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#4 友達想い③ 人形劇

 私たちを招いてくれたご夫婦の家は2人暮らしにしてはそこそこ大きめで、年季は入っているものの中は掃除が行き届いていて綺麗だった。

 中に通された私たちは広々としたテーブルに案内されて、コーヒーまで出してもらった。


「ケッタクソの悪い村だぜ。助けてやる気も吹っ飛びそうだ」


 背もたれから大きくはみ出た身体で椅子をギィギィ揺らしながら、ゼクさんがぼやく。家主であるパブロさんやエバさんのほうがお客さんに見えるくらいの寛ぎっぷりだ。


「本当にすみません。みんな神経質になっていまして……」


「エバさんが謝ることじゃないですよ。無理もないことですし」


「ありがとうございます……。でも……勇者様方にとってみれば、私たちも魔族かもしれないんですよね」


「いや、違うと思うよー」


 マリオさんが出されたコーヒーをゆったりと味わって、きっぱりと否定する。この人たち、人の家にお邪魔してるっていう気兼ねとかないのかなぁ。


「なんだよ、テメェが言い出したんだろうが」


 ゼクさんの強面で睨まれても、マリオさんはぴくりとも動じない。


「うん、言ったよ。でも、みんなの反応見たら違うかなって」


「反応だ?」


「こう、周りを疑うような感じ。自分が魔族だったら、自分が疑われないか心配するでしょ。そういう人は1人もいなかったよ」


「……そんな目ぇ細ぇくせによく見てやがんなぁ」


「あはは、よく言われる」


 ゼクさんの失礼な物言いに私のほうが辟易しつつ、気になったことを聞いてみる。


「あの場にいなかっただけ、ということはないですかね」


「自分を倒しに来た勇者を視察しに行かないってことはないよ。隠れてぼくらを見てたんじゃないかな」


 なるほど……。マリオさんは冷静に周りを観察して、敵の行動を推測しているんだ。のん気そうに見えて、かなり抜け目のない人だ。


「いやはや……頼もしいな、勇者様がいると」


 パブロさんがしみじみそう漏らすと、エバさんも頷いて同意する。


「私たち夫婦2人暮らしですから、安心します」


「そういえば、この家は元々5人で住んでたんじゃない?」


 マリオさんが表情1つ変えずにさらりと言い当てると、夫婦2人は同時に目を見開いた。


「どうして、それを……?」


「ぼくたちに出してくれたこのカップ、お客さん用じゃないよね。デザインもバラバラで、ちょっと欠けてたりして使い込まれてる。以前ここに住んでた人のものじゃないかな」


「確かにそうだ。俺の両親と、妻の弟がいた。……実を言うと、最初に魔人にやられたのが俺の両親なんだ。朝起きて2人ともいなかったから、散歩かと思って外に出てみたら――ああ、思い出したくもない」


「心配すんな。テメェの親の仇見つけたらな、今度は俺が奴の手足引きちぎって目ン玉抉りぬいてやるからよ」


 ゼクさんがコーヒーをズズズと啜りながら、恐ろしいことを予告する。パブロさんも返答に困って微妙な表情を浮かべていた。


「エバの弟さんっていうのは?」


 ちょっと聞きにくいようなことでも、マリオさんは声色を一切変えない。


「それは……魔人とは関係ないですね。数年前に、その、病気で……」


 エバさんの伏せた目に悲哀の色が滲む。きっと、仲のいい姉弟だったんだろう。


 改めて、マリオさんのゆるりと構えた横顔を見る。童顔で人懐こそうな見た目に反して、かなり理知的に物事を考える人なんだ。

 そう考えると、感覚派のロゼールさんとは相性が悪いのかもしれない。そこまで嫌わなくても、と思うけど。


「そうだ。もう1つ言い忘れてたことがあったよ」


「は、はい」


 夫婦2人も私もぐっと身構える。今度は何が来るのだろう、何か重要なことが――


「ぼくと友達になろう!」


 私たちは一斉に脱力した。


「テメェ、それいい加減にしろや!!」


「マリオさん、せめて旦那さんいらっしゃる方にはやめましょうよ」


「そっかー」


 2人はきょとんとしているけど、ごめんなさい、私もこの人まだよくわからないんです……。



  ◇



 私たちは魔人が動き出す夜に見回りをすることに決めた。

 ということは、昼間は暇というわけだ。木陰で居眠りしているゼクさんみたいに、私も仮眠をとっておくべきなんだろうけど――村の広場のほうが気になって、少し遠目に眺めていた。


 マリオさんが村の子供やなんかを集めて、お得意の人形芸を披露しているのだ。


 本当は間近で見たいけど、今日は村の人たちに譲ってあげたい。私はいつでも見せてもらえるし、この悲惨な事件の起こる中で少しでも楽しい気分になってもらいたいからだ。


 わっと拍手が起きたり、子供たちのはしゃぐ声が湧き上がって、遠くからでも退屈はしなかった。


「このヨリックはとてもバランス感覚がよくて、皿回しが得意なんだ。こっちは君たちと一緒に見てくれるお客さんで、ウィニーとローダと、それからクラリス」


 恒例の名前紹介のコーナーが始まっている。ていうか、クラリスちゃんいつもいるなぁ。固定ファンみたいな扱いなんだろうか。


「にーちゃん、これはー?」


 子供の1人が、バッグの中から別の糸繰人形を出している。


「それはダンスが上手なヘクター。音楽があれば踊ってくれるんだけど」


「俺、ギター弾けるぜ」


「本当? 一緒にやろう!」


 マリオさんは嬉しそうに、声をかけた村人に自分のギターを貸している。


 演奏が始まる。ギターは決して上手とは言えないけど、その不格好さがかえって心地よかった。マリオさん――いや、ヘクター君はうまく合わせているみたい。一緒にノリ出した子供の下手なリズムの取り方が、なんとも可愛らしい。


「タイミング、悪かったですかね」


 苦笑交じりの声に振り返ると、カゴにたくさんのクッキーを入れたエバさんが立っていた。


「わあ、おいしそうですね!」


「みんなに配ろうと思って焼いてきたんですけど……。よろしければ、お1つどうぞ」


「ありがとうございます!」


 エバさんから渡されたクッキーは、可愛いウサギの形をしている。一口かじると、サクッという歯ごたえにほんのり甘い風味が口の中に広がった。


「おいしー!! おいしいですよ、これ!」


「そう言っていただけるとありがたいです」


 エバさんは遠慮がちに微笑むと、その柔かい目線を向こうの賑わいの中へ移した。


「……久しぶりですよ、こんなにみんなが楽しそうにしているの。勇者様のお陰です。あんなに多芸な勇者様は珍しいですけど。何かそういったご経歴が?」


「ああ、えーと……サーカス団にいたそうです」


「変わったお方なんですねぇ」


 この和やかな雰囲気の中で、あまり思い出したくなかった。マリオさんが殺し屋だったかもしれないということ。


 あんなに人が好さそうなのにと思う一方で、殺し屋なら外面はそう振舞うものかもしれないと疑いが強くなったり。あの洞察力や妙な冷静さも、そういう仕事で身につけたのかも、とか……。

 いや、変に仲間を疑うのはよくない。証拠もないのに。ダメダメダメ……。


 マリオさんたちのセッションは大盛況で終わったらしく、エバさんがクッキーを配りに行っていた。

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