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#4 友達想い⑦ 魂なき人間

 音が止む。ゼクさんの疲れ切ったような息遣いと、依然として呻き続ける村人たちの声だけが聞こえる。エバさんは力が抜けたまま絶句していて、マリオさんは不気味なほど落ち着き払って呻き声の主たちを眺めている。


「レケル君が死んでも何も変わらない。本当に、なすすべがないみたいだ」


 彼の表情から、声から、一切の温度が消えた。


「じゃあ、仕方ないね」


 びん、と糸の張りつめる音。

 同時に、縛られていた村人たちが一斉に――四肢を千切られ、肉を絶たれ、おびただしい血を撒き散らしながら解体された。


「――!?」


 何が起きたかを理解するのに時間をかけている間、地面に撒き散らされた悪臭が一気に充満していく。


 ゼクさんまでも眉をひそめてに舌打ちをしている傍ら、マリオさんは他の村人も同じように、決まった作業をするかのように1人1人始末していった。


「マ……マリオさん!?」


「大丈夫さ。彼らのことはぼくが覚えてる。悲しむことはないよ、誰だって死ぬんだから」


 ――その笑顔は、最初に会ったときからずっと変わらないままだった。


 『人格に問題あり』

 その文言が頭をよぎる。彼はいつも笑顔だった。楽しいときも、悲しいときも――人を殺すときも?


 無理して笑っているわけじゃない。悲しみをこらえているわけじゃない。今思えば、楽しいときの笑顔も、本当は楽しんでいなかったのかもしれない。


 感情がないんだ。人形のように。


 マリオさんは――モーリス・パラディールは殺し屋「マリオネット」だ。

 これほど無感情に人を殺すことができるなんて、それを生業としていたという以外に納得できる理由がない。


 哀れな死体の山を築き上げた殺し屋は、三日月のような目を最後の1人に向けた。


「や……やめて!! この人だけは!!」


 エバさんが悲痛の形相でパブロさんの前に立つ。マリオさんはまったく表情を変えない。


「それはもう君の夫じゃない。パブロの魂は天国に行ったんだよ」


「わかってます!! でも……でも……」


 助けを求める叫び声も虚しく、パブロさんだったものは身体を散り散りに引き裂かれ、肉片となって崩れ落ちた。噴き出た血飛沫が、残された夫人の顔をどす黒く染め上げる。


「ひ……ひどい……」


 彼女の膝が、地面の血だまりの中に沈む。


『もし俺に何かあったら、妻のことを頼んでもいいかい?』


『ダメそうなら、俺を見殺しにしていい』


 パブロさんの顔も声も、私の脳裏に鮮明に蘇る。普通の人間として、確かに生きていた姿が。


「――あはははっ!」


 耳を疑うような、乾いた笑い声。


「面白いこと言うなー。『ひどい』なんて」


「何がおかしいっていうの!!」


 エバさんは怒りに任せるように叫ぶが、マリオさんは不思議そうに眉尻を下げて――驚くべきことを言ってのけた。



「村人たちを殺したのは、君じゃないか」



 時が凍りつく。


 マリオさんは真っすぐに、殺人者だと認定した相手を見つめている。口角は上がっているけれど、その瞳は無機質でぞっとするほど冷たい。


「ど……どうして私が……?」


「演技はもういいんだ。君はレケル君の協力者だったんだろう? そうでなきゃ、パブロが最初に隣に寝ていたはずの君を襲わなかったのは、変じゃないか」


 そういえば。エバさんとパブロさんは同じ寝室にいたはずだ。なのに、パブロさんは私を襲った。エバさんが来たのはその後だ。


「それだけじゃないよ。ぼくはちゃんと覚えてるんだ。昼間、君はクッキーを焼いてぼくたちに配ってくれたね。動物の形の。ぼくら3人――ゼクは寝てたっけ。2人にはウサギのやつ。他の村人にはクマのやつで、大人が色の濃いほう、子供が薄いほうね」


