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#17 最果ての街⑤ 西方支部の人々

 壁の一部に人型の大きな穴が空いている、すっかりボロボロになった勇者協会西方支部の建物の前で、私は重たい気分であくびをした。


 昨日の大乱闘の後、私たちは仕方なく街の安宿で一晩を明かした。あまりいい宿ではなく、ろくに眠れなかった私は、あのオンボロの宿舎がどうにか使えるようになったと聞いて、まずは仲間と一緒にそこに向かっていた。



 ……結論から言って、宿舎は「どうにか使える」というレベルではなかった。


 新築同然の高級ホテル並みに、生まれ変わっていたのだ。



 私たちはその変貌ぶりに唖然とし、道を間違えたのかと何度も確認したほどだ。が、この大改装を1人でやってのけた人物がそこにいたことで、事実だと認識させられた。


「……あんたらが<ゼータ>?」


 ファースさん曰く「常人には理解不能な天才」だというエルフの技師――ソルヴェイさんは、とろんと垂れた目で私たちの顔を確認する。


「はい、そうです。ありがとうございます、こんなに立派にしていただいて……。これ全部、1人で?」


「あー……わかんねぇ」


「……? こんなの、1日でどうやったんですか?」


「わかんねぇ」


 確かに不思議な人だ。説明が難しいのか面倒なのか、私たちにはついていけない思考回路を持っているのか。


「部屋割りはどうなっている? まずは荷物を置きたい」


「お風呂はあるのかしら」


「キッチンの場所を覚えておきたいなぁ」


 スレインさん、ロゼールさん、マリオさんの矢継ぎ早な質問に、また「わかんねぇ」と返すのかと思ったが、そうではなく――ソルヴェイさんは「ああ」と気のない返事をして、少し広めの壁に手を当てた。


 すると、その壁にいくつもの線のような突起が浮かび上がり、あっという間に宿舎の見取り図が完成した。


「えーっとぉ……現在地がここ、居室がこれとこれと……風呂、キッチン……」


 ソルヴェイさんが見取り図に触れると、その場所を表す色のついた文字が現れる。それからトンと床を軽く叩くと――文字の色に対応したカラフルな線が、道筋を示すように浮かび上がった。


「同じ色、辿っていけばつくよ」


「す、すごい!! 何ですか、この技術!?」


「うーん……わかんねぇ」


 これを言葉で伝えてくれないのは、人類の損失だと思う。


 信じられないハイテク技術を披露したソルヴェイさんは、「じゃ」とそっけない挨拶を残して、自分の仕事場に戻ってしまった。


「よかったなぁ、方向音痴」


 茶化してくるゼクさんに、私は何も言い返せなかった。



  ◇



 街の宿のほうでは気の休まる暇もなく、ご飯もまともに食べられなかったので、綺麗になった宿舎で遅めの朝食をとることになった。


 シンプルながら清潔感のある広々とした食堂で、大きなテーブルを囲むのは私たち<ゼータ>の6人と――1人の獣人。


「うっめぇ!! なんだこれメチャクチャうめぇ!! こんなん食ったことねぇ!!」


 マリオさんが作ったオムレツやらスープやらを遠慮もなくガツガツと食べ散らかしているのは、「狐」と名乗った金髪にサングラスの若い男の人。名前の通り狐の獣人らしいが、体毛は白く、北国の出身だという。


 彼は食糧庫に侵入し、マリオさんに締め上げられて悲鳴を上げていたところに私が駆けつけたのだけど――事情を聞くと、ファースさんに助けられてここに住まわせてもらっているらしい。


 居候の身分で盗み食いなんて……と思ったけれど、なんとなく可哀想だったので一緒にご飯を食べないかと私が声をかけたのだ。



「えーと、マリオだっけ? いいダチができたぜぇ。また食いに来てやってもいいぞ! 今度はでっけぇ肉が食いてぇなぁ」


 2人はすでに、腕を捻り上げていたときに握手を交わしている。


「ぼくも友達になれて嬉しいよ、狐君。本当の名前も教えてくれると助かるんだけど」


「そりゃいけねぇ。この街じゃうっかり本名なんて名乗らないほうがいいぜ。それに通り名を使ってるほうが、なんだ……カッコイイだろ?」


 白い犬歯を輝かせる狐さんを、私とマリオさん以外は冷ややかな目で見ている。おそらくヤーラ君の中では、彼はすでに「どうしようもない人」にカテゴライズされているだろう。わかるよ、失礼だけどレオニードさんのダメなところを凝縮した感あるもの、この人……。



