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#20 ダーティ・ゲーム⑨ 相容れない2人

 これほどの逆転劇は、カジノが始まって以来類を見ないことだったのだろう。見物客たちの歓声はそれを演出したロゼールに惜しみなく浴びせられた。陰で舞台を動かしていたマリオは静かに笑っている。

 一方で大損を被ったリーズは黙っておらず、力任せにテーブルを叩いて抗議する。


「やっぱりイカサマよ!! こんなこと、あるわけないわ!!」


「……俺ははっきりとはわからなかったが――ディーラーの手つきが若干怪しいように見えたぜ」


「青犬様、私は何も……信じてください!」


 言ってはみたもののあまり確信はなかったのか、青犬はそれ以上追及しない。今度はその鋭い目をロゼールやマリオに向けた。


「あんたらに限って、カジノと組んでイカサマで稼ぐってことはなさそうだが……何もしてねぇってことはないだろう。こうしよう。俺は誰のイカサマも咎めねぇ。だが何があったか正直に説明するのが条件だ。どうだ?」


 いい落としどころだと納得したのか、傍観を決め込んでいたマリオが前に出る。


「じゃあ、最後のやつだけぼくが説明しようか? ディーラー君もわかってないでしょ?」


 やっぱり何かしていたのか、と卓についていた全員が視線を集中させる。


「まずそのデッキ。新しく箱から出したふうに見せてたけど、実は元から高ランクのカードが下半分に集まってたんだ。で、シャッフルしたふりをしようとした。こうやって」


 マリオはデッキの中身をいったん扇形に開いて見せてから、素早くシャッフルする――が、次にまた表向きに並べたときには、まったく順序は変わっていなかった。


「本当は上半分をロゼールに、下半分をリーズに配る予定だったんだよね? こんな感じで」


 まずはゆっくりと、デッキの底にあるカードを1枚配ってみせる。動作を素早くすると、上から配っているのか下から配っているのか区別がつかなかった。


「だけど……ぼくはディーラー君にちょっと細工して、高ランクの部分を上に持ってきて、そこだけ普通にシャッフルさせたんだよね。あとは順当に上から配ってもらったんだ」


「……それだけ?」


 ロゼールはもっと何か仕込んでいると思ったのか、不思議そうに首をかしげる。


「うん。あのロイヤルストレートフラッシュは君の運だよ」


「あら……。ギャンブルの神様は私に微笑んだみたいね?」


 冷たく笑いかけるロゼールを、リーズはただ睨み返す。

 青犬は事の究明を優先してか、デッキの中身を精査している。


「確かに、上半分は10以上のカードしかねぇな……。それで? 親友、お前どうやってディーラーを操り人形にしたんだ?」


「精巧なマリオネットは指の1つ1つまで動かせるようになってるものさ」


 つまり彼は、糸をディーラーの指に絡ませて操っていたらしい。変態の所業ね、とロゼールは呆れつつも、あることに気づく。


「でもあなた、糸の魔道具は預けたはずじゃ――」


 突如、ドタドタと大勢が駆け込んでくる足音がして、カジノの客たちが悲鳴を上げた。どう見てもこの場所に似合わない服装とガラの悪さで、全員が武装していることから襲撃に来たゴロツキだろうと察しがついた。


「なんだあいつら……?」


 青犬がいぶかしがっているということは、ギャングの仲間ではないらしい。奴らが何者で何をしに来たか、直後に上がった掛け声ですぐにわかった。


「こいつらよ!!」


 あれはリーズの私兵か、と理解したロゼールとマリオの行動は速かった。

 地面から突き出た氷が大人数の武装兵の足を止めると、何人かが縛られたように動けなくなり、スパッと手足を切断される。


 不可解に思ったロゼールが脇を見れば、マリオは足首に仕込んでいたらしい小さな円盤状の魔道具から、いつものように糸を引っ張り出していた。


「……いつ作ってもらったのよ、それ」


「今朝だよ。ソルヴェイは仕事が早くて助かるね」


 <ゼータ>の2人が暴れている間、青犬は客を避難させることに徹し、事は収束する――はずだった。



   ◇



「カジノで大勝ちしてよぉ、イカサマ女とその部下どもを黙らせて万々歳で終わればよかったんだが……きっかけはたぶんあれだな、マリオの奴が馬鹿正直に約束守って、そのイカサマ女の指落とそうとしたところだな」


 すっかりげんなりしている狐さんから事の顛末を聞いて、私も何があったのかだいたい想像がついた。


「それはやりすぎだってロゼールの姉ちゃんがキレてよ。言い分はわかるんだけど、わりと手加減なしで例の氷魔法ぶっ放して……マリオも怒ったのかどうかわからねぇが、ともかく反撃はした」


