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#24 カタストロフ① 霧雨の街

 出立のときには珍しく日が差していた「最果ての街」も、帰る頃には霧雨に煙って見慣れた灰色に覆われていた。


 「街の存続に関わる事件が起きている」――ファースさんからそんな緊急の連絡を受けてとんぼ返りしてきた私たちは、雨に濡れながら街の様子を観察してみる。人々はいつも通りのようで、どこかピリピリしているふうにも見える。


 時折聞こえてくる、不穏な噂。

 誰かが麻薬を捌いている。誰かが薬か何かでおかしくなった。誰かが殺された。

 <ウェスタン・ギャング>が水面下で動いているのではないか。「ドクター・クイーン」が見つかったらしい――


 何が起きているのかなんとなく察した私たちは、黙って支部のほうへ足を速める。



 中に入ってすぐ、私たちの到着を待っていたらしいファースさんが出迎えてくれた。


「ああ、よかった。お待ちしていました」


 こんな事態で当然といえば当然だが、繕った笑顔の下から気苦労が滲み出ている。けれど、同時に何とかしなければという責任感や覚悟のようなものが根底に据わっている気がした。


「それで……何があったんですか?」


「端的に言いますと、街に『Q』が流通し始めて、急速に拡大しています。うちの職員にも、1人出ました」


 思わず息を呑んだ。以前ギャングが拡散させた危険な薬物が、街全体に広まっている。


「その職員さんは、大丈夫なんですか?」


「少し錯乱気味で、やむなく拘束しています」


「出所は魔族ですよね。その人は何か言ってましたか?」


「……それが、どうも妙な情報も流されているみたいで」


 ファースさんは何か言いにくそうな顔をしている。

 先を促そうとしたところに、別の来客が飛び込んできた。


「いたぁ――――ッ!!」


 玄関口で私を指差して叫んだのは、ルゥルゥさんだった。いつになく不機嫌そうな彼女は、ずんずんと私のほうに寄り、大きな足音のリズムに合わせて文句をぶつける。


「どう、いう、こと、ッスか!? <勇者協会>さん!?」


「な、何の話ですか?」


「『Q』ッスよ!! あんな頭ぱっぱらぱーになる薬物広めて!! そりゃあ、お客様が多少アホでいらっしゃるほうがこちらも都合がいいとこはあるッスよ? でもね、話通じないレベルのヤク中増やしてもらっちゃ、商売あがったりッス!!」


「落ち着いてください、私たちは何も……」


「とぼけても無駄ッス。うちの店襲ってきたバカから聞いたんスからね! 『Q』の製造者である『ドクター・クイーン』を協会で匿ってるって!」


「……え?」


 あまりにも突飛な話に、誰もが絶句して沈黙が流れる。ただ1人、ファースさんだけがさっきの覚悟の色を濃くした真剣な面持ちで、静かに釈明を始める。


「ルゥルゥさん、それは誤情報です」


「ほほー、根拠は?」


「『Q』を流通させているのは魔族だと、我々の調査でわかっています。クイーン云々は、魔族が自分たちから目を逸らせるために流したデマかと」


 半信半疑といった顔で腕を組んでいたルゥルゥさんは、少し考えこんで、ぱっと腕を離した。


「副支部長さんがそうおっしゃるなら、信じましょう。魔族が黒幕だっていうなら、早くとっ捕まえてくださいよ。それが皆さんの使命ッスもんね?」


「もちろんです。そちらも……襲撃されたと言ってましたが、大丈夫ですか?」


「久々にうちにちょっかい出す自殺志願者が見れて、結構面白かったッスよ」


 あまりにもたくましい<サラーム商会>に私はつい苦笑してしまったが、ファースさんは真摯な顔を崩さない。


 あっさり引き下がったかに見えたルゥルゥさんは帰り際、いつもの何を企んでいるかわからない笑顔で、さらりと爆弾を置いていった。



「じゃあ、『ドクター・クイーン』がソルヴェイさんだっていうのは嘘! ってことでいいッスね!」



 その名前を聞いて、即座にファースさんのほうに視線を向ける。


「……ボクは信じていません。彼女はそんなことをするような人じゃない」


 私もだ。聞いた話では、ドクター・クイーンは「Q」のような薬物を作り出して危険視されている人だという。ソルヴェイさんがそんな人だとはどうしても思えない。


 ……とはいえ、ソルヴェイさんは薬品はもちろん魔道具の開発まで手掛ける技術があり、浮世離れしていて謎が多いイメージのある人だ。よく知らない人からは疑いの目を向けられてもおかしくはないのかもしれない。


