#4 友達想い⑧ 新しい友達
晴れ晴れしない気分のまま帝都に帰ってきた私は、クエスト達成の報告のためにそのまま本部に赴いた。ずっと不機嫌そうだったゼクさんはさっさと牢屋に戻ってしまい、マリオさんだけが付き添いで来てくれた。
事務的な報告を終えると、黙って聞いてくれていたドナート課長が静かに切り出した。
「少々確かめたいことがある」
眼鏡を押し上げる手に隠れて、課長の表情はよく見えない。
「その村の住人から、村人たちを大勢殺したという訴えが来ている。本当か?」
さして驚きもしなかった。
あの惨劇の後の、生き残った村人たちは冷たかった。親を殺された子供たちがほとんど半狂乱で泣き喚いていたのは私も心を痛めたけれど、運よく死を逃れた大人たちが私たちが悪いと言わんばかりに非難を浴びせてきたのはやるせなかった。
苦言を呈してきた村長にゼクさんが掴みかかって怒鳴り散らし、マリオさんがエバさんの動機をつらつら説明すると、みんな苦虫を噛み潰したように黙ったけれど。
「みんなねぇ、もう手遅れだったんだよ。殺すしかなかったんだ。しょうがないよね」
マリオさんは何事もなかったかのような気楽さでわけを述べる。
「村人が異形にされたのは聞いている。だが、その被害を受けていない女性が死んでいるのは?」
「エバのこと? 彼女は魔人のレケル君に協力してたんだ」
「……最近多いよなぁ、<魔族派>。人間のくせに、連中の味方する奴」
そばで聞いていたレミーさんが、独り言のようにぼやく。知らなかった、魔族の味方をする人間がいるなんて。
「わかった。俺もお前たちが悪いとは思っていない。こちらで何とかしておく。……さて、エステルだけ残ってくれ。話がある」
「はい」
「外で待ってるねー」
マリオさんは手をひらひらさせながら席を外す。その気配がなくなった直後、レミーさんがいつになく真摯な面持ちでそばに寄ってきた。
「……なあ、エステルちゃん。悪いことは言わねぇ、あいつだけはやめとけ。知ってんだろ、イカレちまってんだよ」
私はマリオさんが悪い人だとは思っていない。でも、レミーさんの忠告にも違和感はなかった。
ロゼールさんの言った通り、私は<ゼータ>から誰も外す気はなかった。けれど、今までの人たちと違って、マリオさんは本当にわからない。何もとっかかりがない。ただずっと笑っているだけで、怒ることも泣くこともない。
念を押すように、課長が眼鏡をクイッと上げる。
「<ブリッツ・クロイツ>のリーダーも、奴が殺したと俺は睨んでいる。Bランクの勇者が無抵抗に魔物に喰われたんだ。そんなことができるのは――」
「……ま、死んだリーダーもクソ野郎だったけどな。俺ぁざまあみやがれって思ったけど」
「だが――あの男に、まともな善悪の判断ができると思うか?」
ドナート課長の眼鏡の奥から、私に決断を迫るような眼差しが放たれる。
◇
心に靄がかかったままマリオさんと合流すると、どうしても今やりたいことがあるとかで、家に寄らせてほしいと頼まれた。まだみんな監視なしで自由に動くことができないから。
マリオさんの家は必要最低限のものだけが配置されている殺風景なところで、無駄がないといえばないけれど、どこか寂しい感じもする。
ただ、部屋の四方八方を囲むようにびっしり並べられている人形たちだけが異質だった。
彼はまた新しい人形を作っていた。木を人型に削った簡素なもので、顔の部分に丁寧に絵を描いている。本当に、器用だな。
「これ、みんな名前があるんですよね」
「もちろんさ」
並んでいる人形たちの中には、いつか名前を紹介してもらったのも何体かまじっている。特に、目立つところに大事そうに置かれている子には覚えがあった。
「お気に入りなんですか? クラリスちゃん」
「うん。一番最初にできた友達なんだ」
「へぇ……。今作ってる子は何ていうんですか?」
「君も知ってるはずだよ」
不思議に思って、製作途中の人形の顔を覗き込んでみる。
