#19 目覚めし太古の秘宝⑧ 変身
揺れが収まる頃には、さっきまで壁だったところが床になってしまっていた。強い振動が起きている間も私を抱きかかえて守ってくれていたヘロデは、ゆっくりと壁だった床に下ろすと、部屋の中央に向かう。
そこにあったのは、この部屋に入ったときに見た「壁から突き出している四角い装置」だった。この遺跡は何かのスイッチが入ると向きが変わって、あれはそのときに使うものだったらしい。
ヘロデは慣れた様子でその装置に何かをすると、そのすぐ前方に大きな画面が浮かび上がった。
そこに映されていたのは外にあった湖や森林で、視点からしてかなり高いところからその景色を捉えているようだ。
下には豆粒みたいに小さな影がぽつぽつとあって、よく見ると――
「……ゼクさん?」
いつ外に出たんだろう、別れた私の仲間と追手として尾行してきた人たちが、私とヘロデのいる遺跡を見上げている。
私が見たときの遺跡の外観からしてそんなに高度はなかったはずなので、何かをきっかけに建物全体が起き上がる格好になったんだろう。これが大昔の技術だなんて、信じられない。
残してきてしまったスレインさんは大丈夫だったろうか……心配だけど、助けに行く手段が今はない。
「行くぜッ!! <スーパーヒーロー号>、発進!!」
ヘロデがこの遺跡を変な名前で呼んで何かのスイッチを押すと、またドシンドシンと小刻みに振動が起きる。画面を見ると、ゼクさんたちとの距離が縮んでいる。
「食らえ悪党ども!! メガトン・ハンマァァ――ッ!!!」
再び技名のようなものを叫んで何か操作した途端、ぐらっと一揺れして外から大地が抉れるような音がした。
私は床に尻餅をつきつつ、なんとか画面を目で追う。視点はさっきよりも低く、地面に向かって巨人の腕のようなものが伸びていた。
――いや、それは腕そのものだった。先端が、ごつごつとしているが確かに拳のようになっている。
「え? こ、この遺跡って……」
「言ったろ、こいつは俺の相棒だって」
ヘロデはニカッと得意げに笑いながら、私のほうを見る。
「<スーパーヒーロー号>は、超巨大な自動人形なのさ!」
◆
地上に戻ってきたゼクたちは、さっきまで遺跡だった「それ」を見て一斉に目を見開いた。
要塞のような形をしていた建造物は、地下からずるずると出てきた四肢を伴って、雲を突かんばかりの巨人に変身してしまった。
理解が追いつかないまま唖然としていると、巨人はその天まで届く塔のような腕を振り上げて、大地を叩きつけてきた。ゼクたちは慌てて回避したが、クレーターのように陥没した跡を見て、ケヴィンの仲間の何人かは震えあがっていた。
「な、なんだよあの化物……!?」
「に、逃げようぜ……殺されちまう!!」
もちろん、中にエステルたちを残してきている<ゼータ>の4人に「逃げる」という選択肢はない。
森の中に身を隠しながら、4人はそれぞれあの巨人を倒す手段を考えていた。
「あれは、巨大なゴーレムと考えればいいんでしょうか……魔力を使って動いてるみたいですが」
「ぼくらを狙ったのは意図的な行動かな。誰か――おそらく魔人が操作してるんじゃないかと思うんだけど」
「そうだ、あの台座の部屋にあった装置……あれがこの巨人の操作盤なのかもしれません」
ヤーラとマリオはじっくりとその巨像を観察しながら相談する。気がはやっているゼクは我慢できずに口を挟んだ。
「結局どうすりゃあのデカブツをぶち壊せるんだ?」
「台座の部屋があの巨人の心臓部だとすれば、そこを破壊すれば……」
「心臓だな?」
ゼクは巨人の胴体をギロリと睨み、ゆっくりと背中の大剣を抜く。
「あんた、マジでやる気かよ」
ケヴィンが半ば呆れたように確認するが、ゼクは視線を動かさない。
「逃げてぇ奴は逃げりゃいい。あんなデク人形、俺がぶち壊してやる!!」
気迫のこもった声を合図に木陰から飛び出したゼクは、巨塔のようなそれに一直線に突っ走っていく。
まずは太く頑丈な脚部に力一杯剣を叩きつけた。が、崩れた欠片がポロポロとこぼれるだけで、頑丈な装甲はほとんど無傷だ。
舌打ちを1つ、続けて何度も重たい鋼鉄を巨人の足に叩き込むが、崩れる気配はない。
