#19 目覚めし太古の秘宝⑪ 小さな根性
休憩室で一服つけていたファースは、何度も丸眼鏡を直しながらアイーダが持ってきた資料に目を通す。灰皿に放置された煙草は、じりじりと火に浸食されている。
「これ……全部、本当の話ですか? 芝居の脚本とかじゃなくて?」
「支部長ご本人から聞き取りを行ったものです。不明瞭な点はありましたが、虚偽の報告はないかと」
あのエステルがこんなでっち上げなどするはずがなく、さらにこのアイーダが誤聞などするはずがなく、ファースは紙面の内容を受け入れるしかなかった。
「大昔の古代遺跡が、巨大自動人形に変身して……それを魔人が操作。これだけでもとんでもないですけど、それに勝ってしまう<ゼータ>はどうかしてますよ……」
こんな突拍子もない話をまともに聞いてくれる職員は、おそらくアイーダだけだろう。彼女に任せてよかったとファースはほっとする。
「ケヴィン・エリクセン率いる<ボーン・ヴァイキング>も現場にいたようですが、そちらはいかがいたしましょう」
「あー……そうですね。クエストの担当は<ゼータ>だけですし、報酬を出せるかどうかは……」
ケヴィンたちは財宝の話を聞いて勝手についていっただけだし、正直資金がカツカツの西方支部としては出費は控えたいところではある。しかし、彼らが納得してくれるかは未知数だ。
「その、ケヴィンさんたちはどこに?」
ともかく話し合いをしてから決めようとファースは判断したが――
「酒場です。<ゼータ>をはじめ勇者の方々と、それから狐さんもご一緒に」
「……は? なんで?」
「お酒を飲みに行ったのではないでしょうか」
そりゃそうだろう、とつっこむのを堪えて冷静に考える。
ケヴィンたちは<ゼータ>に同行したのだから、彼らのトンデモぶりを目の当たりにしているはずで、なんやかんやあって意気投合したのかもしれない。だとしたら話は早い。狐が一緒に飲みに行ってることには、もはや驚かない。
ともかくあとは彼らが帰ってくるまで待つだけだ、とすっかり短くなった煙草の火を消していると、休憩室のドアが開いた。
職員の誰かかとそちらに視線をやると、隙間からターバンの巻かれた頭がにゅっと出てきた。
「あ、休憩中だったッス?」
彼女が<サラーム商会>の関係者というだけで、ファースはみるみる青ざめる。ルゥルゥのほうは顔を見せるなり怖がられたせいか、不満そうに口を尖らせた。
「そんなビクビクしなくてもいいじゃないッスかぁ。借金の取り立てに来たわけじゃないし……今は」
意地悪な笑みを浮かべて不穏な言葉を付け足すルゥルゥに、ファースの身体はぶるっと震える。一方のアイーダはやはり無表情で、眼鏡の端を軽く押し上げる。
「応接室でお待ちいただくように申し上げたはずですが」
「あそこ、堅苦しくて苦手ッス。それに、嫌でも噂が耳に入ってくるんスよ! あの古代遺跡、何やらすごいとこだったらしいッスね?」
遠慮なくソファに座ったルゥルゥは、年相応の少女らしく目を輝かせている。
「ええ。こちらが報告書です」
ファースが先ほどまで読んでいた資料をすっと差し出すと、ルゥルゥはひったくるように手に取り、顔を近づける。
「ふむふむ……おおおっ!! あれは超古代の殺戮兵器だったんスね!? これは歴史的発見ッスよ! それで……えーと……あれ? 遺跡、崩れちゃったッス?」
「はい。跡形もなく」
「お宝とか、出土品みたいなのは……」
「報告はございません」
アイーダにぴしゃりと言い切られ、ルゥルゥはソファからずり落ちる。
「そんなぁぁ~~!! お宝、楽しみにしてたのにぃ!! ……じゃあ、あれッスか? 収穫はゼロ?」
「ボクらはクエスト達成の手当が出ますけどね」
「なんスかその言い方! そっちだってうちからの借金どっさり残ってるでしょう! とっとと返済してくれなきゃ、商会一丸となって取り立てに行くッスからね~!?」