眼鏡をかけた、清楚な女性。私の記憶の中に、そっくりの人間がいる。
「これは、エバなんだ」
息を呑んだ。頭のほうから血の気が引いていくような感覚。
固まった首をゆっくり動かして、もう一度、壁に並んでいる人形たちを見回す。1つ1つ、顔も形も違っている。
この人形たちは、全員――
「今回は人数が多いからね。覚えてるうちに、早く作らないと」
起伏のない声が、ぽとりと床に転がった。
ああ、マリオさんは自分が殺した人間――いや、「友達」を、こうやって人形にしているんだ……。
いつも笑顔で誰とでも友達になりたがる、感情のない狂った殺人人形。
――本当に? 改めて人形たち1人1人の顔をじっくり確かめるように眺めていくと、本当に丁寧に造形されているのがわかった。
「あの、クラリス……さんって、どんな人でした?」
「クラリス? ああ、とても綺麗な子だったよ。病弱で部屋からほとんど出られなくてね。ぼくの芸を面白がってくれたよ。だから、いつも見せてあげることにしてるんだ」
思い返せば、マリオさんが芸を披露するとき、彼女はいつも最前列の真ん中に座っていた。
「クラリスは友達をたくさん欲しがっていたんだ。友達の友達は、友達だろう? だから、ぼくがたくさん友達を作れば、クラリスの友達も増えるんだよ」
「……なんで、その子を――」
「仕事だったんだよ」
ずっと張り付いていた笑みが、ふっと消失した。
「彼女の姉が親の遺産の取り分を増やしたいからって、ぼくらに依頼したんだ。ぼくが担当になったから、首を絞めて殺した」
切れ長の目をこちらに向けず、淡々と喋る。でも、恐怖は感じない。
彼は今、自分が殺し屋だったことを自ら明かした。証拠を残さない暗殺集団<サーカス>の一員だったかもしれない人物が。
「……ぼくのことは、<ゼータ>から外してくれて構わないよ。ロゼールにも嫌われてるしね」
「嫌です」
自分でもびっくりするほどの即答だった。
マリオさんも予想外だったのか、細い目を開けて私を凝視している。
「君の上司や同僚は、反対していたんじゃないのかい?」
「あれ、聞いてたんですか? すみません。もしかして、それで自分のことを話してくれたんですか?」
「判断材料は多いほうがいいと思って」
「じゃあ、私のためだったんですね。ありがとうございます」
「……本当に、いいの?」
「だって、マリオさんは私のこと助けてくれたし、私のために気を遣ってくれるし、あんな結果になっちゃったけど、村のために戦ってくれたし、それに――友達想い、ですから」
彼は本気で理解できていないのか、硬直したまま何の反応も見せなかった。
「ほら、クラリスさんのこともそうだし、他の『友達』の名前も顔も、特技とかもしっかり覚えてるじゃないですか。それだけ大切にしてるってことでしょう? うちのパーティ、変わった人なんてたくさんいるし、ロゼールさんは私が頑張って説得します」
殺し屋だから何? 今となっては気に留めることじゃなかった。
マリオさんは自分の意志でそうしようと思ったことはないはずだ。仕事だから、敵だから、助からないから。全部、義務感。
だから、私が「やめてください」って言えば、きっとやめてくれる。
しばらくマリオさんは顎に手を添えて、考え事をしていた。
「――そうか。反論する根拠はもうないのか」
「じゃあ、よろしくお願いしますね。私たちも、『友達』ですから」
私はマリオさんがやるように手を差し伸べてみた。
握り返してくれた手は手袋越しでもひんやりしていて冷たいし、ようやく戻ってきたいつもの笑顔もたぶん本心から笑っているわけではないと思う、けれど。
ふと、マリオさんの最初の友達と目が合う。
「……会ってみたかったな、クラリスさん」
「君とクラリスは、きっといい友達になれるよ。でも、まだクラリスのところには行かないでね」
「ええ」
できあがったエバさんが、大勢の友達に迎えられて、彼らの仲間入りをした。