 配るクッキーにまで注意を払っていた彼の観察力には驚嘆するしかない。


「それで、死んじゃったみんなの顔を全部見たんだけどね。――全員、色の濃いクッキーを食べた大人ばかりだったよ。あれに、レケル君の血を混ぜていたんだね?」


 さっき、レケルは自分の魔法を「血を飲ませる」と説明していた。

 大勢の人間に、気づかれないようそれができるのは――



「やっぱり、バレちゃいましたか」



 さっきまで悲しみに暮れていたはずの夫人は、けろっといたずらっ子のように笑っていた。あまりの豹変ぶりに私は言葉を失い、ゼクさんまで驚きに見張った目を彼女から離さない。


「マリオさんが来た時点で、もうバレちゃうかなーと思ったんですよ。さすがですね」


「いや……君もすごい。ぼくらは後手に回ったわけだからね」


「な、なんでですか? エバさん……旦那さんまで巻き込んで……」


 口をついて出た疑問は、あまりにも淡白な笑顔で返される。


「本当は、パブロは殺すつもりじゃなかったんですよ。だけどあの人ったら、つまみ食い常習犯だから」


 昼間にキッチンで話していたときとほとんど変わらない調子だったのが、いっそう不気味だった。


「それで、動機ですか。そうですね、こんな村滅びればいいって思ったんです」


「どうして……」


「弟さんのことかい?」


 すでに推論が組み上がっていたのか、マリオさんはほとんど確信していたように言い、エバさんもそれを予想していたかのように頷いた。


「弟は病死したと言いましたが、あれは嘘です。正確には、病気を理由に薄汚い小屋に隔離されて、みんなから蔑まれて、それを苦に自殺したんです。感染るようなものでも、死ぬようなものでもなかったのに……。――その小屋っていうのが、実はあれです」


 彼女が指差したのは、レケルが潜んでいて、さっきの戦いでほぼ全壊してしまったあの小屋だった。


「弟が首を吊っていたのも、あれです。今の家は元々私たち姉弟のものだったのに、夫の両親が弟を追い出して乗っ取ったんです。だから、最初に殺しました」


 平坦に並べる言葉の奥に、よほどの深い憎しみが隠れている気がした。


「どうです? こんな村、滅んじゃえばいいと思いませんか? でも、子供たちに罪はないので。人間のクズみたいな親も始末してあげたし、立派に成長してくれるといいですけど」


 確かに、村の人たちがしたことは最低だ。人を自殺に追い込んでしまうなんて。


 でも、それでも――こんな仕打ちが正しいとは思えない。弟を失ってこんなことをしてしまったエバさんも、もう魂がなくなってしまったのかもしれなかった。


「私はもう満足です。さあ、どうぞ殺してください」


「じゃあ、ぼくがやってあげるよ」


 人を殺すと宣言したマリオさんの声音は、ふわりと夜風に飛んでいきそうなほどに、軽い。握手を求めるときと同じように、笑顔でゆっくり歩み寄っていく。


「――!」


 視界の隅にキラリと反射する何かが見えた。

 エバさんの手にいつの間にかナイフが握られていて、マリオさんに襲い掛かろうとしていた。


 だけど、一瞬の間に煌めく刃はマリオさんの2本の指に挟まれていた。


「悪くない不意打ちだけど、視線と手の動きでわかっちゃうから気をつけてね」


 子を諭すような場違いなアドバイスを添えつつ、ナイフを持っていないほうの左手をぐっと引き寄せる。

 途端、奇襲に失敗したエバさんの身体が浮き上がった。


 彼女の細い首元には、幾重にも束ねられた糸が溝のように深く食い込んでいる。地面から離れた足は何度も空を蹴り、両手の指は巻き付いた糸の束を引っ掻いて爪痕を刻んでいく。


 マリオさんは苦しみにもがくエバさんの下に近づいて、微笑を貼りつけた顔を上げた。そして、白い手袋に包まれた手をすっと差し出す。


「友達になろうよ。君が死んじゃう前に」


「……っ」


 首に食い込んだ糸を必死に外そうとしていた右手が、その手を掴む。


「君のことは忘れないよ、エバ」


 握られた右手以外が、だらんと地面に向かって垂れ下がる。

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