら」




