#17 最果ての街④ 一触即発
さっきの廃墟みたいな宿舎からガラリと変わって、そこは派手な装飾や高級家具に囲まれた、<勇者協会>という組織にふさわしくない部屋だった。
座り心地のよさそうな、やけにサイズが大きい椅子に座っている支部長もまた、アクセサリーをじゃらじゃらとつけた「成金」というにふさわしい風貌の中年男性だ。
顔はなんだかガマガエルに似ていて、カエルは可愛いから好きだけど、この人のことは好きになれそうもない。
支部長はこちらの話など初めから聞く気がないように薄ら笑いを浮かべている。それを感じ取ったのか後ろの仲間たちは多かれ少なかれ敵愾心を露わにし、私とファースさんはその真ん中に挟まれていて、生きた心地がしなかった。
「申し訳ないが、他に君たちに貸せる場所はないし、リフォームするだけの費用もない。あの宿舎が嫌なら、別のところで宿をとってくれたまえ」
「ギャングどもにケツ振る金はあるのにか?」
ちょっとゼクさん、いつもいつもストレートすぎ!!
「君たちはこの街での生き方を知らん。<ウェスタン・ギャング>を敵に回せば命はない……これは必要経費なのだよ」
「ビビってるだけじゃねぇのか、腰抜け」
ゼクさぁん、喧嘩はダメですってばぁ……。私はびくびくしながら目で訴えてみたけれど、彼には届かなかったようだ。
「……建て替えは難しいが、補修程度ならソルヴェイに打診しておこう」
「ああ! ソルヴェイさんならなんとかしてくれそうですね」
そのソルヴェイさんという人は、支部長やファースさんの言い方からして、この支部の技師なのかな。本部でいう、ビャルヌさんみたいな。
ファースさんの安心したような顔つきで、そのソルヴェイさんはかなり信頼できる人らしいとわかった。
宿舎の件はどうにかなりそうだと思ったところで、支部長が重々しく立ち上がった。
「せっかくだ。他の勇者たちに君たちのことを紹介せねばな。君たちはここではAランクという扱いだ。他の者の模範となってほしい」
……え。
私たちがAランク扱いなのはウェッバー会長から聞かされていたけど……ここは勇者たちとて荒くれ者が多いらしく、そんな人たちが急に高ランクになったよそ者を受け入れてくれるかといえば……。
部屋を出る前に、私はダメ元で「喧嘩しないでくださいね」と仲間たちに念を押しておいた。ゼクさんは「向こう次第だ」ともっともな返答をした。
◇
来たときには閑散としていたロビーに、所狭しと勇者たちが集められている。その相貌は皆「勇者」というよりは「アウトロー」と呼んだほうがぴったりなんじゃないかと思うくらい、厳めしくて凶悪だった。
私はそんな人たちに囲まれ、じろじろ睨まれている。……もうヤダ、帝都帰りたい。
なぜか付き合わされているファースさんも、小さな身体をさらに縮めて萎縮している。なんか、ごめんなさい……。
険悪なムードの中、支部長が一歩前に出る。
「彼らが本部から派遣された勇者パーティ<ゼータ>だ。ここではAランクということになっている。皆、彼らを模範として頑張ってくれたまえ」
大げさな身振り手振りを交えて、わざと煽っているように見えた。支部の勇者たちは一層不快感を顕著にする。
「支部長、<ゼータ>でAっておかしくないスか? 本部でのランクは何だったんで?」
「本部では特殊な位置づけで、ランク設定はされていない」
「じゃあZランクか」
「ぷっ、最低じゃねーか」
侮辱するような声が聞こえるが、こんなのはもう慣れている。私は仲間たち――特に、あからさまに苛立っているゼクさんを手で制した。
みんな私が言えば聞いてくれるのだから、頑張って喧嘩にならないよう抑えないといけない。
「メンバーもザコそうだな。白髪のヤツは、まあまあか」
「白髪くん、どうしたァ? ビビってんのー?」
「……ダメですよ、ゼクさん」
ゼクさんは拳を握ってぷるぷる震えているが、私の一声で荒い鼻息をフンとたて、矛を収めてくれた。
正直、私もこんな品のない連中には少し頭に来ている。でも、手を出させてはいけない。