「外側のほうが丈夫に作られてるみたいですね」
「中から壊されないようにあの光線の罠があったのかな。だとすれば合点がいく」
ヤーラとマリオが落ち着いて分析したところで、ロゼールが身を出した。
「埒が明かないし、魔術がどの程度通るかも試しておこうかしら」
そう言って軽く腕を一振りすると、巨人の下半身があっという間に氷に飲み込まれていった。
――が、その氷はすぐにバリンと四散してしまう。
「……あら、随分お強いこと」
「いや……今のは力で破壊した感じではないですね。魔力を分解する機能があるのかも」
物理攻撃も魔術も効かない巨大な敵を前に、ケヴィンたちは距離を置きつつ隠れているだけだった。
巨人とて黙っているわけではない。頭部の目のような部分が赤く光ると、内部にあったトラップよりも数倍の規模の光線が2本、地面を焼き尽くす。全員なんとか回避したが、ますます敵に近づけなくなる。
しかし、<ゼータ>の4人はそれでも戦意を失わず、強大な敵を睨みつけていた。
◇
「ハハハーッ!! 隠れても無駄だぜ!! 食らえ、ハイパーメガキャノン!!」
ヘロデは子供のようにはしゃぎながら、この巨大な自動人形でゼクさんたちに攻撃を仕掛けている。画面に映る仲間たちは必死で戦っているが、まったくダメージが入らない。
このままじゃ打つ手がない。私がどうにか説得して、ヘロデに操縦をやめさせれば……。
「ま、待ってください! そんなにやったら、死んじゃいますよ!!」
「今いいとこなんだって! 悪を駆逐するんだ、俺はヒーローだからな!!」
「こんなの一方的すぎますよ! ヒーローはこんなことしません!」
「俺がヒーローだ!!」
ダメだ、「ヒーロー」という言葉を使ってももう通じなくなってしまった。何か別の説得方法を考えよう。
「そもそも、なんでゼクさ……あの人たちを倒さないといけないんですか? 何か悪いことをしたわけでもないのに」
「決まってるだろ。俺がヒーローだからさ! ヒーローの敵は、悪なんだ!」
「っ……で、でも、むやみに死なせちゃダメですよ」
「悪は滅ぼさなきゃいけねぇ。死ねぇ!! アーム・ハンマァァ――ッ!!」
ヘロデは私の言葉など耳に入っていないように、夢中でこの巨人に攻撃させている。外でまた大きな地響きが起こった。
「やめてください!! さっきは見逃してくれたじゃないですか!!」
「あれはだって、俺がヒーローだからさ」
「じゃあ今は、どうして……」
「ヒーローだから、悪を打ち砕くんだよ!」
ダメだ、話が堂々巡りになってしまう。私には危害を加えていないとはいえ、味方してくれるわけではないんだ。
どうしたものかと考えあぐねていると、ヘロデが不審そうな顔で私を見ているのに気づいた。
「なんだい、さっきから。君はヒロインなんだから、ヒーローを応援してくれねぇと」
「え……」
当然、私が本当に応援しているのはゼクさんたちなのだから、形だけヘロデにエールを送ってもすぐに嘘だとバレてしまいそうだ。かと言って、何もしないでいるのも……。
「もし君がヒロインじゃなかったら、君も悪ってことになるな」
どうしてそうなるのかわからない。ヘロデの冷たい眼差しを受けて、私は蛇に睨まれたように動けなくなってしまう。
嘘でもいいから味方だと言えばいいの? でも、私に嘘なんてつけない。
ヘロデがじりじり詰め寄ってくると、私も無意識に後ずさりしてしまう。
「悪なら、俺がぶちのめさないといけねぇ」
静かな声音に、背筋がぞっとする。さっきまで私を守ってくれていたことも、彼にとっては関係のないことなんだろう。
こんなところで死んじゃいけない。なんとかしないと。助かる方法は……?
「ジャスティス――」
いつもの技の名前と同時に、岩に何かが激突するような音。
しかし、私には痛みどころか傷ひとつない。
音のしたほうを振り返って、何が起きたのかを理解した私は――思わず笑みをこぼした。
「こういうのはどうだ? ここで勝ったほうが、本物のヒーローだ」
不敵に笑うスレインさんは、もうすでに、十分に、私にとってのヒーローだった。