 どうすればいいんだろう。意見を求めようと仲間のほうに視線を送ると、腕を組んでいたスレインさんが応えてくれた。


「この事態を作り出したのは、十中八九ヨアシュたちとみて間違いないだろう。その『Q』を入手したという職員を当たれば、手がかりが掴めるかもしれない」


「そうですね。じゃあ私が……」


「ぼくも手伝おうか。ヤーラ君にも来てもらっていいかな」


 マリオさんがそう申し出てくれて、指名されたヤーラ君も小さく頷いた。この2人がいれば、嘘の話に騙される心配はないだろう。


「その間、私とゼクで街の見回りに行こう。ゼクもカッカしているようだからな」


「ぶっ殺す!!」


 スレインさんの言う通り、ヨアシュたちの影が現れ始めたせいか、ゼクさんはいつも以上にいきり立っていた。


「ロゼールは……」


「適当にぶらぶらしてるわ。暇だし」


「……そうだな。そうしてくれ」


 とにかく魔族の情報を集めて、ソルヴェイさんへの誤解を解く。その方針はみんなわかってくれているはずだ。

 ずっと硬い表情をしていたファースさんは、私たちの話し合いを聞いてか少し緊張を緩めてくれていた。



  ◇



 この人はいつも明るく挨拶をしてくれる人だ、とその顔を見て瞬時に思い出した。お酒好きで、元気のないときには「二日酔いだから」と照れたように笑っていた。

 そんな彼が今、土気色に淀んだ顔でベッドに縛られている。


「うぉ……ああぁ……クスリ、クスリくれぇ……」


 身をよじらせながらうわごとのように繰り返す彼は、どう見ても正常ではない。


「やあ、ぼくと友達になろう」


 マリオさんは平生の陽気さで挨拶し、縛られた右手を掴んで握手を交わす。


「君が欲しがっている薬は、誰にもらったのかな?」


「ドクター・クイーンだ……あいつは、ギャングの仲間だったんだ……早くよこせ……」


「どこで彼女に会ったんだい? そのときの状況は?」


「うぅぅ、早くくれぇ……気がおかしくなっちまう……!!」


 2、3質問を投げかけたが、彼は薬を求めるだけで答えようとはしてくれない。ヤーラ君がそっと手を触れて首をかしげる。


「……薬はほとんど抜けていると思うんですが……後遺症のようなものが残っているんでしょうか」


「嘘は言ってないみたいだし……彼がどの程度正気なのかわかれば、妄想かどうか判別がつくと思うんだけど」


「エステルさん、話しかけてみてもらえますか?」


 私は頷いて、目玉がひっくり返りそうになっているその顔を見ながらどう声をかけようかと考える。


「あの……お疲れ様です。私のこと、わかりますか?」


「あぁぁ、頭がぶっ飛びそうだ……は、は、は、早く……」


「……。この間……思い切って高いワインを買ったって聞きましたけど、どうでした?」


「……ワイン……ワイン――そうだ、あれは……高ぇわりに死ぬほどマズくて、別のを飲み直したんだ……。結局、ひでぇ二日酔いになって……あの女がよこしたんだ、あの薬を!! あいつはどこだ、どこにいる!?」


「落ち着いてください! 本当にソルヴェイさんだったんですか? どうして『クイーン』だと……?」


「あいつが自分で言ったんだ!! それで、『欲しくなったらまたやるよ』って、ニタニタ笑いながら……!! クソ、クソ、ぶっ殺してやる!!」


 拘束具で縛られた手足をじたばた動かしながら、彼は叫ぶ。なだめようとしても無駄だった。その様子は明らかに嘘をついているふうではなかった。

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