「ああ……」


 その場に居合わせていない私でも、容易に情景が思い描ける。どちらが悪いということではなくて、本当に、相性が悪いだけなんだろう。



 2人は現在、すぐそばの廃墟と化したカジノ跡地で大喧嘩を続けている。



 お客さんたちは青犬さんが逃がしてくれたのでそちらに被害はなかったみたいだが、襲撃を仕掛けたというゴロツキたちはみんなその辺に転がっている。彼らの雇い主であるイカサマを主導していたリーズという女性も、ギャングの人たちに連行……というか、保護されていた。


 あとは、ロゼールさんとマリオさんの喧嘩を止めるだけだ。

 喧嘩といっても、この2人になると一味違う。本当に殺す気でやってるんじゃないかってくらい容赦がない。それに――


「あなたはどうせ命さえ奪わなければ何してもいいと思ってるんでしょう!? 指を切るだのなんだのも見せしめとか抑止力だとか、理由がついてれば許されるってわけよね」


「君がエステルのために、なるべく手を汚したくないのはわかるよ。だから、目的のために手段を選ばないぼくのやり方が気に入らない。そうだろう?」


「でも遺恨が残れば後々面倒になるかもしれない。それをここで断つのはエステルちゃんのためにもなるって、そう言い訳したいんでしょう?」


「エステルを引き合いに出したのが気に障ったんだね? 恨みを買ったなら買ったで後で対処すればいいって、君は考えてるみたいだし」


 こういうとき、普通は自分の言いたいことをぶつけ合うものだと思うんだけど――この2人の場合、お互いの言い分を理解したうえでそれを言い合っている。レベルが高すぎてついていけない。


 お互い無傷とはいえ、辺り一帯は氷山みたいに凍ってるし、ところどころ見えない糸が絡まっている。

 2人を止めようとしたが、勢いが激しすぎるのと、氷と糸で足場が悪いのとでなかなか近づけず――おろおろしてるうちに、糸に引っ掛かって転んでしまった。


「いてて……」


 我ながら間抜けだなと思いつつ起き上がろうとすると、いつの間に来たのか怒った様子の老人が私を見下ろしていた。


「あれは貴様の仲間か!? 私のカジノをめちゃくちゃにしおって!! すぐにやめさせろ、さもないと――」


 脅し文句が続きそうになったところで、火花を散らし合っていたロゼールさんとマリオさんの殺気に満ちたような眼が同時にこちらに向けられた。


 カジノの所有者だったらしい老人は、あっという間に糸で地面に転がされ、手足を氷で封じられた。


「ロゼールさん、マリオさん! よかった、喧嘩はもうおしまいにしましょう!」


 2人は黙って横目でお互いを睨み合ってるけれど、もう暴れる気はなくなったみたいで、疲れたようにため息をついていた。


「……私、二度とこいつと行動したくないわ」


「ぼくもそれがいいと思う」


 いつも余裕たっぷりのロゼールさんはむすっとしてるし、マリオさんも笑顔を作る元気もなくなってしまったのか、疲労感だけが顔に残っている。


 事態を見守ってくれていた狐さんにもお礼を言おうとしたが、なぜか彼はどこかに行ってしまっていて、かわりに後ろから「おい」という低い声が聞こえて思わず飛び上がった。


「あ、青犬さん……お騒がせして申し訳ありません」


「いや……カジノ側が俺らに内密で、イカサマで儲けてやがったのがわかったしな。そこは感謝してる」


 よほど気疲れしてしまったのか、耳も尻尾もだらりと垂れていて覇気がない。


「今日の損害分はそいつら締め上げて埋め合わせる。あんたらが稼いだぶんも後日ちゃんと用意する。だから、頼む。これ以上俺たちに関わらないでくれ……」


「わ、わかりました。ご迷惑おかけしないよう努力します」


 青犬さんもファースさんみたいに苦労人体質っぽいし、この後はゆっくり休んでほしいなぁ……。

 そんな私のささやかな願いも、直後に駆け寄ってきたギャングの人の一言でぶち壊しになってしまった。


「青犬さん、大変です! 西地区のほうで、赤犬さんが大暴れしてるみたいです!」


「はぁ!? なんで兄貴が……何やってんだよ!!」


「なんか、<ゼータ>とかいう勇者パーティのでけぇ男が街を荒らしまわってて、そいつにちょっかい出そうとしてるそうです」


 私と青犬さんは頭を抱えてしゃがみこんだ。

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