表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
227/412

#24 カタストロフ⑧ ウェスタン・ギャング

 ヴォルフガング・ヴォルケンシュタインは「白狼」と呼ばれる剛強無双の傭兵の息子だった。

 父の「白狼」が<ウェスタン・ギャング>で「エース」にまで上り詰める中、うってかわって臆病な彼は、いつしか「狐」と揶揄されるようになった。


 白狼のいる傭兵団を率いていたのが、1人のホビット――ファース・ヘイマンスである。彼はホビット庄の平和維持のためにかの傭兵を雇ったのだが、内紛を起こしてファースともども追い出されることになり、そのまま「最果ての街」へ流れ着いた。


 ファースはすぐさま<ウェスタン・ギャング>に白狼たちの戦力を売り込んで取り入り、組織内でも信頼を得て相談役として確固たる地位を築いた。

 しかし、それでキングやジャックの派閥に睨まれ、右腕である白狼を始めとする部下たちを失うことになった。


 その後、キングとジャックが魔族によって消され、<勇者協会>に身を潜めることにしたのだった。

 「エース」の座を引き継いだ狐とは秘密裏に連絡を取り合う予定だったのだが、ゴロツキにズタボロにされているところを偶然発見し、これはだめだと協会に引き込むことに決めたのだ。


 狐は、本来なら父譲りの戦闘能力を持っているはずだった。が、生来の気弱な性格ゆえにいざ喧嘩となるとすくみ上ってしまうのだ。

 そこでファースは、自分の号令で条件反射的に戦闘モードに切り替えられるよう訓練したのだった。



「あなたにまだ冷静さが残っていると信じて警告します。ヴォルフは――『狐』は、ボクがやめろと言うまであのままです。相手が死ぬまで、敵が誰もいなくなるまで戦い続けます。あなたがたが強いのは知っていますが、ここでお互いに消耗するのは得策ではないでしょう」


 平身低頭<ゼータ>におもねっていた副支部長の面影はなく、街の一大組織を束ねるアウトローの姿だけがそこにあった。スレインは彼に足蹴にされたまま、目だけで抗議する。


「我々の要求は1つ、『邪魔をするな』――それだけです。協力してくれるのなら大歓迎ですが……」


 紳士然とした声は、じわりと低く、威圧的になる。


「これ以上オレの街を荒らすようなら、いないほうがマシだ」


 ギャングのボスとしてのファースは、静かながら有無を言わさぬ圧を纏っていた。だんだんとスレインは抗う意志を削がれていく。身体中の傷がここにきて無理を訴え始める。

 それを察してか、ファースはゆっくりと足をどけて、また丁寧ながら冷淡な口調に戻った。


「その傷で、それ以上動かないほうがいいでしょう。連絡用の魔道具がありましたね? 貸してもらってもいいですか。すぐ返します」


 スレインは大人しく<伝水晶>の指輪を外した。ファースは「どうも」と短く礼を伝え、使い方を説明するまでもなく誰かに通信を始める。


『スレイン? ……じゃないよね、たぶん』


 聞こえてきたのは、マリオの平板な声だった。


「ファースです。今こちらをお借りしています。ゼクさんとスレインさんを見つけましたので、迎えに来ていただきたく……。ああ、2人とも傷だらけですので、回復薬のご用意もお願いします」


 後ろでゼクと狐の喚き声が響くが、マリオはまったく動揺する気配がなかった。


『わかった。そっちに行く前に、ちょっとわかったことがあるんだけど……いいかな?』


「ええ、どうぞ」


『雨だよ。すべての元凶は、雨だ』


 ファースは傘越しに、空から降り注いでくる粉ほどの細かい雫の群れを見上げた。


『ソルヴェイにも調べてもらったんだけどね、この雨に「Q」と同じ成分が混じってるらしいんだ』


「……雨に?」


『そう。こっちは効力が弱いみたいなんだけど、長時間浴びてれば精神作用は出てくるみたい。それでみんな冷静じゃなくなってたんだね。まあ、ぼくは薬あんまり効かないから助かったけど』


 つまり、魔族は薬物として「Q」を流通させつつ、似たような効能のある薬品を雨に混ぜてじわじわと街の住民たちを蝕んでいたということだ。<ゼータ>も雨の中を出歩いていたはずで、そんな中でエステルが殺される幻影を見せられたのだとしたら――今の破滅的状況も頷ける。


