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#5 ブラザーフッド① チンピラと真人間

 後ろには背にピタリと貼りついた壁、視界のすぐ右には逃げ道を塞ぐように伸ばされた腕、眼の前には――短い金髪をツンツン跳ねさせて、荒々しい目をひん剥いているいかにもなチンピラの顔。


 まさにこれから面談を控えている私は、なぜか廊下で怖い人に絡まれていた。


「<ゼータ>とかいうパーティのリーダーって、テメーだよなぁ?」


「は……はい……」


「ケッ。なんでこんな弱そうな女がリーダーやってんだ」


「私が聞きたいです、ハイ」


「んなこたーいい。単刀直入に言うぞ。ヤーラを返せ」


「……え?」


「ヤロスラーフ・イロフスキーだよ!! テメェんとこにいるだろうが!!」


 左手で壁をドンと叩かれ、ひっ、と私は身をすくめる。


「あ、はい、でも……なんで――」


「理由なんかどうでもいいだろうが!! あいつは元々俺らのパーティにいたんだ。返せっつって何が悪いんだ、あぁ!?」


「す、すいませんっ!!」


 怒気のこもった凄みのある声を浴びせられて、思わず謝ってしまう。白目に怒りの赤い筋を走らせたその顔は痛いほどの真剣さがみなぎっていて、どうしてこんなに怒っているのかと不安になってしまう。


「何をしている」


 救世主が現れた。


「職員への暴行は協会規定違反だ。ライセンス剥奪処分もありうる」


 救世主ことドナート課長は、厳然と私を脅している男に詰め寄る。ていうかこのチンピラ、勇者だったのね。


「パーティメンバーを勝手にブンどるのは規定違反とやらじゃねぇのか?」


「明確な理由がある場合の除籍は認められている。それに、彼女に他パーティへのメンバー移籍を決定する権限はない。諦めろ、レオニード」


「……チッ。協会の犬どもが」


 レオニードと呼ばれた男は、捨て台詞を残して去って行った。


「びっ……くりしたぁ~。課長、助かりました。ありがとうございます!」


「気にするな。ところで、<ゼータ>の進捗はどうだ? 全員一通りクエストはこなせたか?」


「えーと、最後の1人が、ようやくあの牢屋から出てきてくれました」


 それがさっきのレオニードというチンピラ男が返せと要求した張本人だったものだから、私は急に足取りが重くなってきていた。



  ◇



 チンピラに絡まれた分に加えて、いつもの面談室とは違う場所で会う約束だったためにちょっと迷ったせいで、時間が大分遅れてしまっていた。

 急いでドアを開けると、ガタッと椅子が揺れる音がした。


「ごめんなさい、遅くなっちゃって」


「にっ……二度と来てくれないかと思いました……」


 そんな大げさな……と苦笑しかけたが、冷や汗を流して顔面蒼白になっているその小さな少年を見ると、どうやら冗談ではなさそうだった。


 付き添いをしてくれた衛兵さんにはかなり心配をかけてしまったようで、去り際に謝意を伝えた。

 2人きりになったところで、改めて居心地悪そうに背を丸めている少年を見る。


 ヤロスラーフ・イロフスキーことヤーラ君は、弱冠14歳にして腕利きの錬金術師。


 濃い茶色の髪は長めの襟足のあたりに癖があり、前髪に少し隠れた眉はいつも八の字に垂れていてちょっと頼りなさげな印象を受ける。

 私よりもだいぶ小柄な背丈は年齢よりも幼く見えるが、10代で錬金術を扱えるという技能もあってか、言動はむしろ大人びている感じがあった。


 今日はその技術を披露してもらうということで、協会本部の実験室に来てもらった。普段は専属の錬金術師が使っているのを、特別に許可を貰って借りている。

 部屋は意外と綺麗に片付いていて、実験器具や素材などが棚にきっちり並べられている。


「それで、あの……ポーションをいくつか作ればいいんですよね?」


「うん。お願い」


 当初から外に出たがらなかったヤーラ君だけど、何度も何度もお願いし倒し、最終的に「ポーションを作ってくれるだけでいいから」と懇願したところ、やっとあの牢屋から出てきてくれたのだ。