ルゥルゥは冗談めかして言ったのだが、借金の脅威を思い出したファースは本気でビビってしまい、慌てて立ち上がった。
「いっ……今すぐ達成手当の申請手続きに行きますので!!」
「では、私も失礼します」
「頑張ってくださいス~」
ファースとアイーダはすっかり寛いでいるルゥルゥを残し、オフィスへと足を速めた。
◆
オフィスの手前まで来たところで、ファースは違和感を覚える。まず、いつも2人しかいないのに誰かが中にいる気配がする。
それから――はっきりとはしないが、何か嫌な予感があった。
慎重に中を覗くと、ソルヴェイの後ろ姿が見えた。
が、いつもの何を考えてるかわからないぼーっとした表情ではなく、どこか苛立たしげな、鬼気迫る横顔がファースの目に映る。
「ソルヴェイさん……?」
意を決して名前を呼ぶと、ソルヴェイは驚いたように振り返る。気まずそうな視線は、ファースではなくアイーダに向いていた。
ファースがその意味を理解したのは、すぐだった。
「なんですか、これ……」
アイーダのデスクに、びっしりと敷き詰められていたはずのメモ。それがほとんどすべて、びりびりに破かれている。メモだけでなく、仕事用のファイルも刃物で切り裂かれた跡があった。
そして、ペンキのようなもので大きく「人殺し」と書かれている。
「ひどい……」
そう呟いたファースは、小さな拳をぐっと握りしめた。
当のアイーダは眉ひとつ動かさず、自分のデスクを見つめている。
この惨状を最初に発見したらしいソルヴェイは、黙ってメモの切れ端を集めて復元している。淡々としているが、怒りを感じているのは明らかだった。
「手伝いますか?」
「必要ない、すぐ終わる。あんたはさっさと帰って、寝て、忘れろ」
「そうですか」
アイーダは相変わらず事務的で、感情を押し殺しているのか、本当に無頓着なのかファースには判別がつかなかった。
「アイーダさん……大丈夫ですか?」
「問題ありません」
その返答も、やはりそっけない。
「――どうせ、忘れます」
その瞬間、内側からどっと込み上げてきた激情のような何かがファースを突き動かした。
平素の温和さは消え失せ、荒々しくドアを開き、ずかずかと出ていく。
ロビーのほうでは、いつもやる気のない職員の何人かが談笑していた。
近づいてくるファースと、その後ろからついてきていたアイーダの顔を見て、下卑た笑い声が起こる。
「どーしたんですかぁ? 副支部長~」
職員の1人がへらへらと馬鹿にするように尋ねる。ファースはぐっと堪えて丁寧な口調で怒りを繕った。
「……オフィスの……備品が、故意に破損させられていたんですが……ご存じありませんか」
「へぇ? そうなんですかぁ、大変ですねぇ~」
すっとぼけた男の手に、デスクに塗ったくられていたのと同じ色のペンキがついている。
固く握りしめられた拳が、思いきり壁を叩いた。
「いい加減にしろッ!!!」
気迫のこもった怒号は、その場にいる全員を沈黙させる。
ただの小さな、無力なはずのホビットから――信じられないほどの覇気と猛々しさが放たれ、下品に笑っていた連中は一斉に居竦まる。
ファースは何を言うでもなく、苛烈な形相を崩さずに睨み続ける。その眼光の意図を察した1人が、慌てて床に手をついた。
「すっ……すみません、でした」
他の連中もそれに倣って口々に謝罪を述べる。
それを見下ろしていたファースは、低く、刺すように吐き捨てた。
「二度と顔を見せるな」
事実上のクビを宣告したファースは、一息ついて踵を返す。
そこで呆然と見守っていたアイーダと目が合い、気まずそうに頭を下げた。
「あ……すみません、出しゃばっちゃって。お見苦しいところを」
「いえ……」
その後ろにはいつからいたのかわからないソルヴェイが、珍しく笑顔を見せてファースの肩をぽんと叩く。
「あんたのメモに、『意外と根性がある』って書き足しておこうかな」




