#18 Rainy Night⑥ JQKAJ
「最果ての街」ツアーを終えて支部に戻った私は、職員や勇者たちの雰囲気が心なしか明るくなっていることに気づいた。何かいいことがあったのかな。
ゼクさんと狐さんは途中で飲みに出かけてしまい、スレインさんはマリオさんとヤーラ君と合流して、情報の共有をすることになった。ロゼールさんはたぶんまだ寝ていて、私は出るときに放置してしまったファースさんたちの仕事の手伝いに向かおうとしていたのだけど――
「ソルヴェイさん! あれはいったい何なんですか!?」
「んー……わかんねぇ」
休んで元気になったらしいファースさんが、慌ててソルヴェイさんを追いかけている。
「どうしたんですか?」
「ああ、エステルさん。何というか、えーと……何ですか、あれ?」
「わかんねぇ」
誰もこの事態を説明できる人間はいないらしい。
「……支部長は、事務やる人?」
「へっ? あ、はい」
「じゃ、こっち」
突然ソルヴェイさんは私とファースさんに手招きして、すたすたと歩いて行ってしまう。よくわからないまま、私たちも後に続いた。
辿り着いた先のオフィスには、綺麗になったデスクに、綺麗な女性――もといアイーダさん。そして、正体不明の大きな機械だった。
「いや、ですからね。これは何なのかって――」
ファースさんの疑問も無視して、ソルヴェイさんは記入事項が空白になっている紙を1枚手に取ると、謎の機械のポスト投函口みたいになっている部分にそれを入れ、ボタンをいくつかポチポチと押す。
すると、下のほうにある取り出し口のようなところにストンと紙が落ちてくる。
拾ってみれば、紙面には必要事項が完璧に記入されていた。
『えええええええっ!?』
私とファースさんは驚きで一斉に叫んでしまうが、ソルヴェイさんはぼんやりと髪をいじっているだけだ。
「ど、どうやったんですかこれ!! どういう仕組みなんです!?」
「わかんねぇ」
「まさか、ここにあったもの、全部その機械で!?」
「わかんねぇ」
「わざわざ作ってくださったんですか!? ボクらのために!?」
「わかんねぇ」
「あああぁぁ――っ!!!」
ファースさんが頭を掻きむしりたくなる気持ちはよくわかる。
「ソルヴェイさん、あの……わかるところまででいいんで、説明してくれませんか?」
「おー……」
私がダメ元で聞いてみると、彼女はいつもの気の抜けた返事をして――
「まず読み込んだ紙面を細かいマス目に区切って、濃い部分と薄い部分の識別をするだろ。で、予め設定しておいたテンプレートのどれに該当するかを判別して、記入事項をこのボタンで指定すると、内蔵のインクがそのマス目に沿って――」
以下、装置についての仔細にわたる説明が長々と続き、私の脳味噌は例によって活動を停止した。真面目なファースさんは大急ぎでメモを取っているが、ソルヴェイさんの話すスピードが速くて苦戦している。
「――本当は文字情報を読み取れる仕様にしたほうが面倒も少ないけど……そのへんどうやるかは、まだわかんねぇ」
ああ、と合点がいった。ソルヴェイさんはおそらく頭の回転が速すぎて、自分がわからないところまでハイスピードで思考を進め、「わからない」という結果だけが言葉として出てくるんだろう。
「いや、ありがとうございます。助かります。アイーダさんにも共有しておいたほうがいいですよね、使い方」
「あー……アイーダはいいよ」
なぜかソルヴェイさんに却下されて、ファースさんは小首をかしげる。
「……どうしてです? えと、わかるところまで、端的にお願いします」
「覚えるの大変だから」
アイーダさんって、機械の操作覚えるの苦手なの? それならちょっと親近感が湧くけど、てきぱきと机上を整頓している彼女は全然そうは見えない。
私はふと、アイーダさんの自分の名前が書かれた不思議なメモのことを思い出していた。
◇
「――といった形で、今後は進めていこうと思うんですが……」
私は不在中にあったことをファースさんに説明してもらいながら、廊下を歩いていた。どうも彼がいろいろ頑張ってくれたらしく、経営は好転しているらしい。また私何もしてないけど、ともかくよかった。