 実際うちのパーティにはヒーラーがいないので、回復薬を作ってもらえるのは非常にありがたかった。


 袖丈をだいぶ余らせたローブから出たほっそりした手が、棚からいろいろな道具を取り出していく。道具や素材の大きさや種類ごとに丁寧に並べていて、その生真面目な性格が伺える。



 ヤーラ君については、ロゼールさんやマリオさんと違って悪い噂は特になく、スレインさんも高く評価していた。


『彼は歳のわりにしっかりしていて礼儀正しく、「あのパーティで唯一の真人間」だと言われていたな。ただ、几帳面すぎて細かいところにこだわるきらいがあるが』


『唯一……?』


『ああ。一度話したと思うが、<エクスカリバー>だ。ゼクのいた<アブザード・セイバー>と似てどちらかというと荒っぽい雰囲気のパーティだな』


『<エクスカリバー>っていうことは、Eランクですか?』


『いや、正式名称がやたら長くてな。Aランク――いや、Bに降格したんだったか。Eランク時代からの名前を積み上げて、確か……なんだ……そう、<アビス・ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>だ』


『はい!?』


『違うな。今はBランクだから、<ブラッド・カオス・ドラゴン・エクスカリバー>だな』


 長っ!! どういうセンスしてるの!? 確かに真人間じゃない!

 私なら999%名前とランクを間違える自信がある。仕事で見かけた覚えがないのは幸いだった。


 ……ん? 待って。その<エクスカリバー>のリーダーって、もしかしてさっき私に絡んできた――


「ぶふっ!」


「ど、どうしました?」


「ご、ごめん、なんでもない。ただの思い出し笑い」


「はあ……」


 もしその長ったらしい名前をつけたのがあのレオニードさんなら、案外怖い人じゃないのかもしれない。というか、イタイ人?

 そう考えるとなんだか親近感が湧いてきて、そんなに悪い人ではないのでは、と思い始めてきた。


 なんて1人で和んでいる間に、ヤーラ君はすでに非常に慣れた手つきで作業に取り掛かっていた。


 まず薬草を細かくして、水を入れた鍋に入れて煮込む。できた液体をフラスコに入れて、それから……なんかこう、色のついた別の液体と混ぜて……あ、何あれ。粉? 粒? ……よくわからない物質を入れて、火にくべる。


 フラスコを火から下ろすと――おおっ。瞬間的ではあったけど手から魔法陣が出現して、液体が綺麗な水色になった。


「できましたよ。とりあえず5人分ですね」


「あ、ありがとう」


 ほぼすべての工程でミリ単位で分量を量りながら、1日でショップ開ける量のポーションを作れそうなほどのペースの早さ。これだけで、ずぶの素人の私にもヤーラ君が相当優秀な錬金術師であることがわかる。


 除籍事由は『能力の制御が困難』だということだけど、本当に問題があるのは能力ではなく内面的な部分ではないか――と、スレインさんも考えていた。


『ヤーラの父も錬金術師だったそうだが――実験で危険生物を生み出してしまったらしく、両親とまだ幼い弟が殺されてしまったらしい。そのショックをまだ引きずっているのかもな……』


 14歳の少年にとって、家族がいないというのはどれだけ心細いことだろう。あの臆病さや自信のなさはそこから来ているのかもしれない。


『そのときに助けてくれたのが、<エクスカリバー>のリーダーでな。そのままパーティに勧誘して、実の弟のように可愛がっていたそうだ』


 ……んん? ということは、さっきのレオニードさんって、ヤーラ君の命の恩人で兄貴分ってこと?

 ただのチンピラかと思っていたけれど、実はすごくいい人なのかもしれない。「返せ」と凄んできたのも、何かわけがあったのかな。


 ヤーラ君を怖がらせちゃうかもと思って言わなかったけど、そういうことならレオニードさんのことを話してみよう。


「ねえ、ヤーラ君。実はさっき、レオニードさんに会ったんだけど――」


 バリン、と派手な音を立ててガラス片が飛び散る。


 フラスコを滑らせた手を震わせながら、ヤーラ君は真っ青になった顔と怯えたような目を振り向けた。


「……せっ……レオニードさん……ですか?」


「え? う……うん」


「な……何か、言ってましたか? 僕のこと……」


「あ、いや……ちょっと、挨拶しただけ」


「そう、ですか……」


 その後、動揺したせいかヤーラ君の作業効率が目に見えて落ちてしまったので、その日は打ち切りにした。

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