と、勇者たちの中からひときわ身体の大きい――なんとゼクさんよりも背が高い、熊みたいな男が出てきた。
「<ゼータ>とやらのリーダーってのァ、どいつだ」
「私です」
馬鹿にされるのはわかっていたけれど、私はあえて堂々と答えた。案の定、方々から嘲笑が飛んでくるが、負けずに続ける。
「私たちは喧嘩をしにきたわけじゃありません。偉そうに振舞うつもりもありません。あなた方に、協力しに来たんです」
熊男は口をへの字に曲げ、じろじろと私を観察する。やがて、「はっ」と小さく笑った。
「なかなか度胸あるじゃねぇか、お嬢ちゃん」
もっと罵倒されるかと思っていた私は、熊男の意外な褒め言葉に拍子抜けしてしまう。
「……どうも――」
そう言いかけた瞬間、熊男が「ペッ」と唾を吐いた。その汚い唾液は私の肩の辺りにかかり、仕事着のベストを湿らせる。
「消えな、田舎のガキが」
『ぎゃはははははっ!!』
――ああ、まずい……。
熊男の横暴には腹も立ったし気持ち悪いのだけど、それよりも私は自分の迂闊さに気づいた。自分が頑張れば喧嘩にならずに済むと思っていたものの、よく考えれば――私が原因で喧嘩になる可能性のほうが高かったんじゃないか、と。
ありがたいことに、みんなは私のことを大事にしてくれる。だからこそ、唾を吐かれたというこの行為でストップが効かなくなるくらい怒っているかもしれず……恐る恐る、振り返ってみた。
「チビ眼鏡よぉ」
「……はっ!? ボ、ボクですか?」
空気に溶け込んでいたファースさんは、ゼクさんに話しかけられて飛び上がりそうになっている。
「荷物預けてぇんだが、どこに置けばいい?」
「あ、受付で預かりますよ。どうぞこちらに……」
ゼクさんは何事もなかったかのように、ファースさんの後についてカウンターにどかっと新調したばかりの大剣を置いた。
「エステル、来い」
「あ、はい」
呼ばれて素直にゼクさんのところに駆け寄った。
あえて無視してくれたのかな? 服はあとで洗濯しておこう……と、そんなことを考えていたら、ゼクさんは入れ違いに私の後ろへ通り過ぎて行き――熊男の前で立ち止まった。
グシャッ!! と何かが潰れて砕ける音。
ドゴッ!! と壁が破壊される音。
ガラガラ、と瓦礫が崩れる音。
寸刻の間、立て続けに起こった3つの音に、私たちは理解が追いつかずに茫然としていた。
要するに――ゼクさんが熊男の顔面を思いっきり殴りつけ、その勢いで吹っ飛んだ巨体が壁をぶち抜いて、私たちの視界から消えたということで……。
ああ、終わった。
「こ、の野郎ッ!!」
支部の勇者たちは、いきり立ってゼクさんに向かっていく。
「ナメてんじゃねぇぞ、このクソザコどもがぁ!!!」
剣を預けてくれたのは私へのせめてもの配慮なのだと思う。素手でも十二分に強いゼクさんは、かかってくる人間をちぎっては投げ、ちぎっては投げと圧倒していた。
「ファース、これは私の剣だ。盗まれないよう見ていてくれ」
「これはぼくの糸の魔道具ね。名前、書いておいたほうがいいかな?」
「あ……はい、大丈夫です」
とうとうスレインさんとマリオさんまで、武器を預けて乱闘の中に入ってしまった。
スレインさんはいつものスマートさなどどこへやら、防具の硬さを利用して肘や膝を叩きこんでいる。マリオさんは滑らかな動作で敵を掴み倒し、手足を曲げてはいけない方向に折っている。
「エステルさん、大丈夫ですか? 上着、洗っておきますね」
ヤーラ君はそんな喧騒など存在しないかのように、私を気遣ってくれている。こんなメンタルが欲しい。
「どうせだから服も全部洗っちゃって、一緒にお風呂に入らない?」
ロゼールさんはカウンターに腰掛けてクスクス笑いながら、近づいてくる暴漢を氷漬けにしている。お気持ちは嬉しいんですが、今はお風呂でゆっくりする気分にはなれません……。
辺りが静まった頃には、死屍累々。
立っていたのは私たち<ゼータ>の6人と、さっきの威勢などすっかり消えて顔色を失っているガマガエル支部長と、これ以上ないほどドン引きしているにちがいないファースさんだけだった。




