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#13 名もなき化物⑥ 風穴

 トマスの視界は360度、どこを見ても真っ白だ。


 散り散りになった仲間は当然どこにいるかわからない。逃げようにも、どこへ行けばいいのかわからない。


「おい!! みんな、どこにいるんだ!?」


 天を裂くような魔物の咆哮が、その叫び声をかき消す。


 仲間の居場所がわからない状況では、ノエリアもこの霧を吹っ飛ばす魔術は使えないだろう。

 一人一人探していくしかないのか、この霧の中を――


 こういうときに<伝水晶>があればいいと思う。しかし、おそらく協会の「嫌がらせ」の類いなのだろう――その材料が手に入らないという理由で、<EXストラテジー>には支給されていない。



 途方に暮れていた中で、火山が大噴火したような轟音。


 熱風が頬を焼くような感覚がして、トマスは腕で顔を覆った。


 視界が晴れる。焼かれたものはなにもない。ノエリアは誰も巻き込まないように、上空に魔術を放ったらしかった。


 トマスは仲間たちの姿を探す。長身のシグルドはすぐに見つかった。隣にいるロキは考え事をしているようだ。魔力を大量消費したノエリアは少し顔色が悪くなっている。ヘルミーナは座り込んでいるが、怪我をしている様子はない。


 ――ミアはどこだ?


 遠くに転がる小さな影が見えた。駆け寄って確認すると、それは捜していた当人だったが――頭から血を流し、意識を失ってぐったりしている。


「ミア!?」


 息はある。急いでその小さな身体を抱え、走る。



「ヘルミーナ!! ミアがやられた! 早く治して――」


 トマスは彼女の青ざめた顔を見て、はっとした。


 ――ぬいぐるみがない!!


 横転したときに失くしたのか。だが、探している時間などない。敵はすぐ近くまで迫っている。


「仕方ありませんわね。わたくしが囮になりますから、その間に全員お逃げなさい」


 剣を構えるノエリアは、もはや術があと1、2回使えるかどうかというほど消耗しているように見える。

 それに反論したのは、ロキだった。


「囮になれるのはトマスだけだ」


 いつものふざけた調子は一切なく、真剣な顔で断言する。


「どういうことですの? 皇子が死んでしまったらお仕舞いではありませんの」


「シグがトマスを連れて逃げる。その間にボクらが態勢を立て直す。それでうまくいく」


 疑問に対する回答になっていないが、その確信めいた物言いをトマスは信じることにした。


「わかった。それでいく」


 ミアを地面にゆっくり横たえたトマスを、シグルドは軽々と背負い上げた。


「うおっ」


「じゃ、ヨロシク」



 大の男1人抱えていても、さすがは武人と言うべきか、シグルドは疾風のように草原を駆け抜けていく。


 後方を確認すると、あの魔物は残してきた仲間たちを素通りし、こちらに向かってくる。ロキの言う通りだった。


 しかし、いくらシグルドが速いといっても、敵の途方もなく大きな歩幅は易々とそれに追いついてくる。真上に現れた足の裏が日の光を遮り、そこだけ夜になったかのような影を作り出した。


 ドシン、と地面が唸ったのは、その影から脱出した直後だ。


 何度も隕石が衝突しているかのように、巨人の足が2人を狙う。シグルドは巧みに軌道を変えて圧死を免れている。



 業を煮やしたらしい魔物は、今度はその巨岩のような拳を地面に叩きつける。

 大地が抉れるほどの凄まじい威力だが、腰をかがめて顔面を晒したのは奴にとっては失策だ。


 シグルドはその大きな拳の陰から躍り出て、すでに弓につがえられていた矢を、目にも留まらぬスピードで2本同時に放った。


「グオオオオッ!!!」


 びりびりと鼓膜に響くその悲鳴は、両目を失ったがゆえのものだった。赤かった目がどす黒い血の色に染まっている。シグルドの弓の腕前には感嘆せざるを得ない。


 敵の視界を奪ったからと、シグルドは油断しない。その場に1秒でもとどまることはせず、素早く逃走に戻った。


 眼球を潰されたはずの魔物は、なおもトマスたちを追ってくる。奴が追跡に視覚以外の何かを使っていることは明白だった。


 なるほど、とトマスは合点がいく。そもそも奴は霧に乗じて攻撃を仕掛けてくる。ならば、霧の中でも相手の位置がわかる能力を持っていなければ、その戦法は成立しない。

 先刻も、霧の中を走る馬車にミアの身体を正確に投げてぶつけてきた。


 ロキがトマスにしか囮が務まらないと言ったのは、あの魔物があらかじめトマスのにおいかなにかを覚えさせられており、トマスの命を狙うよう仕込まれていたとわかっていたためだろう。



 再びその巨大な手が振り下ろされる。


 が、突如地面から突き出した錘状の尖った岩がその拳に突き刺さり、魔物は再度悲鳴を上げた。


「――魔術はこれで売り切れですわよ」


 いつの間に追いついていたノエリアが、肩で息をしながらも笑顔を見せる。

 この速さ、加速の補助魔術を使わなければ説明がつかない。ということは。


 見覚えのある小さな影が、岩に刺さった大きな手の上に飛び乗る。


「ミア!!」


「ふっかーつ!!」


 傷は綺麗さっぱりなくなり、元気いっぱいに走り出している。

 加速の術のおかげか、さっきよりも遥かに速くなっており、これはまたヘルミーナの魔術の腕前を証明していた。ぬいぐるみは無事見つかったのだろう。



 散々足を使ったシグルドは多少息が弾んでいるものの、凛々しい顔を崩さずトマスを下ろし、弓を構えて援護の体勢に入った。


 両目を失い、手の自由も制限された魔物は、またしてもゴオッと息を吸い込んだ。


 あの霧だ。


 ノエリアはもう魔力が尽きており、霧を晴らす手段はない。その前に倒さなくてはならない。


 だが、頼りのミアは巨人の渦潮のような呼吸に巻き込まれ、その体内に飲み込まれてしまった。


「ミアッ!!」


 丸呑みならすぐには死なないが、助けに行けるのか。霧を吐かれたらますます難しくなる。



 しかし、魔物が吐いたのは白い霧ではなく――赤い血だった。


 肉がめちゃくちゃに引き裂かれるような音がした直後のことだ。滝のような血液がどばどばと草原を染め上げ、真っ赤な池を広げていく。



 ミアは宣言どおり、魔物の土手っ腹に――内側から、風穴を空けたのだ。



 腹部のどでかい裂け目から、頭から足先まで赤い液体を被せられたミアがころんと出てきて、血の池にびしゃっと落ちた。


「くっさ―――い!!!」


 驚異的な戦闘力を見せつけた少女は、子供らしい甲高い声で喚いていた。

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