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#17 最果ての街③ 恐怖のパーティ

 いつも通り2人しかいない<勇者協会西方支部>庶務課で、アイーダが機械のようにペンを滑らせている一方、ファースはある資料を見て凍り付いてしまっている。これで労働する人間が半分減ってしまった。


 本部から助っ人が来ると聞いて、助かる反面「こんな危ないところに回されて可哀想に」と半ば同情していたファースだが、こんなところに寄越される時点でそもそもまともではなかったのだ。これから来る勇者パーティ<ゼータ>の資料を確認し、そう思い直した。


 まず、ほぼ全員がパーティ除籍処分を食らったことがあり、その事由も真っ当なものではない。

 人格面の問題や偽証・傷害、果ては殺人に至るまで、なぜこんな連中が勇者をやっているのか疑いたくなるほどだ。


 それを統べるリーダーは新人職員の少女だというのだから面食らってしまう。どんな強烈な人物なのかとファースは勝手に想像してみた。小柄ながらただ者でない覇気を纏い、凶悪な連中が彼女に頭を下げている光景が目に浮かび、この街にぴったりじゃないかという結論に達した。


 今日はその恐怖のパーティが来る日で、ファースは朝からそわそわしている。



「ファースさん」


「はいっ!?」


 いまだにアイーダに声をかけられることには慣れていなかった。


「本日派遣される予定の<ゼータ>ですが、ファースさんが対応お願いします」


「え!? なんでボクが……?」


「私は来客対応が苦手ですので」


 へえ、「鉄人」にも苦手なことがあるんだ――とのん気に考えたファースだが、恐ろしい連中を1人で引き受けることになった現実を認識して、緊張感が遅れてやって来た。



 <ゼータ>と相まみえるまで戦々恐々としていたファースは、そのリーダーである、いかにも平凡で人畜無害そうな少女と対面して、今までの心配はすべて杞憂だったのだと悟った。



  ◇



 西方支部で私たちを出迎えてくれた職員さん――ファースさんは、ホビット族らしい温和な顔立ちで、きっちり真ん中分けされた前髪や大きな丸い眼鏡から、真面目そうな印象を与えてくれる。なんともこの街にふさわしくない――というのは、きっと私も同じだろう。


 ともかく、ようやく普通の人間に会えた私は一気に肩の力が抜けてしまった。

 向こうも向こうで緊張していたらしく、私がぎこちない笑顔で挨拶すると、ほっとしたように大きなベレー帽を取ってお辞儀をしてくれた。


 少し古びた建物のロビーは閑散としていて、私と職員のファースさん以外には仕事をしているのかどうか怪しい受付担当がぼんやり座っているだけだった。


 ここに来るまでにいろいろあったせいで、仲間たちは人前に出られる見た目ではなくなってしまったため、私だけ挨拶に向かった。さすがに協会で問題は起こらないだろう。たぶん……。



 一応の確認ということで、ファースさんは私の勇者ライセンスを検めている。


「……問題ありませんね。職員でありながらライセンス取得ですか、随分変わった経歴をお持ちで」


「私のは、かなり特殊な方法で取ったというか……。私なんて、職員としても勇者としても中途半端ですから」


「いや、職員経験は助かります。ここは人手が足りなくて。失礼ながら、こんな場所に来られるというのでどんな方かと……良さそうな方でほっとしました」


「それはこちらの台詞ですよ」


 ファースさんは軽く笑うと、ライセンスを丁寧に両手で渡してくれた。


「ここに来るまで、何かトラブルはありませんでしたか?」


 親切心からであろう問いに、私は窮してしまった。大ありでしたよ、なんて言ったら全部説明しなきゃいけないし……。


「ないこともなかったですけど、心配されるほどのことでは……」


「そうですか。気をつけてくださいね、こんな街ですから」


 こんな街、という言い方がすべてを物語る「最果ての街」だけど、彼のように優しい人もいて、そんな人に早々に会えた私は本当に幸運なのだろう。


 彼なら私たちを快く迎えてくれるにちがいない、と希望が見えたところで、ようやく仲間たちが戻って――


『いっ!?』


 2人して、みんなの姿を見てぎょっとした。



 トラブルが起こったのは街に入ってからすぐで、まずは近づいてきたスリにマリオさんが気づいて指を全部折ってしまった。するとその仲間がわらわら出てきて、ゼクさんが全員殴り倒した。


