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#20 ダーティ・ゲーム⑦ 獣の嗅覚

 トタン板に岩が激突したような音を響かせて、筋骨たくましい男の身体が鉄製のフェンスを突き破る。

 顔面がぐしゃぐしゃに潰れた男が派手に倒れると、会場は大いに沸いた。名も知らぬ新参ファイターに賭けてボロ勝ちしたギャンブラーはもちろん、有望な新顔を歓迎するマニアまで狂気乱舞だった。


 そんな中で、大穴だったゼクに軍資金の全額を賭けて大勝したヤーラは、乱痴気騒ぎの中でさも退屈そうに頬杖をついていた。

 賭けに勝つことはほとんど確定事項だったので、相手が死んでいないかどうかということだけ頭の隅で少しだけ気にしていた。


「おーっ! やっぱめちゃくちゃ強いね、あの人!」


 ふと、隣から聞き覚えのある高い声がして、ヤーラはそちらを振り向く。

 自分とそう変わらぬ背格好ながらも、この命懸けの大会に軽々と参加表明をした、あのニット帽の少年だった。

 目が合うと、少年はニコっと人懐こい笑顔を向けてくれた。


「こんにちは! 君はあのでっかい人の付き添いの子だね」


「ええと……フレデリックさん」


「フレッドでいいよ。君たちはこの街の人間じゃないね。においでわかるんだ。いいねぇ、外から強い人が来るのは楽しいよ、うん! でも、あのお兄ちゃんと当たるの、決勝なんだよなぁ……」


 この悪趣味な催しを純粋に楽しんでいるらしいフレッドは、どうも冗談ではなく自分が決勝まで上がることを確信しているらしい。


 ヤーラはじっとその少年を観察する。その自信がどこから湧いてくるのか、おぼろげながらわかった気がした。


「フレッドさんは、獣人ですか?」


 そう言い当てられて、彼はきょとんと目を丸めた。

 獣人の常識外れの身体能力はヤーラも見たことがある。それほどの力があれば、この残酷な殺し合いを勝ち進んでも違和感はない。


「よくわかったね。耳も尻尾も隠してたのに」


「まあ……においです」


 フレッドはからからと笑って、満足したように席を立った。


「そろそろ僕の出番かな。獣人だっていうのはあんまり言わないでね。実は、弟に内緒で来てるんだ」


 愛嬌たっぷりの笑顔で手を合わせると、ニット帽で耳を隠した獣人は別の試合会場へ向かっていった。



  ◆



 リングの上で、ゼクは次なる対戦相手を前に何とも言えぬ渋い顔を浮かべた。

 その男は猛獣のように闘争本能剥き出しで――というより完全に理性を喪失しており、白目を剥いて涎を垂らしながら血管を浮かび上がらせている。明らかに、まともではない。


 ちらりと客席のヤーラを見ると、呆れたように小さく頷いており、錬金術師の眼を使うまでもなく相手が「黒」なのは明白だった。


「おいレフェリー、こいつヤクやってんだろ。失格にしろ」


「……証拠はない」


「は? だってお前、どう見ても――」


「証拠はない」


 レフェリーは犬のように唸っている男をあえて見ないように突っぱねる。ああ、とゼクは察した。自分が勝ったら都合の悪い人間がいるのだろう。初めからフェアプレーなど期待するほうが馬鹿だったのだ。


「そっちがその気ならいいや。ちょうどいいハンデだな」


 カーンとゴングが鳴ると同時に、相手は獣のように飛び掛かってきた。ゼクは難なく懐に潜り込み、土手っ腹に拳を叩きこむ。


「ゴハァッ!! ウウウ……!!」


 薬で感覚が麻痺しているのか、ダメージをものともせず即座にゼクに反撃しようとする。

 理性を失ってかえって単純化した男の動きを読むのは容易で、軽々とかわしたゼクはならばと男の腕をがしっと掴み、そのまま身体ごと背負うように投げて地面に思いきり叩きつけた。


 動きさえ封じてしまえば痛覚がなかろうが意味はない。まだ腕を離していないゼクは、そのままぶんぶんと風車のように回し、あるもの目掛けて投げ飛ばす。


「うおらぁ!!」


 吹っ飛んだ男の身体は見事レフェリーに命中し、2人ともさっき直したばかりのフェンスをまたしてもぶち破った。


 会場は派手な演出に熱狂する声と、八百長をしてまで勝ちたがっていた連中の怒声で一層騒がしくなる。

 ゼクは自分をなじる客に向かって、ニッと歯を見せながら中指を立てた。



  ◆



 2戦連続で会場が破壊されてしまったため、修理の間ゼクとヤーラは他の場所をうろついていた。地下とはいえかなり広い空間で、粗末な燭台に灯された火が選手や客などをぼんやり照らしている。

 ヤーラはその中で、薬や飲み物の瓶を販売している場所をじっと見ている。


「『ポーション』って書いてあるけど、あれ嘘ですね。筋力増強剤もあれば弛緩剤もあります。普通の回復薬なんて3割くらいですよ」


「敵はルール違反、八百長やってくる前提でやるしかねぇってか。そんなくっせぇ手使ってくる奴に負けるわきゃねぇけどな。怪我しなけりゃ回復薬だっていらねぇ」


「水分は必要でしょう。僕が解毒しておきますから」


 世話焼きなヤーラはインチキ販売所に行ってしまい、ゼクは仕方なく待つはめになった。なにとはなしに周りを眺めていると、バタバタと数人が駆けてくる音と、人々のどよめきが近づいてくる。


 見ると、担架に乗せられた大男が数人がかりで運ばれている。その道筋にはボタボタと血が滴っており、担架の男は肩のあたりを大きく抉られていて、群衆が「何をすればああなるんだ」と青ざめるほどの惨状だった。


「……ヘェ、ちったぁ骨のある奴もいるんだな」


 床に引かれた赤い筋を前に笑っていられたのは、ゼクと――すぐ後ろに来ていたニット帽の少年だけだった。


「やあ、でっかいお兄ちゃん」


「テメェ、受付で見たな。試合はどうだった、おちびちゃん」


「この身長は遺伝なのー。さっきの人、見た? 血まみれで運ばれてったやつ」


「ああ」


 少年はタオルで念入りに顔を拭きながら、にこっと鋭い犬歯を見せた。



「あれやったの、僕だって言ったら信じる?」



 ゼクは少し黙って少年を観察する。こんなところに来る時点でただ者ではないと思っていたが、その無邪気な笑顔の中に、確かに自分と同類のようなにおいを感じ取った。


「……俺に同じことやれたら信じてやってもいいぜ」


「じゃあ、決勝までお預けか~。まあいいや、楽しみが増えた♪」


 少年は鼻歌とともにその場を後にする。

 入れ替わりで戻ってきたヤーラは、両手で瓶が詰められた袋を引きずっていた。


「買ってきましたよ。透明なのが飲用で、青いのが回復用で……うわ、なんですかこの血の跡!? ゼクさん、聞いてます? ……ゼクさん?」


 その呼びかけなど聞こえないかのように、ゼクは人込みの中に消えていくニット帽の少年の背を、ニヤリと笑いながら見送っていた。

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