ふと、視界の大部分が人影で占拠され、私たちは同時に足を止めた。
「チビ……テメェか、わけのわからねぇことしてくれやがったのは」
怒気のこもった声の主は、初日に私たちに絡んでゼクさんにふっ飛ばされた熊男。自分の何倍もある体躯の男を前に、ファースさんは縮み上がってしまっている。
「ひっ……な、な、何のお話ですか?」
「とぼけんな。俺の許しもなしに勝手に今までのやり方変えたらしいな」
「だ、だって、あなたは会議に参加してくれなかったじゃ――」
「うるせぇ!!」
ど、どうしよう。下手に私が出て、また建物が破壊されても困るし……と思っていると、後ろから大声が飛んできた。
「ああ――っ!! テメ、この、熊野郎!! ファースの旦那になにひてやぁんだコラァ!!!」
振り返ると、顔を真っ赤にした狐さんが覚束ない足取りでずんずんと近づいてきていた。
「なんだ狐野郎! テメェからぶっ飛ばしてやろうか!!」
「おおん!? テメーみてーなザコ野郎なんざ、一発で叩きのめひてやるっつの!! この、ゼクの兄貴がなぁ!!」
さらに後ろからついてきたのは、同じく赤ら顔で目の焦点が合っていないゼクさんだ。
「どしたァ!! 魔族か!! 野郎、ぶっ殺してやらぁ!!!」
とんでもない酩酊状態だが、熊男は自分を吹っ飛ばしたゼクさんに恐れをなしたか、急に威勢を失くして一歩退く。
「……チッ、付き合ってられっか!」
熊男は捨て台詞を吐いていそいそと去ってしまった。
「魔族はどこらぁ!? ぶちのめしてやっぞコラァ!!」
「おお~!! やっちまってくらはい兄貴……うっ」
泥酔しているゼクさんはまだ敵を探してキョロキョロし、狐さんは赤を通り越して青い顔になってえづき始めたので、私たちは今度は酔っ払いの対応に追われることになった。
◇
夕食後、私たちはテーブルを囲んでちょっとした話し合いの場を設けていた。
「今までの話を総合するに……」
こういうときのまとめ役は、大抵スレインさんがやってくれる。
「これまで、<ウェスタン・ギャング>は『絵札』と呼ばれる者たちが中枢にいた。ボスの『キング』、腹心の『ジャック』、研究者の『クイーン』」
マリオさんがそれになぞらえて、ダイヤのキング、クラブのジャック、ハートのクイーンのトランプカードを並べる。
「しかし、『キング』は『ジャック』に殺害され、その罪で『ジャック』も処刑された」
続いてマリオさんはジャックのカードの端でキングをひっくり返し、ジャックのほうも裏向きにぴしゃりと置く。
「次に、この3人と近しいという古参の『シルバー』が弟に殺される。彼の家には『クイーン』の秘密の研究室らしき場所があったが、そこにあったものは持ち去られていた。『クイーン』自身も数年前から行方不明」
クイーンのカードは生死不明だからか裏返されず、すっと遠くに置かれる。
「誰も残ってませんね」
絵札のなくなったテーブルの中央を見てヤーラ君が呟くと、スレインさんが「いや」と別のカードを置いた。
スペードのエース。
「<ウェスタン・ギャング>最強と謳われている『エース』というのがいるらしい。滅多に表には出てこないそうだが、この人物が代わりのボスではないかという話だ」
「確か、すごく危ない人なんですよね」
「俺がぶっ飛ばすっつってんだろ」
ゼクさんはなぜか喧嘩腰だ。ギャングの人たちと敵対するなんて、勘弁してほしいんだけど……。
「ともかく重要なのは――」
スレインさんはまた、トランプを1枚とってテーブル中央にぴしっと据える。
「一連の事件の裏では、魔族――おそらくゼクの弟、ヨアシュが糸を引いているということだ。殺人者たちを何らかの術で唆し、行方不明の『クイーン』の研究成果を盗んだ。何かよからぬことを企んでいるのは間違いない」
真ん中で不敵に笑うジョーカー。
現ボスと思われる最強の「エース」と、行方不明の研究者「クイーン」は、魔族たちとどう関わっているのだろう。
向こうがどう出てくるか、常に警戒しなくてはならない。
しかし――敵側のアクションは、予想よりも遥かに早く、しかも私たちに近い場所で起こされた。
翌朝目覚めると、アイーダさんの部屋からあの熊男の死体が見つかったと支部の中は大騒ぎになっていた。