 さらに騒ぎを聞きつけて無関係な荒くれ者まで寄ってきて、混戦になったところをスレインさんも参戦し、最終的に面倒になったらしいロゼールさんが綺麗に仲間だけ避けて全員氷漬けにしてしまった。


 その騒動の中、ヤーラ君は何事もなかったかのように地図を見ながら協会の支部まで案内してくれた。つよい。


 ……と、そんな暴力沙汰で返り血や泥にまみれた仲間たちは、その姿のまま私たちの前に姿を現したのだ。


「服!! 洗ってきてくださいって言ったじゃないですかぁ!!」


「どこで水場借りれっかわかんなかったんだよ!!」


 私の倍のボリュームでゼクさんが怒鳴りつけ、ファースさんの小さな肩がびくっと跳ねる。わかりやすいくらい、ドン引きされていた。


「あ、あ、あの、皆さんに使っていただく場所は、い、今からご案内しますので……!」


「ファースさん、大丈夫です! みんな、あれでもいい人たちですから!!」


「見ろよ、ヤーラ。お前よりチビがいるぜ、よかったな」


「……頭から硫酸かけますよ」


「まあ、可愛らしいホビットさんねぇ。うふふ、お姉さんが可愛がってあげようかしら」


「ファース君っていうの? ぼくはマリオ、友達になろう!」


 口々に自由なことを言う仲間たちに一層すくみ上がってしまったファースさんをなんとかなだめて、私たちが借りられる宿舎のほうに案内してもらった。



  ◇



 ファースさんは渡り廊下をわたわたと先導しつつ、見取り図らしき紙と周囲を交互に見比べている。


「こ、こ、こちらが、み、皆さんの宿舎……で、間違いないよなぁ。場所……は、合ってるし……ああぁ、すみません。ボクも勤めて日が浅いもので」


「そう焦らなくてもいい。我々は協力し合う立場だからな。取って食ったりなんかしないさ」


 小動物みたいに怯えるファースさんに優しい声をかけるスレインさん、今日もイケメンだなぁ。


「ホビットってほんと可愛いわよねぇ……食べちゃいたいくらい」


「ひぃ!!」


 そんなフォローを台無しにするロゼールさん、今日も自由だなぁ。


 可哀想なファースさんは震える手で宿舎の扉を開いた。


「こ、こちらに――」



 その中を見た私たちは、一斉に固まってしまった。


 何って……汚いのだ。


 少し薄汚れているとか寝泊りするのに支障がないのであれば、場所を借りている身だし、何も言わずに受け入れようと思っていたけれど……これは、ひどい。


 あちこちに蜘蛛の巣が張ってあり、壁や天井は煤や埃で元の色がわからないくらい黒ずんでいる。それだけなら頑張って掃除すればなんとかなりそうだが、一番まずいのは床が踏める場所がないほど穴だらけなことだ。私たちはこの中にすら入れない。


 この惨状を知らなかったのだろう、ファースさんはこの世の終わりみたいな表情で立ち尽くしている。


「ああぁぁ……!! すすすすすみませんッ!! こんなことになっているとは思わず……ボクが掃除しますから!! どうか、怒らないでくださいぃぃぃ!!」


「そんなファースさん、こちらこそご面倒おかけして!! あ、頭上げてくださいっ!!」


 オンボロの建物手前で、私たちは2人して手をついて土下座合戦を繰り広げていた。ゼクさんとロゼールさんの噴き出す声と、スレインさんの呆れたような溜息が聞こえる。


「2人とも落ち着いてくれ。ファース、他の場所を借りられないか相談したいんだが、誰に取り次げばいい?」


「はっ……こういうのを決めるのは、たぶん支部長のはずなんですが……お、お会いされるんですか? な、殴ったりしないでくださいね……?」


「殺しはしないよー」


 そういうことじゃないですよ、マリオさん……。「殺す」というフレーズだけでファースさんは真っ青になっている。


「じゃあ、支部長さんには挨拶も兼ねて私が――」


 問題が起こったら嫌だから1人で行こうと思ったのだけど、当然みんなに反対されて、結局みんなで支部長のところに向かうことになった。

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