 しかし、雨に薬品を混入させるなど、こんな大それた芸当をいかにしてやってのけたのか。


「解毒剤のようなものは用意できますか?」


『雨のぶんならすぐに、ってソルヴェイが言ってたよ』


「そうですか。では、回復薬と一緒に持ってきていただきます。その雨の絡繰りも、エステルさんのことも、ボクらでなんとかします」


 その名が出た瞬間に、大人しくしていたスレインも、取っ組み合いの最中のゼクもキッと顔を上げる。ファースは冷ややかな一瞥を返すだけで、また通話に戻る。


「では、そちらは合流優先で動いてください。何もなければ失礼します」


『うん、ありがとう』


 素直に受け容れたのは、マリオだけだった。


「てんめ……ドチビ!! 勝手に決めてんじゃ……」


「あなたがたでは役に立たないと言ってるんです。この雨のせいで、まともにものが考えられていない。まずは休んでいてください」


「……る、せェ!! 俺が――」


「邪魔をするなと言ったはずだ」


 その脅迫的な口調と連動するように、狐は激しい唸り声でゼクの怪力を押し返す。


 追い打ちをかけるように、灰色の雨霧を裂いて、何人もの人影がファースの下に馳せ参じる。

 彼らは<ウェスタン・ギャング>のいわば精鋭兵で、その中にはゼクとスレインもよく知っている顔があった。


「やっほ~~~!! ボスがボスしてんの超ひっさびさ!! それでそれで? 誰殺せばいいの~~?」


「あんまりはしゃぐな、フレッド」


「はぁ~~い」


 無邪気な兄は子供のように飛び跳ね、クールな弟はゆっくりと煙草に火をつける。


「戻っていただけて安心しましたよ。俺じゃ荷が重かった」


「苦労をかけたな、トニー」


「いえ。……そいつらはどうするんです?」


「やっちゃう? やっていい? やらせてよぉ~」


 青犬は静かに鋭い眼差しを向け、赤犬は嬉々として尻尾をぱたぱたさせている。ファースの一声で、この2人はすぐに強力な戦闘員へと変貌するだろう。狐1人に押し負けそうになっているゼクは、歯ぎしりをするだけだった。


「……ヴォルフ、そこまで」


 そこで狐は力を緩める。猛々しさはそのままに、剥き出しの牙から低い唸り声を漏らしている。


「我々はこれより魔族の根城を突き止め、街を立て直す。雨には濡れないように」


 ファースは踵を返し、ギャングたちの真ん中を堂々と歩いていった。荒くれ者たちは訓練された兵隊のようにその背中についていく。


 立ち迷う葉巻の煙だけが残され、2人の勇者はただただ呪われた雨に打たれるだけだった。



  ◆



 店主が逃亡してひと気のなくなった酒場を、ギャングたちが占領している。統率のとれた無法者たちは、中心にいるボスに意識を集中させている。彼を小さなホビットだと侮るものは、1人もない。


「……つまり、雨に薬品を混ぜる方法を考えたのはドクター・クイーンで、それを魔族が転用したんだと思う」


「街の人間を無差別にヤク漬けにしようってか。イカレてるな」


 青犬の呟きにギャングたちは共感を示すが、ファースだけは重々しい顔つきで黙っていた。


 クイーンに関しては、キングとジャックが念入りに秘匿していたため、ファースたちの中で彼女のことを知っている者は誰もいなかった。ただ彼女が組織を抜けた後は<勇者協会>に身を隠したのでは、という噂を聞いただけだ。


「で? で? どーやって敵探すのさ。この雨じゃ、においもわかんないよ?」


「まず雨をどうにかする。手がかりは協会で拾う」


 淡々と質問に答えたファースの顔を、赤犬はわざとらしく覗き込む。


「もしかしてぇ……ボスはクイーンを見つけたの?」


 ファースが静かにうなずくと、ギャングたちの顔に緊張が走った。


「お前たちは街を回って敵の居所を探れ。オレはヴォルフと協会に行く」


「いっ!?」


 もうとっくに臆病な狐に戻っていた彼は、隅の方で縮こまっていたところに急に指名を受けて、肩を跳ねさせた。


「お、俺が行っても大して役に立てないっすよぉ……? 旦那だけで事足りるんじゃあ……」


「だめだ。来い」


「う……うす。ちなみにその、誰が……なんです?」


 ファースはそれには答えなかった。青犬の言う「イカレたドクター」には、彼も思うところがあったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