 朝食の時間は9割がた狐さんのお喋りで占拠され、微妙な空気で食事を終えようとしたところに、部屋の外からトトトッと小刻みな足音が近づいてきた。

 開いた扉から、ひどく慌てた様子のファースさんが現れた。


「……いたぁっ!! 狐、勝手に何をやってるんだ!!」


「ファースの旦那! なんもやましいことはしてないっすよ、俺はただ食事に招かれただけで――」


「この方々に失礼があってはいけないんだよ!! ああ、皆さん申し訳ありません。この居候めがご無礼を働いたら、容赦なく折檻してください」


「折檻なんて、そんなことしねぇよな……よな?」


 なぜか途端にニヤニヤし始めたゼクさんを見て、狐さんは冷や汗をかいている。ファースさんは彼の保護者のような役も引き受けているのかな。


「このダメ狐は早々に部屋に返します。それであの、もう1つ……非常に恐れ多いのですが、エステルさんにご協力いただきたいことがありまして……」


「私ですか? いいですよ。そんなに畏まらないでくださいよ」


「ああ、お気遣い痛み入ります」


 ファースさんがこんなによそよそしくなってしまったのは、仕方がないとはいえ寂しいなぁ……。このお手伝いでどうにか距離を縮められないかと思いながら、私は席を立った。



  ◇



 ……断ればよかった。


 私にできることなどほんの一握りしかないとはいえ、一番苦手なことが回ってきてしまった。というか、職員経験のことはファースさんも言及してたし、当然といえば当然なのだろうけれど……。


「あの、本当に、少しでも構いませんので……この書類の束を減らしていただけないかと。ボクとアイーダさんだけでは、さすがに限界と申しますか……」


「えっと……私、職員経験はあるといっても全然で」


「ああ、もちろん段取りはご説明させていただきます。ボクよりアイーダさんのほうがベテランなので、彼女に」


 きりっと目尻の上がった、端正な顔立ちの女性と目が合う。血が通っていないかのような冷たい眼差しに、思わず視線を反らしてしまった。


「では、メモのご用意を」


 アイーダさんは前置きもなく仕事の説明を始める。きっとヤーラ君みたいにマメな性格なのだろう、一から十まで余すことなくすらすらと説明され、私の鈍い脳味噌は早々についていけなくなり、フリーズした。


「……以上です。さっそくこちらをお願いします」


 私の前にどさっと置かれる白い直方体。さっさと仕事に戻るアイーダさん、声かけづらい……。ファースさんも自分の仕事に取り掛かってしまったし……しょうがない、やってみよう。



 私がミスを連発しまくってお2人の足を引っ張ることになってしまったのは、言うまでもない。


 ただでさえ仕事能力皆無なうえ、形式が本部とまるで違っているのだから、もはや素人同然だ。

 最終的にハンコを押すだけの簡単な作業を任されたのに、それですら押す欄を間違えて手間をかけさせてしまった。


「本当に……ごめんなさいぃ……」


「い、いえ! こちらが手伝っていただいてる身ですから!」


 ファースさんは気を遣ってくれるが、アイーダさんはずっと黙々と書類を処理している。


「アイーダさんも……申し訳ないです」


「作業の遅れは30分程度で済みます」


「アイーダさん、もう少し言い方を考えましょうよ。せっかくお手伝いにいらしてくださってる方なんですから、もっと仲良くやっていかないと」


 さすがに冷たいと思ったのか、ファースさんが諫めるように言う。が、アイーダさんは顔色ひとつ変えず、眼鏡の縁を持ち上げてきっぱりと言い放った。



「私は、誰かと親しくなることはできません」



 私もファースさんも、石のように動けなくなってしまった。


 有無を言わさぬ鉄のような響き。だけど、その言葉は他人への拒絶感から生まれたものではなく、もっと深刻な事情を孕んでいるような気がして――


 何か言わなきゃ、と私が口を開きかけたちょうどそのとき、ポケットが光っているのが見えた。

 それはドナート課長から受け取った本部連絡用の<伝水晶>だった。

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