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#13 名もなき化物② 最悪の刺客

「な、なんだったんだあれは……」


「なんですの、あれ……」


「なっ……なんでしょうね……」


「うにゃうにゃ……」


 謎の濃霧を切り抜け、小高い丘の上にキャンプを張ったトマスたちは、冷静になっているのかいないのか、さっきのことを振り返っていた。

 ミアは今度はヘルミーナの膝で、ぬいぐるみを代わりに抱きながら寝ているが。


「おい、あんなの図鑑でも見たことないぞ。ロキ、知らないのか?」


「あんなの初めて見たよ。何あれ、トロール?」


 シグルドは首を振って否定している。彼も1600年生きていて見たことがなかったのだろう。


 ――新種の魔物か? まさか。


 しかし、そう考えれば書類に「魔物」としか書いていなかった理由も頷ける。敵が未知の化物で、しかも霧の中にいるとなると、十分これは「罠」と言える。



「情報が少なすぎるな。誰か調査に行ってくれればいいんだが」


 トマスが話を振ると、シグルドが「お前が行け」と言わんばかりにロキの肩をぽんと叩く。


「え、何? 死ねってこと? いや、頷かないでよ」


 ふと、寝ていたミアがもぞもぞ動き出し、何かのにおいを探り出した。


「あ、あの、ちょっと、くすぐったい……」


「どうした、敵か?」


「んー……わかんにゃい、けど……向こうにだれかいる」


 全員がばっと立ち上がった拍子に、ミアが転がり落ちて「にゃっ」と声を上げた。

 そこには、自分たちと同じように焚き火を囲んでいる3人の人影があった。


「敵ですわ!」


「て、て、敵……ですか?」


「敵じゃなくないか?」


「あたまぶっけたー!」


 ヘルミーナは慌てて落としてしまったミアの頭を撫でつつ、ぬいぐるみを回収している。

 ノエリアは喧嘩っ早いのか、すでに剣を抜いて斬り込もうとしているが、トマスの目には旅人がキャンプをしているようにしか見えない。


「げっ」


 先方の素性に気づいたらしいロキが、あまりポジティブでない反応をする。


「みんな、あれは敵だよ。殺そう、今すぐ」


「やっぱり刺客でしたのね!! 斬り捨ててさしあげてよ!!」


「うおーい!! 待て待て、物騒すぎるぞお前ら!!」



 こちらの騒ぎが聞こえたのか、謎の旅人たちがこちらに向かってくる。敵だったら武装してきてもよさそうだが、彼らは剣を抜いていない。


「何だい、君たち。人に剣など向けて――」


 どこかで見たことがあるな、とトマスは記憶を探ろうとするが、その前に自分たちの素性を明かすのが礼儀だと勇者ライセンスを提示した。


「我々は勇者協会から派遣された者だ。この辺りに魔物が出ると聞いてな」


「……何? 君たちもか」


「『も』というと――」


 気障ったらしく前髪を垂らした男は、堂々と自己紹介をする。



「僕らはAランクの勇者パーティ<オールアウト>さ」



 ああ、会長の息子か、とトマスは合点がいった。確かラック・ウェッバーという名前だった。


「僕らもここらに出る魔物の討伐に来たのだが、まさかクエストが被っているということはないだろうね?」


「さあ……俺たちが受けたのはこれだ」


 トマスはクエストの書類をラックに渡す。彼は紙面の字を流し読みして、大げさに参ったというようなリアクションをしてみせた。


「なんてことだ! まるっきり同じじゃないか。協会のほうで手違いがあったようだね。君たちのランクは?」


「まだEだ。結成したばかりでな」


 ラックの後ろにいる取り巻きが、ぷっと馬鹿にしたように噴き出している。トマスは少しむっとするが、ここは我慢する。自分たちのランクが低いのは事実だ。


「あんたらは、あの霧の魔物を見たのか?」


「ん? ……ああ。まあ、万一のことを考えて念のため戦略的撤退をしたが、僕らの相手ではないだろうね。しかし、新人を育成するのもベテランの務め。今回は君たちに譲ってあげよう。もし自力でできなかったら、僕らが助けてあげるさ」


 ――戦略的撤退だ? 逃げただけなんじゃないのか。譲るとか言って、実際はビビって俺らに投げようってハラじゃないよな。


 トマスはそう突っ込みたかったが、話がこじれそうなのでやめておいた。



 なにげなくラックがクエストの紙を裏返したのを見て、しまったと思った。そこには、ミアに字を教えたときに書いたメンバーの名前が羅列されている。


「……トマス・フォルティス? ああ、<EXストラテジー>――君がトマス皇子か?」


「そうだ」


 それを聞いた途端、ラックたちは笑い出した。


「はははは! そうかそうか! あの、気の毒な」


 その口ぶりからして、トマスの事情を少しは知っているらしかった。明らかに見下したような嘲笑だ。皇子という身分で、Eランクの勇者という下の立場にいるのが、彼らにとっては滑稽なのだろうか。それとも、妹に帝位を奪われそうになっていることへの嘲りか。


 何にせよ、自分はまだ笑われても仕方のないレベルなのかもしれない、とトマスは甘んじて受け入れようとした。


 しかし、次に奴が発した言葉は、その甘い態度を一変させた。


「なんだ、この汚いマルは。ぶはっ! よく見ればひっどい字の奴がいるなぁ。今日び3歳児でもまともな字を書く。皇子様の仲間は教養が足りないようですねぇ」


『ぶわははははは!!』


 下品な笑い声に、カッと頭に血が上る。


 ――お前ら、ミアがどれだけ慣れない勉強を頑張ってるかも知らないくせに……。


「黙って聞いておけば、あなたがた……無礼が過ぎますわ!! 謝罪しなさい!!」


 ノエリアは剣を持つ手に力を込めている。今にも斬りかかりそうな勢いだ。しかし、トマスがなだめる前にミアが間に入った。


「だめだよ、ノエリア。仲間どうしでけんかしちゃいけないんだよ」


 ミアに言われては、ノエリアも引き下がるしかない。不服そうな顔で剣を収めている。

 トマスは年不相応に大人の態度を取っている小さな少女に目を向ける。


 ――一番悔しいのは、お前だろうに。



 トマスは品性の欠片もない連中を睨む。


 ラックは「僕に手を出したら協会が黙っていないのはわかってるよな」とでも言いたげな、余裕たっぷりの表情でその視線を受け流す。


「霧の魔物は、俺たちが倒す」


 トマスは低い声で宣言する。


「さっき言っただろう。譲ってやるって」


「ああ、聞いた。お前たちの助けなど要らん。その代わり――魔物を倒した暁には、ミアに土下座して謝れ」


 ラックが少し顔をしかめる。


「それとこれと、どう関係があるんだい?」


「魔物を倒すのはミアだ。こいつの実力を侮ったことを謝れ」


「……フン。やってみろ、Eランク風情が」


 <オールアウト>の連中は、自分たちの拠点へ戻っていった。

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